第30話 ジャンクフード店にて

 学校が終わってから、私は黒薔薇さんと雷菜ちゃんとともに、ジャンクフード店に来ていた。よくあるハンバーガー屋である。

 ここに来たのは、黒薔薇さんが来てみたいと言ったからだ。お嬢様の黒薔薇さんは、こういう店に来たことがないらしい。お昼の時そういう話になって、ここに来ることになったのである。


「これが、ジャンクフードですか……実物をこんなに間近で見るのは、初めてですわね……」

「うん。口に合うかはわからないけど、これがジャンクフードだよ」

「うわあ……本当にお嬢様なんだね、黒薔薇さんって……」


 黒薔薇さんの目の前にあるのは、セットメニューだ。ハンバーガーに、フライドポテトにオレンジジュース。何の変哲もないセットメニューだ。

 だが、黒薔薇さんはそれを宝石箱でも見るように、目を輝かせている。なんというか、その光景は少し微笑ましい。


「……というかさ。なんで、私が対面なの? 総もこっちでよかったんじゃない? それだと話しにくいんじゃない?」

「え? あ、うん。そうかな……」


 そこで、雷菜ちゃんは現在の状況を指摘してきた。今は、私を黒薔薇さんが隣に座り、対面に雷菜ちゃんが座っている。

 しかし、今回は黒薔薇さんに対して、二人で色々と言うような状況だ。そのため、私と雷菜ちゃんで黒薔薇さんと対面するのが自然だった気がする。

 それは、別に気にするようなことではない。ただ、雷菜ちゃんの言う通り、そっちで良かった気もする。


「別に、誰と対面してもよろしいではありませんか」

「というか、黒薔薇さんが総の隣にすぐに座ったんだよね? そんなに総の隣が良かったの?」

「ええ、総の隣が良かったですわ」


 雷菜ちゃんの質問に、黒薔薇さんははっきりとそう答えてくれた。その答えは、私とっては嬉しいものだ。ただ、少し恥ずかしいものでもある。

 そんな答えと恥ずかしがっている私に対して、雷菜ちゃんは笑っていた。体を震わせて、可笑しくて仕方ないといった感じだ。


「黒薔薇さん、本当に変わったね……」

「あら? そうですか?」

「前は、そんな風に誰かに寄り添うなんて、まったく想像できないような人だったもん。人って、こんなに変わるものなんだね……」


 雷菜ちゃんが笑っていたのは、黒薔薇さんが変わったからのようである。

 確かに、黒薔薇さんは変わったかもしれない。前までは一緒にお昼を食べてくれなかったし、どこか一線を引いていた気がする。

 それが、今はこのように寄り添ってくれるようになった。それは大きな変化なのかもしれない。


「まあ、確かに私も自分が変わったことは理解していますわよ。昔は、このように誰かと強く一緒にいたいと思うことなどありませんでしたもの」

「あっ……」


 黒薔薇さんは、私に腕を絡めながら、引き寄せてきた。黒薔薇さんの温かさに、私は少しだけ緊張してしまう。

 カマキュラーや女王との戦いが終わってから、黒薔薇さんは私によく引っ付いてくるようになっていた。もしかしたら、黒薔薇さんは私に命の危機があったから、このようなことをするようになったのかもしれない。私がどこかに行ってしまわないか心配で、こうなったのではないだろうか。


「……さて、それではこのハンバーガーというものを食べさせてもらいますわね」

「あ、うん」


 そこで、黒薔薇さんは周囲を見渡した。何かを探しているようだ。


「黒薔薇さん、どうしたの?」

「いえ、ナイフやフォークはありませんの?」

「え?」

「ああ、そういうことか……黒薔薇さん、わからないんだ」


 黒薔薇さんは、ナイフやフォークを探していた。黒薔薇さんは、こういう店に初めて来て、初めてこういうものを食べる。だから、食べ方がわからないのだ。

 そもそも、ハンバーガーは本来ナイフやフォークを使って食べるものだと聞いたことがある。そういう知識があるので、黒薔薇さんはそれらを求めているのだろう。


「黒薔薇さん、これは手で持って、そのままかぶりつくんだよ」

「かぶりつく? そういう食べ方ですのね……」


 私の言葉で、黒薔薇さんはハンバーガーを手で持って、口に運んだ。ゆっくりと咀嚼し、黒薔薇さんはハンバーガーを味わう。


「なるほど……悪くない味ですわね」


 ハンバーガーを飲み込んでから、黒薔薇さんはゆっくりとそう呟いた。その評価は、悪くないというものだ。

 その評価は、どう受け止めていいのだろうか。おいしいということなのか、おいしくないということなのか、微妙にわからない評価である。


「おいしいとは思いますが、少し物足りませんわね」

「物足りない? 何か足りないの?」

「ええ……」


 黒薔薇さんは、一応おいしいとは思っているようだ。ただ、何か物足りないらしい。

 ハンバーガーに物足りないものとは、一体なんなのだろうか。もしかして、食材とかかもしれない。いつも、いい食材を使った料理を食べているはずなので、そう思うのではないだろうか。


「愛が足りないですわ……」

「愛? ああ……」

「え? 総? 納得しているの?」


 黒薔薇さんの言葉に、私は納得した。ここで作られたものは、黒薔薇さんのために作られたものではない。そのため、当然愛は込められていないだろう。

 だから、黒薔薇さんは物足りないと感じているのだ。私が余計なことを口走ったせいで、黒薔薇さんに変な感覚を植え付けてしまったようである。


「でも、まあ、こういう店にそういうものを期待するのはいけませんわね。そういう面を覗けば、悪くない味ですもの。素直に、おいしいということにしましょうか」

「うん。それならよかった」

「え? これって、素直な評価なの? 捻くれているように聞こえたんだけど……」


 色々と考えて、黒薔薇さんも気づいたようだ。こういう店で、そういう愛を期待することなどしてはならないのだと。

 そのため、黒薔薇さんはハンバーガーをおいしいと評した。それなら、連れて来た甲斐があったというものである。


「あ、黒薔薇さん、ソースがついているよ」

「あら? そうですの?」

「今、取ってあげるからね」

「あら、お願いしてもいいですのね?」

「うん」


 そこで私は、黒薔薇さんの口にソースがついていることに気づいた。とりあえず、私は紙ナプキンを手に取り、黒薔薇さんの口元を拭う。

 私の指に、黒薔薇さんの柔らかい唇の感触が伝わってくる。その感触は、私を少し動揺させるものだ。


「は、はい。拭き終わったよ」

「ありがとうございます」


 黒薔薇さんの唇を拭き終わり、私は手を離した。なんというか、とても幸福な一瞬だった。こういうことを、役得というのだろうか。


「さて、次はポテトですわね。これも、手を使っていいですの?」

「あ、うん」


 次に、黒薔薇さんはフライドポテトに手をつけた。そのまま、口へと運んでいく。

 黒薔薇さんは、ハンバーガーと同じようにゆっくりと咀嚼した。かなりじっくりと、味わっているようだ。


「これも、中々の味ですわね」

「そうだよね。おいしいよね」

「ええ」


 今度は、黒薔薇さんも細かいことは言わなかった。やはり、愛などを抜きにすれば、おいしいと思えるようだ。


「総や雷菜も食べていいですわよ?」

「あ、うん。頂くね」

「よし、頂きます」


 そこで、黒薔薇さんは私と雷菜ちゃんにフライドポテトを勧めてきた。私達は、その言葉に甘えてポテトに手を伸ばす。

 今日は、私も雷菜ちゃんも、ジュースしか頼んでいない。黒薔薇さんが、体験するためだけに来たので、最低限のものしか頼まなかったのだ。

 ただ、人が食べるのを見ていると、食べたくなるものなのである。なので、この提案は正直ありがたいものだった。小腹に入るポテトは、中々おいしいものである。

 そんな風に、私達はジャンクフード店で過ごすのだった。

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