第3話 編入スピーチ
試験開始からおおよそ、十分後。
「……じっ……実技試験、終了します……」
ウサミの驚愕とした声が、講堂の近くで響いた。
音響魔法が解かれ、彼女の「うそでしょ……?」と言うつぶやきは、誰の耳にも届くことはなかった。しかし、学院長だけは、ただ眉間にしわを寄せながら、目の前で起こっていることを俯瞰してみていた。
「――これで合格ですか?」
その少年は、何事もなかったように。
跡形もなく破壊された講堂を背景にして、
彼女らに問いかけていた。
◇
「ほら、さっさと壇上に上がれ!」
学院長に無理やり背中を押されて、僕は壇上の前に引きずり出された。
学院の生徒たちの視線が、いっせいに僕らに向けられる。
彼らは一貫してざわざわと落ち着きがなく、どうやら僕について話しているようだった。
……とても落ち着かない。
「あの……。スピーチって言ったって、なにも考えてませんよ?」
「知るか。昔からの習わしなんだ、しっかりやれよ」
「それに、さっき合格したばかりでしても急すぎませんか……!?」
「たかが一人の編入生のために大きな時間を裂けるか。いいからやれ――あいつの弟子だろうが」
無理やりマイクをもたされて、肩を「バシっ!」と強めに叩かれ。
生徒たちの注目はすべて僕に集まっていた。
……なにか、何かしゃべるしかない……!
「えーと……こんにち、は……」
まずい。ほとんど山にこもっていたせいで、コミュニケーション能力が皆無になっている。人と話すことは魔法を使うよりも難しい。
「へっ……編入生の……ゆ、ユウです……」
すると、
「――なぁんだあ、そのへっぴり腰はよお!」
生徒たちの集団の中央から、ひと際大きな声が。
たぶん――というか、絶対僕に向けられていた。
「テメェのそのチンケな度胸で、編入試験に受かったっていうのか? 冗談だよなオイ。不正をせずに受かったんなら、その威厳みてぇなものを見せてくれよ、威厳みてぇなのをよお!」
罵声を飛ばしつづけるその生徒は、ずかずかと壇上まで足を踏み入れてきた。
――まず目に入るのは、ギラギラとしたやすりみたいな目つき。
鉛のような色の髪はゴツゴツとした毛束を形成していて、まるで頭が一つの丸い岩のようだ。それでいて目鼻の顔立ちは整っている。体格も大人びていて、僕よりも上背があった。
彼は鼻息を荒げて。
腰の剣を、抜いた。
「テメェが、本当に強いのか確かめたい」
◇
「……あいつ、やっぱりふっかけやがった……!」
壇上に上がった、その礫岩のような少年には。
さまざまな声が浴びせられていた。
「いいぞ、グレイ! 生意気な編入生に現実教えてやれ!」
「ちょっと、やめなよ! どっちもケガしちゃうよっ!」
「グレイ! 久々にお前の魔法、みんなの前で見せろ!」
「……っと、勘弁してくれよ。これだから脳筋はさ……」
期待。不安。興奮。厄介。
さまざまな感情が、ぼくらふたりの舞台に向けられている。
それはもはや編入生の入学スピーチというよりも、
単なる決闘をする前の雰囲気に近いかもしれない。
「改めて名乗るぜ」
少年は歓声と罵倒を背にして、剣を構えながら言った。
「俺の名前は、グレイ。グレイ・アールス」
「アールス……? あのアールス家かい?」
この世界で家名とは、基本的に貴族にしか与えられない特権だ。
その中でもアールス家とは、過去に『賢者』を家系から排出したことのある魔法の生家である。先生が教えてくれた。
「そうだが、家名なんて俺には関係ねえ。――俺は俺の力だけで『賢者』になる。そう決めてんだ!」
「……いい心がけだ」
「言っとくけどなあ、編入生。ここには賢者を目指さねえやつはいねえ。だからこそ、俺も退屈しねえんだ。……それに比べて、テメェはどうだ? こんだけの人数相手に、へらへらと口上を垂れて終わりか? ――ちがうよなあ。つまんねえよなあ。そんなの退屈だよなあ!?」
グレイは剣に、魔力を流した。
「テメェも賢者を
とても黒い魔力だ。彼の剣は切っ先にいくにつれて、そのオーラがにじみ出ていた。
――なるほど。彼の得意な属性は、闇か。
「これって、決闘を申し込まれているのかな?」
「ああ。相違ねえ!」
「……そうか」
いいね。ちょうど、ミルク先生の定期テスト以外にも、力量を図れる場が欲しかったところだ。
「――
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