第4話
私の意識は宙に浮いている。これは私の夢なのだろうか。
やや高い電子音が点々と鳴っている。ここは病院のベッド・・・だったはず。あまり聞きなれない音だった。だけど嫌な感じしかしない。
体が全く動かない。私は眠っているのであろうか。少なくとも起きている、死んでいるの感覚はないように思えた。だって私はここにいるから。
電子音が突然長いビープ音へと変わる。これは何を意味するのだろうか。まるでゆっくりと真っ暗闇の中に沈んでいくような感覚。どこともなく、下へ下へ。
・・・今にして思えば、とても不吉な音だったと思う。
気が付くと私は河を・・・
私は覚醒した。私は眠っていたのだ。それが突然、全身がピーンと引っ張られるような感覚で、眠りから覚めた後の体の硬直がまるでない。私は急いで飛び起きる。
私は、病院ではないベッドに寝かされていた。民家なのかマンションなのかわからない。部屋の一室という事だけわかる。誰かの部屋なのだろうか。木枠の窓から太陽の光が差し込んでいる。
辺りを見渡してみると、小さなテーブルだったり、クッションらしきものがあったり、木戸の押し入れらしきものがあったり、これまた木戸のクローゼットらしきものがあったり、木製の机があったりした。壁は白いが、これも木製である。もちろん天井も床も木製だ。
私はベッドから起き上がってみる。するとどうだろう。私の服はパジャマではなく、これは真っ白い浴衣? 柔道着? というか、服の下が裸だった。
これを着せた人物には訴訟をも辞さない。あまりに最低かつ非人道的行為である。私は服についている紐を縛りなおし、クローゼットらしきものに向かった。
クローゼットはクローゼットだった。服は今着ている服と同じ白い服が何着もある。だが、その下にあった引き出しには、男物のシャツと男物のトランクスっぽい下着があった。
こういうのでいいのよ、こういうので。
さっそく私はこの浴衣もどきを脱いで、シャツと下着を装着。サイズはなぜかぴったり。これを身に着ければ、この真っ白い浴衣は着なくていいだろう。
するとその時―――。
ガチャ
ドアが開く音が聞こえた。一体こんな破廉恥な格好をさせた奴は誰だ。許さない。
・・・聞き覚えのある声だった。
「あン? もう目が覚めていたのか。」
終わった。
ドアから出てきたのは昨日の酒場の吸血鬼のオジサンだった。
「ヒィッ!」
ドクンッ
・・・あれ?
全身が動かない。気が付くと私はその場にしりもちをついて、全身を震わせながら、少しずつ後ろに後ずさりしていた。
「ん? どうした?」
「・・・・・・」
私は一向に言葉を発さない。
気が付くと私は、目に涙を浮かべながら部屋の隅にお尻をつけて震えていた。
「うわあ!!」
私は絶叫した。その瞬間、私の頭の中で突然、やや高い電子音が鳴り響いた。病院で聞いたあの電子音だ。
部屋のどこからなっているわけでもない。私の頭の中で鳴り響いている。
オジサンがなりふり構わず、私にだんだんと近づいてくる。オジサンが私に近づいた瞬間。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
私の頭でなっている電子音が、長いビープ音へと変わった。遠くなる間隔、沈んでゆく感覚。違う。この感覚は‥‥
――――――――――死。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
私、ハ―――自、覚シタ。
私ハ、死ンダ
―――――――――――――――――――――――
[WARNING!]
→絶命・臨界点を突破。補助プログラム作動。
保存領域から最適
...最適術式発見。適応開始。
術式、不完全。緊急により、限界魔力より補修...達成。
[復刻]、適用。
■■■ ....... ...... . ... ..
術式、適用。
:[ヒールⅠ] 対象に魔術由来の回復魔法[聖]:
補助プログラム:残[1/3]
////////////////////////////////////////////////////
[WARNING!]
人格形成に障害アリ。
保存領域から最適術式を検索。
...最適術式、なし。類似術式、発見なし。
人格形成、重篤な障害と判定。
緊急により、さらに限界魔力より補修...
補修失敗。重篤な障害の修復、停止。限界魔力より応急処理開始。
補助プログラム、停止。
―――――――――――――――――――――――
[■■]【:[ヒールⅠ] 対象に魔術由来の回復魔法[聖]:】
[///////]に[恐怖]が刻み込まれた。
・・・・・・・
酒場のマスターがさっきまで彼女が寝ていたベッドに立てかけるように座り込む。
「昨日は悪かったな。実は言ってなかったんだがな。俺たちは、神官様が決めた法律で、勝手によその人を食っちゃいけねぇんだよ。」
「・・・・・・」
「だから、少なくともあの時点では、誰も本気で食おうと思ったやつらはいねぇはずだ。」
「・・・・・・」
「いやあ、そのなんだ。この部屋なんだが・・・」
マスターは少し目をそらしながら彼女に話しかける。少しずつ目を合わせようとするが、彼女はずっと斜め下を向いて、口が開けっ放しでよだれを垂らし続けている。マスターもさすがにやり過ぎたといわんばかりに、何とか言葉を選んで説得を試みる。
「この部屋はな。俺の息子の部屋なんだ。まあ、息子はしばらく帰ってこないだろうから、好きに使ってくれてもかまわねぇ。あと、お前が脱ぎ捨てた服なんだが、
それは俺の息子がかつて目指した、医者の服だ。今じゃあんまり着ないが、ぞんざいに扱うんじゃねぇぞ。」
少女は何も反応しない。
「ああ、もういい。もう食わねぇから大丈夫・・・」
コンコン。
「・・・誰だ? まさか・・・ちょっと待っててくれ。」
マスターは顔色を変えた。急いでベッドから立ち上がり、少女にわき目も降らずに出ていった。
少女は動かない。そのままドアの向こうからかすかに声が聞こえる。
「お前、いつの間に戻ってきたのかよ!」
「仕事だ。神官様の定期健診の同行としてここに来ている。」
「待て! 今ちょっと立て込んでるんだ、ちょっとな・・・」
しばらくして。
「成程。それは俺の部屋に?」
「ああ。だから、隣の部屋を使ってくれ。」
「待て、俺が診よう。」
ガチャ
部屋のドアが開いた。そこには、日が暮れた後の夜空のような色の髪をした青年が立っていた。目つきは鋭く、仮面をつけているかのような表情、外から帰ってきたばかりだろうか、青年が部屋に入ると周りの空気が冷えたような感覚がする。
青年は部屋の隅で怯える少女を目に留めると、そのまま歩みを進めた。
少女に近づいた青年は、立膝を立てて少女と同じ目線に合わせ、右手で少女の白い前髪を取り払った。
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