第5話 期待


――会場は沸いていた。


学園一の魔剣の使い手を相手に、その一撃を完璧にいなして見せた――その少年に。


「お、おい。これマジで勝っちまうんじゃね?」「講堂ごとぶっ壊したって噂、本当だったのか!?」「うそ。グレイくんが負けるなんて……」「……っていうか、あいつ――まだ剣すら抜いてないぞ」


そう。

彼は、ユウはまだ剣すら鞘に納めたままだった。


「降参、してくれるかい?」


それは、対峙する者の耳には脅迫のように聞こえた。


「……」


グレイはうつむいていた。

学園一の剣士とうたわれ、屈強な目つきをしていたその瞳孔には、いったい何が宿っているのか――


「……ユウ」


「ん?」


彼は足早にユウのところまで歩き、彼の肩をガっとつかむと。


「――すげぇなお前!」



「……ええ?」


びっくりだった。ずっと岩のように硬かった彼の態度が一変して、まるで子犬みたいに目を輝かせているではないか。


「いや~、へっぴり腰だとか言って悪かったなあ! 俺って強そうなやつ見かけたらすぐ喧嘩ふっかけちまうタチでよ、よく怖がられるんだ」


だろうね……。


「そんでぶっちゃけ、ほとんどの奴は俺より弱いんだ。だからそのまま打ち解けられずに終わるんだが……」


そこで彼は、一旦言葉を区切って。


「お前とは仲良くやれそうだ」


「グレイくん……」


初めてできそうな友だちに、ドキドキしていないと言ったら嘘になる。編入初日に喧嘩をふっかけられたことも、ちょっと口汚い言葉で罵られたことも、こうなれば気にもならない――って、


「――そんなわけあるかぁ!」


僕の人生初めてで、きっと最後の、大きな声が響き渡った。


「なっ、どうしたユウ!」


「どうしたもこうしたもあるか! ふつう初対面の人間に全力の魔法ぶっ放すか!? 内心けっこう怖かったんだからな! 今回はよけられたからよかったけど、実践だったら本当にケガじゃすまなかったよ! そこのところ分かってるの!?」


「……おっ、お前こそ、そんなに怒んなよ!

軽いあいさつ代わりのつもりだったんだ!」


「君はあいさつ代わりに人を殺せる威力の魔法を打つ人なのか!?」


「う、うるせえ! それにお前、スピーチの時にもたついてたじゃねえか! 

これで肩の力も抜けただろ!」「むしろ入りすぎて痛いくらいだよ! それに肩の力をほぐすために喧嘩ふっかけるなんて、どうかしてる! コミュ障か!」「お、お前ほどじゃねえし!」


「――いい加減にしろお前ら!」


そこに、学院長が割って入った。上下で色がちがう印象的なあごひげを揺らして、僕らのあいだを引き裂くように。


「――くそぅ、前言撤回だ! ユウ、お前とは仲良くなれそうにもねえ!」


「それは僕のセリフっ!」


「ええい、この馬鹿どもが! 伝統の式をないがしろにしおって……! ウサミ教授、バード博士! やつらを拘束しろ!」「はいはーい。もうっ、ほんっっとうにウサギ使いが荒いですねえ……。ほい――そこまでですよ、お困りボーイズ」


そうして僕らは、先生たちに拘束されて式場を去ることになった。生徒たちの歓声と、鳴りやまない興奮の拍手に見送られて。





「――弟子の活躍を見にきてみれば、凄いことになってるな」


その女性は、ため息をつくキングの顔を覗き込むようにしてそう言った。

彼は顔をしかめて、「……何の用だミルク先生」と、嫌みたっぷりに返した。


「あはは。久しぶりだなキング、元気だったか?」

「お前の弟子のせいで頭が痛いよ……。これで元気に見えるなら病気だ」

「すまんね。自慢の弟子だから、お前や在学生のみんなに自慢したくて」


「……その弟子がこれをやったことに対して、何か言うことはあるか?」


これ――とキングが指でさした場所には、

ユウがグレイの魔法を避けたことで地表までが裂けた講演台。

その奥には――ウサミ教授が、魔法で隠してはいるが、天井までが大破した講堂がある。本来ならそこで月に一度の『賢者』のお言葉をたまわるのだが……。


それに対して、ミルクの返答はというと……。


「うんっ。青少年らしく元気いっぱいで、大変よろしい!」


「このアマ……」


キングは頭を押さえながら、心底大きいため息をついた。


「――っていうのはまあ冗談で、ちゃんと講堂の修理費くらいは払うよ」

「講演台の金もちゃんと払え!」

「はいはい……ところでキング」


ミルクは笑いを噛み殺しながら、


「あの子はこの決闘で、自分の剣を抜いたかい?」

「いいや。もしもグレイに剣を抜くことがあったら、その場で決闘を止めていたよ。やつだけじゃない――この場の全員が重症を負うところだった」

「うん。それほどまでに彼の力は成長している。

ここの講堂が破壊されたことが、その証明だ」


「……なあ、〇〇〇」

「なんだい」

「お前、あいつに何を教えたんだ」

「魔法の基礎。それ以外は、彼の独学だよ。本当に」

「……とんでもねえな」


ずっと眉間にしわを寄せていたキングの顔に、わずかな笑みが浮かぶ。


「この学年は、荒れることになるな」

「うん。もっとも、うちらの世代から――…いや、この学園が始まってからずっと、平穏な学年なんてものはないと、私は思っているけどね」


「……それで?」問いかけたのは、キングだ。


「うん?」


「やつは、越えられそうなのか? ――『最も賢者に近い』とうたわれた、お前のことを」


ミルクは、ゆっくりと、時間をかけてそれに答えた。


「ああ。楽しみだ」

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