第3話

 私は外を覗いてみた。だけど、そこに広がる景色は期待していない光景だった。


 吹雪。外一面の吹雪。私がここにくる以前にどこに立っていたのかさえ分からない。なにより・・・


 やけに恐ろしく寒い。私は仕方なく酒場のカウンターに戻ることにした。


「なあ、正直な感想なんだが。」

「あん?」

「また凍るかと思った。」

「俺も。」

「絶対凍ると思った。」

「なあ。やっぱりみんなそう思うよな。」

「おい、静かにしやがれ。」


 そういえば気になることがある。さっきから視界がぼやけてばかり・・・


「ん? どうした?」

「(あ、こいつの名前聞いてなかった。)」

「(何て呼べばいい?)」

「(今それ話し合うのか?)」

「(氷の女王でいいんじゃね?)」

「(いや、でもこいつどう見ても・・・人間だよな? 吸血鬼でもねぇ)」

「(待て、何か取り出そうとしてるぞ。)」


 私を見ている若い男たちが何か話しているが無視。私はポケットに手を突っ込んだ。ポケットから取り出したるは私の眼、つまりはメガネである。


「なんだ、メガネか。」

「メガネだな。」

「メガネだったんだな。」

「お前らいい加減にしろ。」


 丸メガネ。私だけの丸メガネ。私の為だけに作られた乱視用のメガネ。これがなければ、私は生きていくことが出来ない。

 さっそく私はこのお気に入りメガネを装着した。


「・・・?」

「ん? そのメガネ、あわねぇのかい?」

「・・・・・・」


 何か話そうと思ったけど声が出ない。畜生、滅茶苦茶かっこ悪い。


 視界が変わった気がしない。この年配のおじさん(個人差)の言うとおりだ。私は仕方なく眼鏡をはずす。合わないメガネをしていても仕方ない。


「どうだい、お嬢ちゃん。自分がどこから来たか、何か手掛かりは掴んだかい?」

「病院。」

「ああ、まあそうだな。人間の病院だろうな。」


 それならば髪の色はどうだろうか。私は頭の後ろに手をやり自分の髪の毛を前に出してみる。

 白。まごうことなき白。それならば、私は正常である。いつも通りの白髪である。


 あとは、瞳の色が青いままなら完璧なのだが。


「ということはだ、いずれにしろこの子はこの町出身じゃねえ。しかも俺たちのことも知らなそうだ。となると、お前は別世界から来たってことになるかい?」

「・・・?」


 相変わらず言葉に詰まる。別世界? ああ、言われてみれば確かに、ここは病院のなかでも、少し離れた街でもなさそうだ。私のいた街はそもそも雪は降らない。


 となると、私はどうやってここに?


「そうだ、神官様に相談してみるのはどうだ?」

「・・・まあそうなるよな。だが問題は、謁見してくれるかどうかなんだが。」

「俺たちが大丈夫じゃね?」


 神官。それなら聞いたことある。


 ・・・・・・


 ん。今、何か言葉がおかしかったような?


「マスターのおっさん。」

「ん?」

「ところでそいつは、他の世界から来たんだろうが、9割9分人間だよな。」

「ああ。そうだろう。」

「じゃあさ。その子、どうするんだい?」

「・・・それは俺も考えていた。」


 吹雪がおさまるまで、泊めてくれるんじゃないの?


「なぁ、マスターよぉ。早い話、? そのお嬢ちゃん。」


 ・・・・・・・・・


 理解が追い付かない。食うとは何のことだ。私? 私の事か? 私を食うとはどういうことだ?


「いやあ、なあ。お前ら・・・ま、そういう結論にはなる、か。」

「・・・?」


 この、一番信頼できそうなオジサンが否定しない・・・




 ドクンッ


 この瞬間、私の心臓が急激に絞り込まれるような感覚が襲った。視界がぼやけ、私はとっさに心臓を押さえる。


 思考がだんだん停止する。先ほど言われた言葉を思い出そうとする。


 私は顔を上げる。


「・・・・・・(ニンマリ)」


 周りのおじさんたちは、そろいもそろって私に向けて笑みを浮かべている。私の気づかないうちに冷や汗が耳のそばを流れる。


「お嬢ちゃん。」

「実は俺たち全員。」


 息をのんで視点を合わせる。


「「「 吸血鬼ィィィィィ!!! 」」」


 ・・・!!??


 その瞬間、男たちは懐から銃、ノコギリ、ハンマー、大型ナイフなどを取り出し、銃を取り出した男は一斉に天井に向けて撃ち始めた。


「「「 キエエエエエアアアアアアアーーー!!! 」」」


 ダダダダダダダダ!


「ギャハッ!!」


 その時、乱射した銃弾の1発が別の男の頭にあたった。だが、男の傷はみるみる塞がり、今の銃を放った男に向けて銃を連射した。


「何しやがるんだあああああああ!!!」


 また別の男たちは取り出したノコギリやらハンマーやらナイフやらを目にもとまらぬ速さで振り回す。その間、巻き込まれたほかの男はバラバラにされたり、臓物が飛び出たり、切断されたりもした。だが、いずれも男も盛る見るうちに傷がふさがったり、元に戻ったり、名の通り狂気狂宴の乱舞となった。


 私・・・今の私はどうなっている? 頬を涙が伝っている。非情にも鼻水をたれ流している。足が全く動かない。声も全く発することが出来ない。心と体が完全に分離しているかのように動かない。


 私は最後の希望として、カウンターの裏側に立っている頼りになりそうなオジサンに、目をやり、助けを求めた。


「お嬢ちゃん。すまないねぇ、俺もなんだよ。」


 そういうとオジサンはにやりと笑い、右手で唇を引っ張って見せた。そこには人間のモノとは思えない、恐ろしい長さの犬歯があった。


 この瞬間、全ての希望が打ち砕かれた。


 ドクンッ


 私は何も考えていられなかった。気が付くと、私は酒場の出入り口のほうに思いっきり足を踏み出していた。


「おい! 待ちやがれ!!」


 誰かの攻撃が聞こえない。助けて・・・ 男たちの銃の流れ弾が私を打ち抜く前に、いつだれかが発狂して私に襲い掛かる前に・・・


 ドタン!


 私は酒場のドアを思いっきり開けて外に飛び出た。こうなることはわかってたはずなのに・・・


 私の体温は急速に奪われる。私の今の格好はパジャマだったことを思い出した。外に出て数歩で足の動きが止まる(どういう訳か体温が奪われるスピードが以上に速い)。やがて足が完全に止まり、バランスを崩して私は転倒した。


 私の体は再び動かなくなる。この行動は私にとって正しかったのだろうか、それは誰にもわからない。あのまま吸血鬼に食われるのが良かったか。あるいはこれが私にとって最大の成果だったのかはわからない。


 そんな事を深く考えるわけでもなく、私は意識を失った。


―――――――――――――――――――――――

  [WARNING!]


 →絶命・臨界点を突破。補助プログラム作動。


 保存領域から最適術式タグを検索。


 ...最適術式該当せず。代用術式を発見。


 用途を反転して適応開始。


  [復刻]、適用。


 術式、不完全。緊急により、限界魔力より補修...達成。


 ■■□□ ....... ...... . ... ..


 術式、再変換。


 :[ファイアⅠ] 対象に〈着火〉[火]:


→:[ファイアⅠα] に〈着火〉[火]:


 補助プログラム:残[2/3]


―――――――――――――――――――――――


 [■■]【:[ファイアⅠα] 自身に〈着火〉[火]:】


 ボッ


「う゛わあああああああああああああ!!!」


 突然、全身に燃えるような痛みが広がった。いや、ハッキリと言おう。


 私の体が、今まさに燃え上がっている。


「なんで!? 一体どうして!?!?」


 理由はわからない。ただ一つ確認できることがある。体が動かせる。凍りかけた体が、今は動くことが出来る。しかし、私の意識はだんだんと薄れつつある。

 私は全力で走り出した。きっとどこかに逃げ道がある。そう信じて。


 私は目を閉じて全力で走った。

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