第27話 真の黒幕
私と黒薔薇さんは、町外れの廃工場に来ていた。ここに、ハニリッチがいるようなのだ。
「さて、行きますわよ」
「うん」
黒薔薇さんとともに、私は廃工場の中に入っていった。すると、先程見た蜂を擬人化したような人物と巨大な蜂の巣が見えてくる。
ハニリッチは、こちらに気づき、少し驚いたような表情になった。自分の居場所が、知られているとは思っていなかったのだろう。
「ど、どうしてここが?」
「まったく気づいていなかったようですわね。どうやら、あなたはかなり間抜けな捕食者のようですわね」
困惑するハニリッチを、黒薔薇さんは煽った。それは、恐らく敢えて行ったことである。
黒薔薇さんの性格なら、普通に言う可能性もあるが、今回は違う気がする。ハニリッチの性格を考慮して、そうした方がいいと思ったから、煽ったのだと思う。
「私が、間抜けですって……」
ハニリッチは、黒薔薇さんの言葉に怒っていた。恐らく、これが黒薔薇さんの狙いなのではないだろうか。
カマキュラーの時も思っていたが、ハニリッチは少し短気である。それをわかっているから、黒薔薇さんは敢えて煽り、冷静さを失わせたのだろう。
「あなたなんて……」
「残念ですが……あなたはもう終わっていますわ」
「えっ!?」
黒薔薇さんに突っ込んでこようとしたハニリッチだったが、その足は止まることになった。なぜなら、ハニリッチの体から茨が生えてきたからである。
よく考えてみれば、黒薔薇さんはハニリッチに種を仕込んでいたのだ。それは、追跡のために仕込んだものだったが、別に武器として使えない訳ではない。むしろ、最大の武器になり得るだろう。
もしハニリッチが冷静だったなら、こうはならなかったかもしれない。追跡されているということは何かされた。その考えに至れば、こうなることは避けられた可能性が高いだろう。
それをさせないために、黒薔薇さんはハニリッチを煽ったのだ。何か何まで、ハニリッチは黒薔薇さんの掌の上だったようである。
「こ、これは……」
「さて、あなたの魔力を吸わせてもらいますわよ」
ハニリッチの体に、茨の棘が突き刺さっていく。これは、魔力を吸い取る流れだ。
ハニリッチは、必死に茨から抜け出そうとする。しかし、茨はびくともしていない。
「こ、このままでは……」
「あら……」
「えっ!?」
そこで、ハニリッチは驚くべき行動をとった。腕から針を射出し、自身の体に突き刺したのだ。
だが、それで何かが起こることはない。ただ、自分の体を傷つけただけなのである。
「蜂達よ! 私の魔力を女王に献上しなさい」
「これは……」
次の瞬間、蜂の巣から一匹の蜂が出てきた。その蜂は、ハニリッチが自ら作った傷口に止まる。
その蜂に向けて、黒薔薇さんは茨を振るった。だが、その茨が届く前に、蜂はハニリッチから離れていく。そして、蜂は巣の中に入る。
「く、黒薔薇さん……これは」
「ええ、どうやら、まずいことになったようですわね」
私も黒薔薇さんも、蜂の巣から強い魔力を感じた。恐らく、私達は一つ勘違いをしていたのだ。
今回の件は、ハニリッチが黒幕だと思っていた。だが、もっと強大な力を持つ者が黒幕だったのだ。
蜂の巣から、ゆっくりと何者かが出てくる。その姿は、ハニリッチと似た蜂を擬人化したような姿だ。ただ、どこか華やかな印象を受けるような姿をしている。
その捕食者が、ハニリッチや蜂達を操っていた真の黒幕なのだろう。
「じょ、女王様……」
「ハニリッチ、よくぞ
「わ、私の魔力を……もらってください。女王様と……一つに」
「お主の忠義は、見事なものだった。妾の一部となって、ともに生きるとしよう」
女王と呼ばれた捕食者は、ハニリッチの手を握った。すると、ハニリッチの体が薄れていく。ハニリッチの魔力を、女王が吸収しているのだろう。
ハニリッチは、すぐに消えていった。いや、女王の一部となったと言うべきなのだろうか。
「さて……お主達が妾の敵である魔女か」
「ええ、今からあなたを倒す魔女ですわ」
「それは叶わぬ。お前達は妾に触れることすらできない」
女王は、私達に向けてそう言ってきた。次の瞬間、蜂の巣から数体の蜂が現れた。
その蜂は、だんだんと姿を変えていく。巨大な蜂が、ハニリッチと同じ姿に変化しているのだ。
「妾の子供達よ。目の前にいる魔女達を駆逐するのだ」
「はい……女王様」
女王の命令を受けて、蜂達は一斉にこちらに向かってきた。その腕には、ハニリッチと同じように針が生えている。
あの針は、かなり危険なものだ。あのカマキュラーですら、針に受けた毒には耐えきれなかった。それ程、恐ろしい力を持っているものなのである。
「茨の鞭!」
そんな蜂達に対して、黒薔薇さんは茨を振るった。その茨は、向かって来ていた蜂達をことごとく巻き込み、そのまま壁まで薙ぎ払われる。
「この程度の者達で、私を倒せるとでも思っていますの?」
「ほう……中々の手練れではあるか」
壁に叩きつけられた蜂達は、力を失っていた。その体も、少し薄くなっている。恐らく、倒すことができたのだろう。
そんな蜂達を気にも止めず、黒薔薇さんと女王は睨み合っている。お互いに、隙を伺っているようだ。
「妾の子供達よ。行け」
先に動いたのは、女王だった。いや、女王が動いた訳ではない。蜂の巣から現れたハニリッチ達が動いたのである。
そんなハニリッチ達に対して、黒薔薇さんは先程と同じように茨を振るう。これだけなら、同じ結果になったはずだ。
だが、今回はハニリッチ達の行動が少し異なっている。彼女達が、大きく膨らんでいるのだ。
「これは……」
それを見て、黒薔薇さんは私の前に立った。さらには、茨の壁を出現させる。
その直後、爆音が辺りに響いた。ハニリッチ達が、自爆したのである。
「うっ……」
「総、大丈夫ですの?」
「うん……」
爆発の衝撃は、茨の壁が防いでくれた。しかし、その爆風の煽りが、こちらまで伝わってきている。
それだけ、大きな爆発が起こったのだ。しかも、一つや二つではない。大量のハニリッチ達が自爆したのである。
「これも耐えるか……なるほど、お主は中々やるようだな」
「あなたのやり方は、気に入りませんわね……」
「む?」
「自身は動かず、他者を動かして戦う。自分が傷つかず、配下の命を捨てるあなたのやり方は気に入りませんわ」
茨の壁が消えてから、黒薔薇さんはゆっくりと呟いた。その言葉からは、怒りのような感情が感じられる。
黒薔薇さんが怒っているのは、女王が自身の子と呼んでいたハニリッチ達を自爆させたからだ。そのようなやり方は、許されることではない。
「妾が生み出した者達を、妾がどうしようとよかろう。お主に何か言われる覚えはない」
「ええ、私はあなたにそのやり方を改めた欲しいなどとは思っていませんわ。そんなことは、期待するだけ無駄ですもの」
黒薔薇さんの言葉を受けても、女王はそれを改める気はなかった。しかし、それを黒薔薇さんも気にしていなかった。女王が、態度を改めることなどないとわかっているからのようだ。
黒薔薇さんは、ゆっくりと構えた。それに対して、女王は動かない。他者を命令して動かす女王は構える必要がないのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます