第16話

「はぁ、シコメさまが乗船してると、諸々の減りが早いよなぁ」

 ボヤいているのはシコメ水軍所属のそなう二人である。

 そなうとは、畳一畳くらいの巨大な木盾をかついで、部隊の左右に三人ずつ、都合六人で構成される役職である。

 つまりは下っ端ということだ。


 いまも、補給のため立ち寄った島で、真水汲みに狩り出されている。

「人の二倍、いや、三倍は食ったり、飲んだりするからな」

 ブツブツ文句を言いあいながらも、桶に水を汲み終え、さし渡した棒を前後で担ぐ。

「よっこらせ」

 立ち上がると、

「――ん?」


 近くの草むらで物音がした。

「なんだ、誰かいるのか」

 へっぴり腰で誰何する。

 藪から姿をあらわしたのは、異国風の甲冑を身にまとった兵士だった。

「ちょ、ちょ、待ってくれ」

「俺たち、シコメ水軍のもので、雑用係で――」

「煮ても、焼いても、おいしくないぞ」

「むしろシコメ様だ。おいしそうなのは、うん」

 ただならぬ気配を放つ兵士に、二人は気が動転してしまう。


「jふぁあおfか;lkjふぇ」

 言葉をかけられた瞬間、水桶を放り出して、逃げ出してしまった。


            ☆  ☆  ☆


「腹が減ったぞエ。空腹で死にそうじゃ」

「シコメさま、先ほど子豚を丸一匹――」

「うるさいわ! ワラワはの、そこな小娘を探し出すため、道敷の大神をよびださんがため、一か月ものあいだ飲まず食わずで持衰じさいをしておったのだ。見てみよ、このげっそりとやせ細った哀れな姿を」

「は、はぁ」

 シコメがかんしゃくを起こすと、侏儒のさかしとしては首を縮めて暴風の過ぎるのを待つしかない。


「こりゃ! 何をさぼっておる。お前らも食料を探しに行かぬか! 兎でも、鹿でも、獲ってくるのじゃ!」

 砂浜に居残っていた全員を追い出すシコメだった。

「まったく、使えぬ者ども」

 砂浜に残ったのは、シコメと、肉体労働には向かなさそうなさかし、そして――

 頭を巡らし、シコメは後ろ手に縛られたハルに目をやった。


「そう睨むでない、ハルよ。“海鎮め”の儀式というても、全員が全員、命を落とすわけではないんじゃ。かく言うワラワがその証拠よ。ワラワも女童めわらべのころ、この大役に選ばれてな、見事その任を果たしたのじゃ。それでこうしてなに不自由のない生活を得、そしてこの豊満極まりない肉体となった」

 シコメは全身の脂肪を揺らしてみせる。

「あこがれるじゃろ? ん?」


「わたし、シコメ様みたいになりたくありません」

 よく聞こえなかったのか、シコメはきょとんとした表情をして、耳をかっぽじる。

「おお、すまん、よく聞こえなんだ。もう一度言ってみぃ」

「あわわ、もうよいではありませんか」

 さかしが慌てる。

 シコメにとってこの容姿は命にも勝る誇りなのだ。

 飢餓が常態であった古代において、“太れる”ということはすなわち、富の象徴だった。

「これ、小娘。シコメ様は持衰じさい明けで疲れておられるのだ。大人しくしておれ」

さかし! おぬしが黙っておれ!」

 さかしを一括して、ゾッとするような笑みをハルに向けると、

「ハル、もう一度言うてみぃ」

「シコメ様みたいにはなりたくありません。ブヨブヨで、デブデブで、ギシギシで――」


 ハルのあまりの言い草に、さかしは卒倒せんばかりになる。

「キーッ!」

 シコメの絶叫に、ハルについてきていた鼠(チュー)が逃げていった。


 その鼠と入れ替わるようにして、そなうの二人が駆け込んできた。

「し、シコメさま! 敵です。異国の敵です!」

「なんじゃと! どこの国の者じゃ!」

 シコメはそこは一隊を預かるリーダーである。

 すぐに思考を切り替えると、あれこれと考えを巡らせるようである。


「新羅ごときが攻めてくるはずもないが。……まさか高麗か。先手を打って済州島の海人を動かした可能性もあるな。ちぃっ、油断したわ」

「いえ、それが、見たこともない甲冑で」

「もしかしたら、隋では」

「隋じゃと」

 シコメの顔が強張る。

 韓半島の国々ならば対処の仕様があるが、隋帝国となると、もはやシコメの、どころか倭王権の手にすら負えない。

 それが琉球に攻めてきたというのか。

「――!」


                ☆  ☆  ☆


「な、言ったろう、猪利祖チョリソ。こっちだって」

「………」

「兄貴の言には従うべきだぞ」

「………」

 二人は好対照な一対だった。

 片方はよくしゃべり、中肉中背で、しかししなやかそうな筋肉に鎧われた肉体は、容易ならざる武力の持ち主と見て取れた。名を茴那ウイナという。

 もう片方は、無口なスキンヘッドで、筋肉を身にまとうというより、全身これ筋肉といった厳つい巨体をしている。名を猪利祖チョリソという。


 ぺちゃくちゃと喋り合いながら、というより茴那ウイナが一方的にしゃべりながら、まったく警戒する様子もなく、シコメたちの許へ近づいていく。


「な、なんじゃ、お主ら」

 あまりに人もなげな態度のふたりに、さすがのシコメも動揺を隠せない。

「ええぃ、他の男どもはどうした」

 こうした事態に備えて、鍛えに鍛えたシコメ水軍である。

「いや、シコメ様が先ほど、食料の調達に、全員……」

「ええい、愚か者が、お前が体を張って止めんか!」

「そんな、理不尽な」


「お、なんだ、この娘は。だいぶ幼いが、なかなかの器量良しじゃないか」

 茴那ウイナがハルの姿に気づく。

「後ろ手に縛られてるぞ、兄者」

「う~ん、もしかしてこいつら、人買い船か?」

 隋の正規軍に編入される前は、江南で奴隷貿易に手を染めていた二人である。

「おい、琉球人よ、この娘はいくらだ。何なら俺たちが買い取ってやってもいいぞ。つって言っても、言葉は通じぬか」

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