第23話 欺く植物

 黒薔薇さんは、その手に魔力を集中させている。何かを仕掛けようとしているようだ。

 そのことは、当然カマキュラーも理解している。黒薔薇さんの一挙一動に、警戒しているようだ。


「さて、いきましょうか」

「これは……」


 黒薔薇さんの指から、光の弾が放たれた。それは魔弾だ。私がやったのと同じように、黒薔薇さんは地面に魔弾を放ったのである。

 地面に着弾した魔弾は爆発し、辺りに砂埃が舞い散っていく。それにより、私は黒薔薇さんもカマキュラーも見失う。もしかしたら、二人もお互いを見失っているかもしれない。


「ふん!」


 まず見えてきたのは、カマキュラーの姿だった。カマキュラーは、先程の回転攻撃で、砂埃を払ったようである。

 そんなカマキュラーよりも奥に、私は黒薔薇さんの姿を発見した。どうやら、砂埃に紛れて、後ろに回っていたようだ。


「甘い!」

「くっ……」


 しかし、後ろから迫っていた黒薔薇さんに、カマキュラーは気づいていたようである。

 カマキュラーは、その鎌によって黒薔薇さんの腕を切り裂いた。黒薔薇さんは、寸前で後ろに下がったようだが、完全に防げなかったらしく、その腕を押さえている。


「逃がさん!」

「うっ……」

「黒薔薇さん!」


 後ろに下がった黒薔薇さんに、カマキュラーの鎌が襲い掛かった。黒薔薇さんの体に、さらなる切り傷が刻まれていく。

 その連撃に、黒薔薇さんはうずくまってしまった。どうやら、ダメージがかなり大きいようだ。

 そんな黒薔薇さんに対して、カマキュラーも動きを止めた。恐らく、一瞬の攻防の中で疲労したためだろう。


「……どうやら、俺の方が上手だったようだな」

「……」


 カマキュラーは、そのままゆっくりと黒薔薇さんに近づいていく。近づいて黒薔薇さんを切り裂き、勝負を決めるつもりなのだろう。

 カマキュラーが迫ってきているのに、黒薔薇さんは動かない。いや、動けないのだろう。血は流していないが、かなり切り傷が刻まれている。それにより体が動かせなくてもおかしくはない。

 このままでは、黒薔薇さんがやられてしまう。そう思った私は、自然と指先に魔力を集中させていた。黒薔薇さんを助けるために、私は魔弾を放とうとしているのだ。

 私の魔弾が、カマキュラーにどれだけ通じるかはわからない。だが、黒薔薇さんを助けるためには、これくらししか思いつかないのだ。


「……やめておけ」

「え?」

「お前には撃てない。闘争者ではないお前には、覚悟がないからだ」


 そんな私に、カマキュラーはゆっくりとそう呟いてきた。その一言に、私は固まってしまう。何故かわからないが、カマキュラーの言葉が突き刺さってくるのだ。


「お前には、命を刈り取る覚悟がない。その覚悟がない者に、引き金を引くことなどできない」

「命を刈り取る……覚悟」


 カマキュラーの言葉に、私は震えた。命を刈り取る覚悟など、私は考えたこともなかったからだ。

 しかし、確かにその通りである。誰かを撃つのだ。そのためには、相手の命を刈り取る覚悟をしなければならないだろう。

 その覚悟を、私は今決めなければならない。黒薔薇さんを助けるために、覚悟しなければならないのだ。


「ふん……」


 私が思考している間にも、カマキュラーは黒薔薇さんに迫っていた。このままでは、黒薔薇さんがやられてしまう。


「……」


 私は、ゆっくりと腕を上げていた。指先には、魔力が集中している。この魔力を放って、カマキュラーを倒すのだ。

 命を刈り取る覚悟を、私は決める。黒薔薇さんを助けるため、私はカマキュラーの命を奪う。そのつもりで、魔弾を放つのだ。

 ゆっくりと流れていく時間の中で、私ははっきりと理解した。誰かに敵意を向けて、攻撃する感触を。


「魔弾!」

「ぬうっ!?」


 私の魔弾は、真っ直ぐにカマキュラーに向かっていき、その背中に着弾した。

 完全に油断していたのか、カマキュラーは私の攻撃を躱すことはなかった。だが、カマキュラーは足を止めない。いくら痛みがあろうとも、黒薔薇さんを倒すことを諦める気はないようだ。

 私は、さらに魔力を集中させる。しかし、その前にカマキュラーの鎌が黒薔薇さんに向かっていく。


「ふん!」

「くっ!」


 その鎌は、素早く黒薔薇さんを貫いた。鎌が腹部を貫通しており、明らかに致命傷だ。

 その様子に、私は深い悲しみを覚えた。しかし、その直後、その悲しみは疑問に変わることになった。

 なぜなら、貫かれて黒薔薇さんからは血が出ておらず、代わりに茨が出てきているからだ。


「これは!?」


 その茨は、カマキュラーの両手の鎌に絡みついた。先程までとは異なり、鎌に集中して絡みついている。

 そのまま、茨は鎌を締め付けた。その締め付けに耐え切れず、カマキュラーの鎌は粉々に砕け散る。


「な、何……?」


 あまりに一瞬の出来事に、カマキュラーは目を丸くしていた。何が起こったのか、理解できていないようだ。

 それは、私も同じだった。黒薔薇さんが一体どうなったのか、まったくわからない。何が起こっているのだろうか。


「上手くいったようですわね……」

「え? 黒薔薇さん?」


 そう思っていた私の後ろから、黒薔薇さんの声が聞こえてきた。

 私が後ろを向いてみると、確かに黒薔薇さんがいる。だが、カマキュラーの前にも黒薔薇さんはいる。つまり、黒薔薇さんが二人存在しているのだ。


「ぶ、分身か……」

「ええ、その通りですわ」

「ぶ、分身?」


 黒薔薇さんが二人いるのに気づいたカマキュラーは、ゆっくりと呟いた。どうやら、貫かれた黒薔薇さんは、分身であったようだ。


「砂埃に紛れて植物で分身を作り、俺にわざと攻撃させたという訳か……」

「ええ、ご名答ですわ」

「だが、これ程の魔力を分身に込めるとは……」

「そうしなければ、あなたに見抜かれてしまいますもの。私も、かなり気を遣いましたわ……」


 黒薔薇さんは、魔弾によって起こった砂埃の際に、分身を作り出していたらしい。しかも、かなりの魔力を込めた分身であったようだ。

 その分身を、カマキュラーにわざと攻撃させることで隙を作り、鎌を破壊するのが、黒薔薇さんの目的だったようである。

 カマキュラーは目論見通り、分身を貫いた。黒薔薇さんの罠に、まんまと引っかかっていたようである。


「総、あなたには心配をかけさせてしまったようですわね」

「あ、うん……」

「申し訳ありませんでしたわ」


 そこで、黒薔薇さんは私の体を引き寄せてきた。その温もりに、私は安心する。

 一瞬ではあったが、黒薔薇さんが死んでしまったと思っていた。その事実がなかったことに、私は歓喜の涙を流していた。

 そんな私を、黒薔薇さんはしっかりと抱きしめてくれる。戦いの最中であるというのに、私を気遣い、ここまでしてくれているのだ。


「あなたの勇気ある行動に、私は敬意を表しますわ。よく、カマキュラーに立ち向かいましたわね」

「でも、私、カマキュラーを止めることすらできなかったよ……」

「それでも、あなたの行動は褒められるべきものですわ」


 黒薔薇さんは、私の行動を褒めてくれた。結局、カマキュラーを止めることはできなかったが、それでも褒めてくれたのだ。


「見事だ……この俺を欺き、罠に嵌めて武器を奪う。お前の作戦は、完全に俺を上回っていた」

「お褒め頂き、光栄ですわ」

「だが、これで終わりだとは思わないことだ」

「あら……」


 そこで、カマキュラーの腕から光の刃が出現した。恐らく、魔力によって新たなる武器を作り出したのだろう。

 あれだけの作戦で鎌を破壊したのに、まだ武器があるようだ。これは、少し厳しいかもしれない。


「魔力の刃ですか……」

「こいつは今までの刃よりも強力だ。ただし、多大な魔力を消費する。追い詰められた時に出す、奥の手という訳だ」

「なるほど……」


 どうやら、カマキュラーの光の刃は奥の手であるようだ。厳しいと思ったが、追い詰められていない訳ではないようだ。

 ただ、今までの刃よりも強力な武器という点は、気になる点である。魔力を多大に消費するといっても、強力な武器であるならば、先程よりも厄介なのかもしれない。

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