第18話

 ガツンと、剣が弾き返された。

「ムフフ」

 ほくそ笑むのはつぶらである。

 奇妙な戦いであった。


 戦いというよりも、現代人ならばこれを“モグラ叩き”と称するだろう。

 円形の甲羅の後ろにすっぽり隠れて、時折圓が顔をだしてみせる。

 猪利祖が剣を振りかざすと、それはすぐに引っ込んでしまう。

「無駄だ。絶対防御だと言ったろう」


 猪利祖の剣はすでに幾度甲羅の縁にはじかれたことか。

 どういう姿勢でいるのか、圓の頭は甲羅の下部から出てきたり、反対に上部から尻が見えたりする。

「グオッ!!」

 ムキになって正面からの攻撃にこだわっているあたり、猪利祖も大が付くほどまっすぐな武人なのだろう。

 圓と猪利祖、似たもの同士の戦いといえたが、それだけに長期戦になりそうだった。

 だがそれは、味方の到着を待つ、シコメの思惑道理の展開なのだ。


 この圓の戦い方には致命的な欠陥があった。

 ――重い。

 海亀の甲羅は、その絶対的な防御力に比例して、クソ重かった。

 ましてや肥満で運動不足の圓である。

 ――どうしよう。休みたい。横になりたい。腹減った。


 猪利祖はすこし頭を使うようになったか、左右に回り込むような動きをみせる。

 圓はそのたびに重い甲羅ごと動かなければならない。

 ――もう嫌だ。腕がプルプルしてきた。スッポン食べたい。


 激闘の最中、雑念の塊となってしまった圓の脳裏に、ある策が閃く。

「そ、そうだ。どうしてこれまで思いつかなかったんだ。“絶対防御”をも超える、“超絶対防御”!」


 不敵に笑う圓に、シコメは嫌な予感がする。

 “攻撃と防御”すら同時にこなせない圓である。

 何か策を思いついたといっても、どうせろくなことではない。

「よせ、圓。何かは知らぬが、どうせ下らぬことじゃ」

「お任せください、シコメさま。名付けて、“超絶対防御”!」


 叫んで、圓は宙に舞い上がった。

 そのまま甲羅を背負い、お椀を伏せるように、地面にうずくまる。

 地面と甲羅、二つに挟まれて、もはや全方位からの攻撃を跳ね返すことができる。

 しかも疲れない!

「どうだ!」


 だが圓は、おのれの、常人の三倍はあろうかという身体の厚みを忘れていたようだ。

 はみ出したハンバーガーの肉のように、側面が無防備にさらけ出されている。

「ウオオッ!」

 しかし、そんな弱点丸出しの圓に向かって、スイカ割りよろしく思いっきり剣を振り下ろしたのは猪利祖だ。

 あえなく甲羅にはじき返される。

「嘘だといってくれよ。弟よ。ふざけてやってんだよな」

「ムオォッ!」

 甲羅に傷ひとつ付けられないのが、武人として許せないのか、生身の肉が丸出しの側面を完全に無視して、唐竹割りに剣を振るい続ける猪利祖。


「………」

 茴那が弟の単細胞さに呆れかえっているころ、シコメが会心の笑みを浮かべる。

「圓よ、ようやった。もう引っ込んでおれ」

「し、シコメ様」

 圓が甲羅の陰から目を上げると、すでにシコメ水軍の陣容が完成していた。


 シコメを中心に、左脇に作戦担当としてさかし、右脇に紅一点のあぎと、すぐ前に弓を構えたはじき、左右に防御を担うそなうの6人。備と前後に互い違いになるようにしてのぼるのぞむたすくたもつつとむひらくの6人が槍を構えている。背後には予備兵力で美少年のうまし、前方に小型の盾と槍を持ったまもる


 一糸乱れぬ陣形。まるで棘をはやした甲虫のようである。

 茴那が興味深げに腰を上げる。

「なんだ、面白そうな陣形だな。俺たちと似たような戦い方をするらしい」

「フン。隋兵よ、いまだかつてこの陣を破ったものはおらぬ。死にたくなければ、立ち去ることじゃ」


 自信満々のシコメに、猪利祖が応じる。

「俺と兄者は双生児だ(似てないけど)。生まれた時から二人だけで生き抜いてきた。俺たち以上の連携攻撃ができるものは、天下広しといえど、存在しない」

「待て、待て」

 はやる猪利祖を押しのける形で、茴那が前に出てくる。

「お前は十分に戦ったろ。次は俺の番だ」

「みせないのか? 連携攻撃」

「相手の出方も確認しないでどうする。だから猪なんだよ」

 言われて、猪利祖はしぶしぶ従う。


 シコメ水軍と茴那が対峙する。

 かたや18人の人間によって構成される陣、かたやたった一人。

 といってシコメ水軍はバラバラになって相手を包囲するような真似はしない。

 あくまでいち有機体として動くのだ。


 その大所帯ゆえ、動きはすこぶる鈍いが、陣形が発する威圧感は圧倒的だった。

 全面はまもるの盾槍と、はじくの弓、さらに六本の槍で鎧われている。

 迂闊に攻め込もうなら、簡単にはじき返されてしまうだろう。

 かといって側面に回り込んでも、そなうの6枚の大盾によって、ぴたりと攻め口が閉ざされている。

 弟の猪利祖に大口をたたいたものの、実際攻めあぐねている茴那である。


「どうした。さっきまでの威勢は」

 シコメが勝ち誇ったように言う。

「では、こちらから行くぞ」

 ジリ、ジリ、とシコメ水軍は距離を詰める。

 頃合いに達した時、先鞭をきったのは、賢だった。

 侏儒が持つにふさわしく、おもちゃのような弓から、賢は矢を放つ。


 ――。

 あまりにもそれは、ゆったりとした矢であった。

 目視できるくらいに、ひょろひょろと矢尻を震わせ、茴那に向かう。

 あまりのとろさに、茴那は左手でそれを掴んでいた。

 賢が第二矢、第三矢を放つが、茴那はことごとく槍で払い落とす。

「なんだ、このヘロヘロ矢は!」


 だがそれがシコメの狙いだった。

 間髪入れず、はじくが矢を放つ。

 茴那の眼はすっかり賢の矢の速度に慣れてしまっていた。

 一瞬、これまで通り矢を払い落とそうと身体が反応してしまう。

「グッ」

 迷いが生じたのだ。


 その一瞬が命取りだった。

 顔面に突き刺さるかと思われた瞬間、茴那は横に吹き飛ばされた。

「ウゲッ」

 茴那を吹き飛ばしたのは、猪利祖だった。

 咄嗟に兄を殴ることによって、矢の直撃を避けたのだ。

 かわりに猪利祖の二の腕には、はじくの矢が深々と刺さっていた。


「すまん」

「油断するからだ」

 多少抜けたところはあるが、いざというときは頼りになる弟である。

「だが、速度の違う矢を使い分けるたぁ、島夷にしては味な戦術を使うじゃねーか」

 猪利祖は腕に刺さった矢を事も無げに抜き捨て、言う。

「二人でかかるか?」

「あぁ、遊びもこれまでだ」

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