第28話 女王の実力

「さて、妾の子供達よ……」


 女王は、ゆっくりと先程と同じようにハニリッチ達に命令しようとした。

 しかし、女王はその言葉を止めた。それは、自身の巣に起こった異変に気づいたからだろう。


「これは……」


 女王の巨大な蜂の巣には、茨が絡みついていた。それは、明らかに黒薔薇さんが仕掛けたものである。

 茨は、蜂の巣をどんどんと締め付けていく。棘も刺さっているので、魔力も吸い取っているだろう。

 当然、茨によって出入り口から封じられているので、中から新たなハニリッチが出てくることもない。


「な、何を……」

「気づきませんでしたの? 私が茨を振るった時、種を飛ばしていましたのよ」

「茨……?」

「部下に任せて、余裕な態度だから、そういうことになりますの。勉強になりましたか?」


 どうやら、黒薔薇さんは茨を振るった時、種を飛ばしていたようだ。そのことに、女王はまったく気づいてなかったようである。

 それは、女王の慢心によるものだろう。部下に攻撃を任せて、周囲のことを気にしなかったため、黒薔薇さんが飛ばした種に気づかなかったのである。


「さて、これで部下にはもう頼れませんわよ。あなた自身が、どこまで戦えるか見ものですわね?」

「お主は勘違いしておる。別に、妾は戦えない訳ではない。その必要がなかっただけに、過ぎないのだ」


 そこで、女王は初めて構えた。今まで、余裕な態度だったが、初めて臨戦態勢になったのである。

 女王の実力が、どれくらいのものかはわからない。ただ、女王と呼ばれているくらいなのだから、かなりの強さなのだろう。


「ふん……!」


 女王は、私達の元に向かってきた。その手には、ハニリッチと同じように針が出てきている。恐らく、同じように毒も仕込まれているだろう。


「茨の壁」

「む……」


 それに対して、黒薔薇さんは茨の壁を出現させた。その壁により、女王はこちらまでやって来られない。

 次の瞬間、虫の羽音が聞こえてきた。それは、女王が羽ばたいた音だろう。


「総」

「あ、うん」


 黒薔薇さんは、私の後ろに回ってきた。何故、そのような行動をとったのか、私も理解している。

 私も、体を反転させて後ろを見た。すると、後ろに回っていた女王の姿が見えてくる。


「妾の一撃を受けるがいい!」

「甘いですわね」

「む……」


 迫って来る女王に対して、黒薔薇さんは茨を伸ばした。しかし、その茨を女王は素早く躱す。その羽により、機動力はかなり上がっているようだ。

 羽ばたいている女王に、茨が当たるはずはない。そのことは、当然黒薔薇さんも理解しているだろう。そのため、何も手を用意していないという訳ではないはずである。


棘の弾丸ニードル・バレット

「なっ……」


 茨を躱した女王は、突如放たれた棘によって貫かれた。黒薔薇さんの茨についていた棘が射出されたのだ。

 女王は、茨を躱した時点で油断していた。そのため、棘はまともに受けている。その体が、ゆっくりと地面に落ちていく。

 女王は、地面に膝をついていた。棘によるダメージは、かなり大きかったようだ。

 そして、その隙を黒薔薇さんが見逃すはずはない。女王に向かって、新たなる茨が一直線に伸びていく。


「ぬぐっ……」


 黒薔薇さんの茨は、女王の体に巻き付いた。茨の棘が、ゆっくりと女王の体に入っていく。いつも通り、魔力を吸い取り捕食者を消し去る手順だ。

 女王は、黒薔薇さんの茨から必死に逃れようとしている。だが、蓄積されたダメージで力が出ないのか、茨はびくともしない。いや、そもそも女王に黒薔薇さんの茨を抜け出す力はなかったのかもしれない。


「な、何故……妾が、魔女などに……」

「あら? 敗北した理由がわかりませんの?」


 憎しみの表情を浮かべながら放った女王の言葉に、黒薔薇さんはゆっくりとそう返した。

 どうやら、女王は自分が敗北した理由を理解していないようだ。私でも理解できる簡単な理由を、女王は理解できていないのである。


「あなたは、闘争者ではなかったのですわ。最初から、部下に戦いを任せていて、相手の命を刈り取る覚悟を決めていなかった。そのようなあなたが、私に勝てるはずがないのですわ」

「闘争者……? 訳のわからないことを……」


 黒薔薇さんの言葉を、女王はまったく理解していなかった。そもそも、それを理解できるなら、このような戦いにはならなかったはずなので、それは当然だろう。

 女王は、そもそも相手の命を奪う覚悟をしていなかった。部下に全てを任せて、自分は戦わない。その戦闘スタイルで、戦う覚悟などできるはずはなかったのである。

 そんな中途半端な覚悟で、黒薔薇さんに勝てる訳はない。覚悟を決めている黒薔薇さんと、女王とでは天と地ほどの差があるのだ。


「それなのに、他者の命を弄ぶあなたは、決して許されない存在ですわ。最も、捕食者である以上、覚悟を決めていたとしても、葬り去りますが……」

「妾達の餌でしかない人間風情が……」

「得物が何もしないで喰らわれると思っていますの? 対抗できる力がある以上、反抗するのは当然のことですわ。それに勝てないあなたが、悪いのではありませんか」

「うぐっ……」


 女王の体が、ゆっくりと薄れていく。魔力を吸われ過ぎて、これ以上その体を維持できなくなっているのだ。


「うがああああああああ!」


 大きな断末魔をあげながら、女王は消えていった。それと同時に、茨に真っ黒な薔薇が咲き誇る。女王の魔力を吸い尽くし、その花を咲かせたのだ。


「さて……」


 黒薔薇さんは、そんな女王がいた方向から、視線を変えた。その先には、女王が残した蜂の巣がある。

 茨が絡みついているその蜂の巣は、かなり魔力を吸い取られているはずだ。だが、まだその形を保っている。どうやら、まだ魔力を吸い取りきれていないようだ。

 黒薔薇さんは、その蜂の巣にさらに茨を絡ませていく。茨の量を増やして、さらに魔力を吸い取るつもりなのだろう。


「まだまだいきますわ」

「あっ……」


 黒薔薇さんの茨は、蜂の巣を埋め尽くした。そして、茨の塊はどんどんとその大きさを小さくしていく。魔力が吸い尽くされて、消滅しているのだろう。

 やがて、茨には真っ黒な薔薇が咲いた。こちらも、魔力を吸い尽くしたのだ。


「これで……終わったんだね」

「いえ、まだ終わっていませんわ」

「え?」


 これで、全てが終わったと思った私だったが、黒薔薇さんはそのように言ってきた。どうやら、これで終わりという訳ではないようだ。


「まだ、町に蜂が残っていますわ。それを全て駆除しない限り、私達の戦いは終わりませんわ」

「あ、そうだね……」


 黒薔薇さんに言われて、私も気づいた。確かに、まだ放たれた蜂達が残っているのだ。それを倒さない限り、私達の戦いは終わったとはいえない。


「それなら、町に戻らないとね」

「ええ、行きますわよ」


 私と黒薔薇さんは、行動を開始する。町に向かい、残っている蜂達を駆除するのだ。

 こうして、私達は廃工場を後にするのだった。

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