第24話 誇り高き戦士

 黒薔薇さんとカマキュラーは、お互いに構え合う。だが、動くことはない。恐らく、お互いに隙を探っているのだろう。

 今は黒薔薇さんの方が優勢である。カマキュラーは鎌を破壊され、多大な魔力を消費する奥の手を使わざるを得なくなったのだ。かなり追い詰められているといえるだろう。

 だが、それでも油断はできないはずだ。魔力で作られた光の刃は、強力なものであるらしい。それをまともに受ければ、この形勢が逆転する可能性もあるだろう。


「あら?」

「む?」

「えっ?」


 そこで、私達三人はほぼ同時に声をあげた。なぜなら、この場にもう一人新たなる人物が、カマキュラーの後ろから現れたからだ。

 その人物は、蜂を擬人化したような姿をしている。つまり、第二形態の捕食者であるということだ。

 もう一つの特徴として、その捕食者は女性的な体つきをしている。捕食者の性別についてはよく知らないが、この捕食者の性別は女性ということなのだろうか。


「きゃはは、苦戦しているみたいね、カマキュラー」

「ハニリッチ……何をしに来た」


 ハニリッチと呼ばれた捕食者は、カマキュラーに呼びかけた。どうやら、二人は知り合いであるようだ。


「あなたを助けに来てあげたのよ」

「余計なことをするな」

「そんなことを言われても、あの魔女達は私が仕留めさせてもらうわ。丁度、弱っているみたいだしね」


 ハニリッチは、嫌らしい笑みを浮かべながら、私と黒薔薇さんを見てきた。

 ここで、新しい敵の登場はまずいことかもしれない。黒薔薇さんは、かなりの魔力を消費しているし、二人の捕食者の相手をする余裕はないだろう。

 私が充分に戦えればいいのだが、それも難しい。私にできることなど、魔弾を放つことと魔力を放出させることだけだ。ほとんど戦力になることはできないだろう。


「きゃはは……」


 ハニリッチは、ゆっくりと私達の方に歩いて来た。その右腕からは、針のようなものがいつの間にか生えている。それが、ハニリッチの武器なのだろう。

 とりあえず、私は指に魔力を溜めておく。戦力にならないかもしれないが、何もしないという考えはない。少しでも黒薔薇さんが戦えるように、補助することが今の私にできる精一杯だろう。


「きゃ……はっ!?」

「え?」

「あら……」


 しかし、ハニリッチがこちらまで来ることはなかった。なぜなら、カマキュラーがハニリッチを押さえつけて、その進行を止めたからだ。


「カ、カマキュラー……一体何を?」

「余計なことをするなと言ったはずだ。これは俺の戦いだ。邪魔する奴は、誰であろうと許さない」


 困惑するハニリッチに、カマキュラーはそのように言い放った。どうやら、カマキュラーは戦いを邪魔されたくなかったから、このような行動をしたようだ。

 突然の行動に驚いた私だったが、すぐに理解はできた。カマキュラーなら、そのような思想を持って、ハニリッチを止めてもおかしくはないだろう。ここまでの戦いの中での言動を考えると、それは自然に受け入れることができるものだった。

 ただ、仲間であるはずのハニリッチはそれを理解していないようだ。カマキュラーの行動に、明らかに不快感を示している。


「カマキュラー……助けに来てあげた私に、そんな態度をとるなんて……」

「俺がいつお前に助けを求めた? 俺にとって、これは余計なことだ。わかったなら、もうそこを動かないことだな」


 カマキュラーは、ゆっくりとハニリッチの上から身を上げた。

 その瞬間、ハニリッチは動いた。その腕の針を、カマキュラーに向けたのだ。


「何?」

「許さない!」

「うぐっ!」


 ハニリッチの腕から、針が射出された。その針は、カマキュラーの腹部に当たり、そのまま突き刺さる。

 カマキュラーは、ゆっくりと膝をついた。さらに、腕にあった光の刃もゆっくりと消えていく。ハニリッチの針が、かなり効いているようだ。

 あの針は、恐らくハニリッチにとって、カマキュラーの鎌に相当する武器だろう。その威力は、相当のものであるはずだ。

 それに、ハニリッチの見た目から、あれは蜂の針と考えられる。ならば、毒などの作用もあるのではないだろうか。


「きゃはは……私に逆らった罰よ」

「ハニリッチ……」

「それじゃあ、私は邪魔な魔女を排除するとしますか」


 膝をついたカマキュラーを置いて、ハニリッチはこちらに歩いて来た。だが、私も黒薔薇さんも特に構えない。

 なぜなら、鬼神のような形相のカマキュラーが、ハニリッチに後ろから迫っているからだ。


「ふん!」

「あがっ!?」


 カマキュラーの蹴りが、ハニリッチを薙ぎ払った。無防備だったハニリッチに防ぐ術はなく、そのまま横に飛んでいく。

 カマキュラーは、それをさらに追いかけた。カマキュラーのさらなる蹴りが、ハニリッチの腹部に突き刺さる。


「ぎゃ!」

「ぐっ……」


 ハニリッチの体が吹き飛ぶと共に、カマキュラーは再び膝をついた。流石のカマキュラーも限界だったようだ。


「かはっ……」


 それと同時に、ハニリッチも倒れていた。地面にうずくまり、かなり苦しそうにしている。カマキュラーの蹴りが、かなり効いているのだろう。

 しかし、ハニリッチはゆっくりと体を起こす。苦しそうにしながらも、なんとか立ち上がれたようだ。


「カマキュラー……」


 ハニリッチは、カマキュラーに対して憎しみの視線を向ける。最早、私達のことなど眼中にないようだ。

 それに対して、カマキュラーは何も反応しない。恐らく、動けない程に疲弊しているのだろう。


「まあ、いいわ。私が手を下さなくても、あなたはもう終わり……私の毒が体に回って、すぐに死ぬわ」

「……」

「あんたなんか、助けに来るんじゃなかったわ。私も、出直さなくてはならなくなったじゃない」


 それだけ言って、ハニリッチは後退していく。羽を広げて、素早く飛び去って行ったのだ。

 それを、黒薔薇さんは追いかけようとしない。流石に、今の黒薔薇さんではあれに追いつけないからだろう。だが、黒薔薇さんのことだ。きっと、何かハニリッチを追うための足掛かりくらいは掴んでいるだろう。

 それに、私達にはまだこの場でやるべきことがあった。私も黒薔薇さんも、言葉を交わすことなく、歩き始める。一人の捕食者の最期を見届けるためだ。


「どうやら……俺ももう終わりのようだな」

「そうみたいですわね」

「カマキュラー……」


 私達が近づくと、カマキュラーはゆっくりと声を出した。その声には、先程までと違って力がない。もう限界であるということなのだろう。


「お前達との戦いの中で死ねるなら本望だったが、このような終わりとはな……それが唯一の心残りだ」

「そうですか……」


 カマキュラーは、どこか悲しそうだった。ハニリッチという邪魔者が現れて、黒薔薇さんとの戦いが中断したことが、余程嫌だったのだろう。

 カマキュラーは、ずっと強者との戦いを求めていた。その強者である黒薔薇さんとの戦いを、最後までやり遂げたかったという気持ちは想像できないものではない。


「総……といったか?」

「あ、うん」

「お前も覚悟を決めたことで、一人の闘争者になった。見事な一撃だった」

「……ありがとう」


 カマキュラーは、私の覚悟を褒めてくれた。そのことに、私は感謝の言葉を述べる。

 あの言葉がなければ、私は中途半端なままだっただろう。覚悟を決めることを教えてくれたカマキュラーには、感謝するべきだと思うのだ。


「最期に、いいことを教えておいてやる。ハニリッチは、多くの人間の魔力を奪う計画を立てている。それを止めなければ、数多の犠牲者が出ることになるぞ」

「……そうですか」


 そこで、カマキュラーはそんなことを教えてくれた。どうやら、ハニリッチは何か計画を立てているようだ。

 それは、止めなければならないものである。数多の人間が犠牲になる計画など、絶対に阻止しなければならないものだ。


「……お前達との戦い、楽しかったぞ。これからも、負ける、な、よ……」


 最後にそれだけいって、カマキュラーは目を瞑った。それと同時に、カマキュラーの体が消えていく。

 今ここで、一人の誇り高き戦士が散ったのである。

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