第19話
シコメ水軍の単純ながらも巧妙な策に、茴那と猪利祖は油断を捨てた。
「まだやるかえ?」
シコメは余裕綽々である。
「無論だ」
二人は改めて武器を構え直す。
茴那は3メートルはある長槍。
猪利祖は片手サイズの盾と剣。
「光栄に思え、俺たちに本気を出させたんだからな」
「無駄よ、無駄。大人しく大陸に帰りや」
茴那と猪利祖は何事か耳打ちし合うと、あとは阿吽の呼吸とばかりに、左右にバッと分かれた。
「無駄だといったじゃろ! 側面からの攻撃に備えておらぬとでも思うたか!」
シコメは柳眉を逆立てる。
茴那と猪利祖は円を描くように、シコメ水軍の左右にそれぞれ回り込む。
させじとばかりに
「愚かな」
背面から攻撃してくるとみて、シコメは脂肪を揺らして前後を入れ替える。
18人で形成する陣形が、毛筋のほころびも見せることなく、頭と尻を入れ替えた。
並の相手なら、もうこれだけで途方に暮れただろう。
だが茴那と猪利祖はちがった。
背面に回り込み、それでも強引に突破すべく、猪利祖が剣を振るって、“元”背面から切り崩しにかかる。
その直前、最後尾の備ふたりの大盾によって、ふさがれた。
横1メートル、縦2メートルの盾で、猪利祖とシコメのあいだが、ぴたりと観音開きの扉のように閉じられた。
双方ともに姿が見えなくなる。
すかさずシコメが叫ぶ。
「
「おっしゃあ!」
威勢よく応じたのは、シコメ水軍の紅一点、
陣形内においてシコメの右脇を占めていた彼女は、ウリャッとばかりに何かを持ち上げる。
全長3メートルになんなんとするそれは、彼女の名前にある通り、鯨の顎の骨だった。
多少は加工はしてあるが、片面に“歯”をはやしたまま、異形とでも表現するしかない武器を、二枚の大盾のあいだのわずかな隙間に、ねじ込むように叩きつける。
――ドゴオッ!
一応、鉄製の刃は、骨に切られた溝に埋め込まれている。
だがもはや、“斬る”ではなく、“叩き潰す”と形容したほうがいい斬撃だった。
「手応えあったぁっ!」
腕まくりした顎が叫ぶ。
戦果を確認すべく、備が盾をゆっくりと開く。
鯨骨刀のしたで、猪利祖がうずくまっていた。
「や、やった!」
「仕留めた!」
幾人かが喜びに声を上げる。
だが、シコメ水軍の頭脳をもって任じる
ハッと気づく。
「もう一人は?」
茴那の姿がない。
数瞬、備の大盾にこちらも視界を塞がれていたあいだに、片方の姿が忽然と消え失せていた。
――地に潜ったのでもなければ。
不審を言えば、猪利祖は鯨骨刀に叩き伏せられたのではないようだった。
自ら片膝をついているのだ。
その証拠に、いつの間にか、盾を背に負っているではないか。
鯨骨刀はそれを叩いたに過ぎない。
だが、何のために?
――みずから踏み台になったのだ!
賢は頭上を見やる。
侏儒の賢である。庇のように出張ったシコメの腹の向こうに、宙を舞う茴那の姿を認めた。
茴那は猪利祖の背を踏み台に、シコメ水軍の遥か上空を跳びながら、すでに槍を構えていた。
「う、上だ!」
「槍玉に挙げよ!」
賢とシコメが同時に叫ぶ。
そこはさすがに百戦錬磨のシコメ水軍、命じられるよりも早く、6人の槍持ちは、槍の穂先を上空に向けていた。
茴那も化け物ではない。
物理の法則には逆らえないはずだ。
茴那の落下地点には、剣山が出来上がった。
だがそんなことなど眼中にないかのように、茴那は、
「晴天のぉ、霹靂!」
技名なのか叫ぶと、槍を真下に向けて投射する。
「シコメ様、危ないっ!」
とっさに
茴那の射出した槍は、護の盾の縁を削りつつ、地面に突き立った。
あとは茴那が6本の槍に貫かれるだけである。
誰しもがそう思った。
だが次の瞬間、茴那は自らが投げた槍の石突きに、トンと着地したのだ。
一瞬、時間が止まったかのようだった。
槍の穂先が獲物を捕らえそこなえ、宙をさまよう。
シコメの膝下にうずくまっていた賢は、視界の端に違和感を覚えた。
ふとその方向へ視線をやると、鯨骨刀に叩き伏せられたはずの猪利祖の眼が、鋭く光っている。
さらに、手には鎖分銅のようなもの。
それをグルグルと回転させている。
何をやるつもりか。
結論を出すよりも早く、賢は叫んでいた。
「罠だ!」
賢の言葉と同時に、鎖分銅が猪利祖の手を離れた。
飛んだ先には、茴那の足場となっている槍を中心に、六本の槍が束状になっている。
それを、鎖分銅は、柴を縄でくくるように、ぐるりと搦めとった。
猪利祖が怪力を活かして鎖をひく。
「あっ!」
「うおっ!」
シコメ水軍の6本の“棘”は一瞬にして無力化された。
釣られていく魚でも見送るように、槍が飛んでいって生じたその空隙地に、茴那はやすやすと着地する。
シコメを羽交い絞めにし、喉に短刀を突き付けると、
「勝負あったな」
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