第25話 潜んでいたもの
「……さて」
「黒薔薇さん?」
カマキュラーが消えるのを見届けてから、黒薔薇さんはゆっくりと辺りを見渡した。何か、探しているのだろうか。
「そこに、いますわね」
「えっ!?」
黒薔薇さんは、通りの角の方に茨を伸ばした。
すると、そこから一匹の蜂が出てきた。いや、蜂のような何かというべきだろうか。
その蜂は、普通の蜂に比べて、明らかに大きい。人間の顔くらいの大きさなのである。
「あれは……?」
「恐らく、ハニリッチの兵ですわ」
「ハニリッチの兵?」
「ええ、カマキュラーが言っていたのも、この兵達による人間への無差別攻撃なのでしょうね」
黒薔薇さんの予測では、あれはハニリッチの兵であるらしい。確かに、同じ蜂であるため、その可能性は高いように思える。
そして、カマキュラーが言っていたハニリッチの計画も、このことであるようだ。恐らく、あの蜂が人間を襲い、魔力を吸い取って、ハニリッチの元に持って行くということなのだろう。
もしそうだとしたら、とても恐ろしい計画である。あの蜂に、普通の人間では対抗できない。蜂が何体いるかはわからないが、多くの人間が襲われることになるだろう。
それを防ぐためには、魔女の力が必要なはずだ。だが、多くの蜂がいるなら、その全てに対処していくのは難しいはずである。
「あっ……」
「あら……」
そんなことを考えている私の目の前に、さらなる恐怖が現れた。先程の角から、さらに六体の蜂が現れたのである。
どうやら、ここに来ているのも一体という訳ではなかったようだ。
「少々、面倒ですが、片付けさせてもらいましょうか」
黒薔薇さんは、茨を展開して構えた。それを見て、私も構える。魔弾が当たれば、
それなりのダメージは与えられるかもしれないからだ。
「
「えっ!?」
「あら?」
そんな私達が戦いを始める前に、蜂達は地面に落ちていった。空から降り注いだ雷が、蜂達を焼き焦がしたのだ。
その蜂達の後ろから、一人の人間が歩いて来た。
三角の帽子とマントや仮面。その装いは、初めて会った時の黒薔薇さんと同じ装いだ。つまり、現れたのは、魔女ということである。
そして、私は同時にあることに気づいた。仮面で隠していても、その正体がわかったのである。
「雷菜ちゃん……」
「まあ、ばれているよね……」
私の言葉に、雷菜ちゃんは仮面を外す。
前々から勘づいていたが、雷菜ちゃんは魔女だったようだ。
「総には、こういう世界に入ってきて欲しくはなかったけど……でも、これが定めだったんだろうね。魔力の高い総が、こっち側に入ってくるのは、時間の問題だった……そういうことなんだと思う」
「雷菜ちゃん……私の魔力が高いことを知っていたんだね」
「もちろん、長い間接していれば、わかってくるよ。でも、それには触れないことにしていた。魔女の世界なんて、総には合っていないと思っていたからね」
どうやら、雷菜ちゃんは私が多大な魔力を持っていることに気づいていたようである。
しかし、それを指摘して、魔女の世界に引き込むことはしなかった。それは、雷菜ちゃんの優しさだったのだ。
そのことに、私は感謝する。私は、本当にいい友達を持てたものだ。
「……それを、私が魔女の世界に引き込んでしまったのですわね」
「黒薔薇さん……」
雷菜ちゃんの話を聞いて、黒薔薇さんはゆっくりとそう呟いた。
黒薔薇さんは、私を魔女の世界に引き込んだことを、申し訳なく思っているようだ。
だが、それは黒薔薇さんのせいではない。私が魔女の世界に入ることがなった成り行きは、仕方ないものなのである。
「別に、黒薔薇さんのせいではないよ。総が捕食者に襲われて、記憶を消せなかった以上、こちらの世界に引き込むことは仕方ないことだし。そもそも、暴走の危険性や捕食者に狙われる可能性を考えたら、黒薔薇さんの判断は正しいよ」
「そうですか……」
そんな黒薔薇さんに、雷菜ちゃんはそのように言葉をかけた。その言葉で、黒薔薇さんの表情は少しだけ晴れた気がする。
「……話したいことは、色々とあるけど、今はそれどころじゃないんだよね。だから、次の話に移らせてもらってもいいかな?」
「わかっていますわ。先程の蜂達のことでしょう?」
「そう。その問題をなんとかしないと、ゆっくり話もできそうにないんだ」
そこで、雷菜ちゃんは話を変えた。どうやら、先程の蜂達の問題を解決しなければ、ゆっくりと話もできないようだ。
確かに、それはそうだろう。ハニリッチが、多くの人間を狙った作戦を実行しているのだ。それを放っておくことなどできるはずがない。
「黒薔薇さんが飛び出した後、私達は各地に分散している魔力の存在に気づいたんだ」
「それが、あの蜂達という訳ですか」
「うん。だから、今は皆、各地で蜂を駆除しているんだ。それでも、手は足りないくらいなんだけどね」
雷菜ちゃんは、現状を説明してくれた。ただ、その話は私には少しわからない部分もある。
多分、黒薔薇さんと雷菜ちゃんは、魔女の会合か何かに参加していたのだろう。そこで、黒薔薇さんは私の危機を察知して、来てくれたということなのだろうか。
「だから、黒薔薇さんにも手伝ってもらいたいんだよね」
「いえ、私は本体を叩きますわ」
「本体?」
黒薔薇さんの言葉に、雷菜ちゃんは少し驚いていた。 恐らく、雷菜ちゃんはハニリッチがいた所は見ていなかったのだろう。
「先程、私達の目の前に蜂に似た姿をした捕食者が現れましたわ。それが、その蜂達の本体であるはずですの」
「なるほど、そういうことなら、本体を叩いた方がいいはずだね」
黒薔薇さんの言葉に、雷菜ちゃんはすぐに納得した。それは、当然のことだろう。本体がいるなら、それを叩くのが一番である。それに反論することなどないだろう。
「でも、居場所はわかるの?」
「先程、私の種を仕込んでおきましたわ。居場所なら、手に取るようにわかりますわ」
「流石、手際がいいね」
黒薔薇さんは、先程ハニリッチに種を仕込んでいたらしい。それにより、場所が手に取るようにわかるようである。
雷菜ちゃんの言う通り、流石は黒薔薇さんだ。あのカマキュラーとハニリッチの戦いの中、そのようなことをしていたとは驚きである。
という訳で、黒薔薇さんはハニリッチを追うことになった。これで、お互いがやることは纏まったということだろう。
「さて、それじゃあ、総は家に帰るということでいいね」
「え?」
そこで、雷菜ちゃんは私に話を振ってきた。
そういえば、私のことは今の話に出ていなかった。私は、どうすればいいのだろうか。
普通に考えれば、家に帰るのが正着だ。非力な私に、できることなどほとんどないので、家に帰る方がいいはずである。
ただ、ここまで首を突っ込んで、家で大人しくしているというのも、どうなのかと思ってしまう。私も、蜂と戦うなどした方がいいのではないだろうか。
「総は、私と一緒に行きますわ」
「え?」
「なっ……」
そんなことを考えている私に、黒薔薇さんが驚くべきことを言ってきた。
私が、黒薔薇さんについていく。それは、かなりすごいことなのではないだろうか。
「そ、そんなの危険だよ。総は、戦える人間ではないんだよ?」
「そんなことはありませんわ。総は、最早貴重な戦力。私の補助ができる程の人物ですわ。それに、危険というならどこでも同じ、むしろ私の近くの方が安全と言えるはずですわ」
「そ、それは……」
黒薔薇さんは、私のことを戦力になると思ってくれているようだ。それに、私の安全のために傍に置いておきたいと思ってくれているらしい。
そのどちらも、私にとっては嬉しいことだった。黒薔薇さんに認められて、大切に思ってもらえている。それが、とても嬉しいのだ。
「……わかった。どうせ、言い出したら聞かなそうだし、それでいいよ。でも、絶対に総を守ってね」
「ええ、当然ですわ」
「総も、気をつけて」
「うん」
結局、雷菜ちゃんは折れてくれた。というよりも、何を言っても無駄だと思ったということだろうか。
とにかく、私は黒薔薇さんと一緒に、ハニリッチの元に行くことになったのだ。足手まといにならないように、しっかりと気を引き締めておくことにしよう。
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