第29話 戦いの終わり

 私と黒薔薇さんは、廃工場から町中に戻って来ていた。町中を走っていた私達だったが、黒薔薇さんは突如足を止める。何かを感じ取ったようだ。


「どうやら、町の蜂も片付いたみたいですわ」

「そうなの?」

「ええ、分身であちらの情報はわかりますから、間違いありませんわ」


 どうやら、黒薔薇さんは分身から情報を得たらしい。その情報によると、町の蜂達は片付いたようである。

 それなら、本当にこの戦いが終わったということだ。これでやっと、安心することができる。


「さて……」

「あっ……」


 私が安心していると、見慣れた人達が、私達の目の前に現れた。雷菜ちゃんと黒薔薇さんの分身達である。


「二人とも、お疲れ様。無事に、ハニリッチ……というか、女王? よくわからないけど、本体を倒したんだよね?」

「ええ、倒しましたわ。そこまで、強い相手ではありませんでしたわね」


 黒薔薇さんは、ハニリッチや女王のことをそのように表現した。彼女達の強さは、黒薔薇さんにとってはそれ程ではなかったようだ。

 ただ、その言葉はよく理解できるものだった。なぜなら、カマキュラーの時より、黒薔薇さんは余裕そうだったからだ。

 カマキュラーの時は、黒薔薇さんもそれなりに追い詰められていた。一歩間違えていれば、黒薔薇さんが負けていてもおかしくはなかったくらいだ。

 一方、女王の時は終始余裕な雰囲気だった。特に奇策も用いていなかったので、かなり余裕だったのだろう。


「そうなんだ。まあ、無事に終わったなら、何も問題ないよ」

「ええ、これで全て終わりですわね」

「うん。ああ、黒薔薇さんの分身、役に立ったよ。ありがとう」

「それなら良かったですわ」


 そこで、黒薔薇さんの分身が茨に戻っていった。もう分身を出しておく意味はないので、それも当然だろう。

 よく考えてみれば、黒薔薇さんは分身を出しながら、戦っていたのだ。それも含めると、黒薔薇さんはかなり余裕だったといえるだろう。


「さて、それじゃあ、私はもう帰るよ。二人も、早く帰りなよ。疲れているだろうし、しっかり休まないと……明日、学校もあるし」

「あ、そっか……」


 雷菜ちゃんの言葉に、私は大変なことを理解した。そういえば、明日も学校があるのだ。

 正直、今日はとても疲れた。その疲労感は、かなりのものだ。そのような状態で、明日も学校と言われると、とても嫌な気持ちになる。

 できれば、明日は休みたいくらいだ。ただ、今日あったことは誰にも話せない。そのため、休むことはできないだろう。


「総……辛いかもしれないけど、私達学生だからね。仕方ないことなんだよ」

「そうだよね……」


 雷菜ちゃんは、私の方に手を置いて、そう言ってくれた。こういうことを、雷菜ちゃんは何度も経験しているのだろう。その言葉には、実感がこもっている。

 雷菜ちゃんの言う通り、これは仕方ないことなのだ。私も、その運命を受け入れるとしよう。


「よし、私は本当に帰るから、ゆっくり休んでね」

「あ、うん。バイバイ」


 それだけ言って、雷菜ちゃんは歩いて去って行った。私達も帰るとしよう。


「黒薔薇さん、私はこっちだけど……」

「せっかくだから、送っていきますわ。少し歩きましょう」

「そう? それなら、一緒に行こうか」


 黒薔薇さんは、私を送ってくれるようだ。疲れていないか心配だったが、せっかくなのでその言葉には甘えることにする。

 なんとなく、私は黒薔薇さんと離れたくなかった。命の危機があったため、誰かに傍にいてもらいたいと思っているのかもしれない。

 もしかしたら、黒薔薇さんも私と離れたくなかったのだろうか。私と理由は違っても、そう思ってくれているなら嬉しいことだ。

 私と黒薔薇さんは、ゆっくりと歩き始める。幸か不幸か、私の家まではそんなに距離はない。しばらく歩けば着くだろう。


「総……」

「え?」


 そこで、黒薔薇さんはゆっくりと私の手を握ってきた。しかも、指まで絡ませてくる。

 少し恥ずかしいが、その手を離す気はなかった。よくわからないが、黒薔薇さんと手を繋げるのは嬉しいことだ。


「……今日は、色々と大変でしたわね」

「あ、うん。そうだね……」


 黒薔薇さんは、ゆっくりとそのように言ってきた。その言葉に、私はゆっくりと頷く。今日は、本当に色々と大変だった。


「総の強い魔力を感じた時、私は魔女の会議を飛び出しましたわ。あなたに何かあったのではないかと、心配で仕方ありませんでしたもの」

「そうなんだね……ありがとう、黒薔薇さん」


 黒薔薇さんは、私が強い魔力を放ったことを察知して駆けつけてくれた。それは、とてもありがたいことである。

 私が強い魔力を放ったからといって、別に危機に陥っているとは限らない。それでも、黒薔薇さんは一目散に駆けつけてくれたのだ。そのことは、どうしようもない程に嬉しいことである。


「私、人生で経験したことがない程、恐怖を覚えましたわ。あなたがいなくなってしまうと思うと、胸の奥の方が痛くて仕方ありませんでしたもの」

「黒薔薇さん……」

「こうして、あなたの温もりを感じられることが、何よりも幸福ですわ。本当に無事でよかったですわ」


 黒薔薇さんは、私に対して笑顔を向けてくれた。その眩しい笑顔に、私の心臓は鼓動を早めていく。

 そのドキドキは、今までのものとは少し違う気がする。いや、今までも私が気づいていなかっただけで、そうだったのかもしれない。

 とにかく、私は黒薔薇さんに対してとある感情を抱いていることを自覚した。その感情は、黒薔薇さんにとても打ち明けることができない特別な感情だ。

 その感情を抱いてしまったことを、私は少し申し訳なく思った。きっと、私のこの思いは、今手を繋いでくれている黒薔薇さんとはまったく違うものである。それなのに、手を離さない私はきっとずるいのだ。

 そんな思いを抱えながら、私は黒薔薇さんと歩き続けた。しばらくの間だったが、私はとても幸福な時間を過ごせたのだ。

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