第2話 入学試験


「……よし。そこまでっ」


先生の号令がかかり、僕は剣を鞘に納める。


ひたいの汗をぬぐって先生を見やる。

グッドサイン。合格だ。


「剣に魔力を流す工程も、なかなか上達してきたじゃないか」


「はい。町まで降りて、参考書を拾い漁ってきましたから」


「独学だけで、よくここまで磨き上げたものだ。……にしても、そうか。

きみを拾ってから、そろそろ四年になるんだな」


「もうそんな経ちますか」


「ああ。早いものだな。……それで、どうだろう。そろそろ学校に通ってみる気はないか?」


「……学校、ですか」


家に戻って、休憩に出されたハーブティーを飲みながら思案した。


僕も現実で成長していれば、もうすぐ高校一年生くらいの年齢になる。学校に通っていない期間は、友だちがいなくて寂しい、なんて思ったことは一度もなかったが。このまま山にこもって修行しながら一生を過ごすというのも、なんだか味気ない気がする。


「先生から見て、僕の魔法は、どれくらいのレベルですか?」


「というと?」


「魔法の学校に通っても、落ちこぼれないでしょうか」


僕は落ちこぼれだった。この世界でも落ちこぼれるレベルなのであれば、通ったところで、前々と同じことを繰り返すだけだ。


「それなら心配ない、私が保証しよう。――きみは強いよ」


「……そうですか」


少しだけ、嬉しかった。照れくさくて紅茶を一気に飲み干した。


「先生が言うのであれば、まちがいないでしょうね」


「ああ。だが、油断は禁物だぞ。これからきみが通うのは、『賢者』育成機関の中でも最高峰――国立・聖ファラウド魔導学院だ。通うみなは、こぞって己の力を誇示してくるだろう」


「その『賢者』というのは、確か……」


「ああ。実質この国の神様みたいなものだな」


僕が先生から教わった中には、魔法の基礎以外にも、この国の成り立ちや常識も入っている。そのなかに、『賢者』というひときわ偉大な職種があったのを覚えていた。


「――彼らは圧倒的な知識と力で、この世のすべての魔法を操ることができると言われている。この国の王は、彼らの勅令を国民に伝える伝書鳩のようなものだ。伝説だと、神をも打ち倒す力をもっているとか、いないとか……」


「やけに遠回しな言い方ですね」


先生はホットミルクとビスケットの組み合わせで舌鼓を打ちながら、言った。


「賢者の存在は、あまりおおやけにされていないんだ。彼らは『聖像協会』と呼ばれる機密保持機関とのつながりがあって、その構成人数、行使する魔法の種類、ほとんどの情報が明らかになっていないんだ。すべてを知っているのは……」


「王室だけ、ですか」


「そうだ。さすがの私も、王室にカチコミに行くほど暇じゃないんでね。これから私の持ってるコネを使って、きみを入学させる手続きを済ませなくてはいけない」


「コネとかあるんですか?」


「ああ――これでも割と、名の知れた魔法使いなのでね。さあ、忙しくなるぞ」


先生は席を立って、グーっと伸びをした。

僕も席を立って、歩き出す先生の後ろにぴたりとくっつく。


「僕にできることはありますか?」


「うーん……そうだな。今晩の晩ごはんは、ユウが作ってくれると助かるな」


「わかりました」


すぐに準備にとりかかる。

先生はぼくに振り返って。


「……本当にいい子に育ったな」


背中越しに感じた先生の視線は、

なぜか少しだけ申し訳なさそうだった。



編入試験の日程が組まれたのは、次の日だった。


試験会場に設けられた場所は、学院のなかにある講堂の目の前だった。

とても綺麗な学校だ。在学している生徒たちも、制服なのだろう、華美なローブやマントなどを羽織っていた。

しかし、なぜだろう。

僕以外の編入試験を受ける生徒が見当たらない。

周りを見回していると、


「――お前がユウか?」


声がかかった。振り返ると、そこには上下で色合いが違う独特のあごひげを生やした中年の男がいた。体格はよさそうだが、眉間にしわがよっている。


「試験監督者を務める、学院長のキングだ。不正を見つけたら切る」


「はい。あの、ほかの生徒たちは?」


「ほかの編入者? ――ああ、お前以外は全員落としたよ」


「……はい?」


「聞こえなかったか? つまありあれだ。お前以外は全員、この学院で学ぶに値しない雑兵ザコだったということだ。なにか不満か?」


「……いいえ、特に」


それで学校経営だいじょうぶなのか? とは思ったけど……。


「まあ、お前は一次審査を通していないからな。お前もその一人でなければいいが」


「え? 一次審査なんてあったんですか?」


すると男性は、呆れた声で。


「……あったよ。お前、『あいつ』の推薦で二次審査ここまで来ただろ」


「あいつ……とは、ミルク先生のことですか?」

「ミルク? ……あの野郎、今はそんなふざけた名前で通ってるのか」

「ああ、やっぱり偽名でしたか」

「当然だろ」

「学院長のお知り合いで?」

「……ふん、さあな。それよりさっさと試験を終わらせるぞ。――ウサミ試験官!」


「――はぁ~い……もう、ウサギ使いが荒いんですからあ」


学院長が呼ぶと、講堂の裏側からウサギっぽい耳を生やした女性が、ぴょんぴょんとした軽い足取りで僕の眼前まで走ってきた。手には、魔法を展開するための本が握られている。


「試験官のウサミと申します。二次試験こんかいは、試験者の魔法の熟練度を図る実技試験となっています。準備はよろしいですか?」


「質問、いいですか?」

「どうぞ」

「剣は自前のものを使っても?」

「許可します。ただし、使える魔法の種類は限定させていただく決まりになっています。五属性の中から、この場でご自身の得意な属性を選んで、私に申告してください」


「なら、水で」


「水、了解いたしました。

ではこれより、水属性以外の魔法の行使が認められた場合、即座に試験を中止。

失格とさせていただきます」


「わかりました」


腰の鞘に触れる。うん、だいじょうぶ。


「では、ユウさん。転送位置についてください」


指定された場所には、大きな魔方陣が書かれていた。

そこに両足を踏み入れたら、術式が発動するらしい。


「これからあなたは、特殊な結界が張られた講堂のなかに移動し、なかに配置されたモンスターを全て討伐してもらいます。それらすべてを討伐する、または、試験のリタイアを認めない限り、結界の中から出ることはできません。行使できる魔法の属性は、事前に申告された『水』のみとさせていただきます。

なにかご質問は?」


「ありません」


「では、健闘を祈ります」


魔方陣に足を踏み入れると、

宙にふわりと浮くような感じがした。

視界が青の光に包まれていく。

そして、実技試験が始まった。

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