第22話 茨と鎌の交差

「さて、私はカマキュラーに攻撃を仕掛けてきますわ」

「うん」


 黒薔薇さんは、ゆっくりと私から離れて行く。当然のことではあるが、カマキュラーに攻撃を仕掛けに行くのだ。

 カマキュラーは、そんな黒薔薇さんを補足できていない。辺りを見回して、未だ困惑しているようだ。


「……何かしたようだな」


 そこで、カマキュラーは、ゆっくりと呟いた。どうやら、カマキュラーも何かが起こっていることに、勘づいているようだ。

 それは、当然のことである。先程から、カマキュラーは何度も虚空を切り裂いていた。それだけ刃を外せば、何か異変があることはわかるはずだ。


「恐らく、まやかしのようなものだろう。俺が、お前の位置を錯覚するように、何かをしたのだ」

「……気づきましたのね」


 カマキュラーの言葉に、黒薔薇さんはゆっくりと答えた。見抜かれているため、黙る必要もないと思ったのだろう。

 その言葉に対して、カマキュラーは特に動かない。黒薔薇さんの場所が、まだわからないのだろうか。


「だが、このまやかしの中、お前は攻撃を仕掛けてこない。それは、俺が痛みで目覚めることを恐れているのだな? そのために、一瞬で決着をつけられるタイミングを探っているのだ」

「そうだとしたら、あなたはどうしますの?」

「こうするのだ……」


 そこで、カマキュラーは自身の体をその鎌で切り裂いた。突然の行動だが、その動機は理解できる。痛みで、自身を覚醒させようとしているのだ。


「この俺を嵌めたことは、見事だった。だが、攻撃することを躊躇ったのは、悪手だったな……」

「あら? 自身で体を傷つけているあなたを見ていると、何も問題ないように思えますけど、違うのでしょうか?」

「この程度の傷で、俺は倒れたりしない。かすり傷にすぎないからな……」

 カマキュラーは、ゆっくりと鎌を構えた。その瞳は、黒薔薇さんの方を向いている。どうやら、幻覚は既になくなっているようだ。


 口では強がっているが、カマキュラーの傷はそれなりのものである。あれで、かすり傷ということはできないだろう。

 よって、今は黒薔薇さんの方がやや有利に思える。少なくとも、カマキュラーの戦力が下がっていることは確かだ。


「そして、お前の厄介な術にはもうかからない」

「あら……」


 そこで、カマキュラーは、羽を羽ばたかせた。それにより、辺りに風が巻き起こる。

 カマキュラーの突然の行動は、驚くべきものだった。だが、その意図は黒薔薇さんが先程行った幻覚を防ぐものであるらしい。


「お前の先程の攻撃は、薔薇の花粉を利用したものだろう。今も、密かに花粉を撒いていたな?」

「ばれてしましたのね」

「同じ手に引っかかる程、俺は甘くはない。覚悟してもらうぞ」


 どうやら、黒薔薇さんの幻覚攻撃は、花粉によるものだったようである。それを防ぐために、カマキュラーは羽ばたいたようだ。

 羽ばたけば、当然花粉は飛び散る。それによって、攻撃を防いだのだろう。


「それなら、一ついいことを教えて差し上げましょう」

「む?」


 そんなカマキュラーに対して、黒薔薇さんは茨を伸ばした。先程まで、切り裂かれていた茨だ。当然、カマキュラーは同じ手を取るだろう。


「ふっ……何!?」


 私の予想通り、カマキュラーは茨を切り裂こうとした。だが、その茨は先程までとは違い、切り裂かれることはない。

 茨を受け止めたまま、カマキュラーの体は後ろに下がっていく。


「先程までの茨は、あなたを油断させて、幻覚に嵌めるためのものでしたわ。本気なら、あそこまで簡単に切り裂かれませんわよ」

「なるほど……」


 黒薔薇さんの茨は、カマキュラーの鎌にどんどん巻き付いていく。そのまま、さらに茨は伸びていき、カマキュラーの全身が茨に包まれる。


「さて、それではあなたの魔力を頂くとしましょうか」

「うぐっ……」


 茨の棘が、カマキュラーの体に刺さっていく。この状態は、スパイダスの時にも見たことがある。

 吸収する薔薇、それは茨を突き刺した相手から魔力を奪い取る凶悪な魔法だ。


「これで、終わりですわね」

「……それは、どうかな」

「あら……」


 完全に決まったと思われた黒薔薇さんの攻撃だったが、カマキュラーはいつの間にか茨の中か抜け出していた。

 ただ、少しおかしなことが起こっていた。茨の中にも、カマキュラーがいるのだ。

 しかし、そのカマキュラーは、少し薄い。なんというか、表面の皮だけしかないように見える。


「脱皮……ということでしょうか?」

「その通り……茨に捕まった後、すぐに脱皮し抜け出させてもらった」

「なるほど……中々、やるようですわね」


 どうやら、捕まっているカマキュラーは皮にすぎないようだ。茨に捕まった際、カマキュラーは密かに脱皮し逃れていたらしい。


「お前も、思った以上の強者であるようだな……この俺が切り裂けない程の茨を作り出すとは……」

「ええ、私は強いですもの」

「そして、俺も油断していた。最初の攻撃を受けた時点で、お前の実力を見誤っていた。俺も、まだまだということだな」


 カマキュラーは自嘲気味な笑みを浮かべた。自身が油断したことに対して、そのような笑みを浮かべているようだ。

 ここからのカマキュラーに、恐らく油断はないだろう。それは、黒薔薇さんにとっては不利に働くことになるかもしれない。


「どうせお前のことだ。俺の周りには既に種をばら撒いているのだろう?」

「あら、勘がいいですわね」

「お前の茨は厄介だ。できれば、捕まりたくはない」


 カマキュラーは、自身の周りに種がばら撒かれていることを察していた。それは、当然のことだろう。先程された攻撃を、予測できない訳はない。

 それをわかっていながら、カマキュラーは動かなかった。自身の両手を構え、茨に備えているようだ。


「いきますわ」

「来い!」


 黒薔薇さんの宣言と同時に、カマキュラーの周りから茨が生えてきた。

 それに対して、カマキュラーは自身の体を回転させる。その瞬間、カマキュラーの周りには竜巻のようなものが起こっていく。


「これは……」


 黒薔薇さんの茨は、回転するカマキュラーにどんどんと切り裂かれていった。竜巻は、茨を寄せ付けないほどの切れ味を持っているようだ。

 茨が全て切り裂かれた後、カマキュラーはゆっくりとその回転を止めた。その顔には、少しだけ疲労の色が見える。流石に、黒薔薇さんの連撃を防ぎきるには、それなりの体力を使ったようだ。


「やはり、お前の植物の強度は中々だな……切り裂くのに、かなり骨が折れたぞ」

「お褒めいただき、光栄ですわ」


 カマキュラーは、笑いながら黒薔薇さんを称賛した。その顔は、とても嬉しそうである。

 確か、カマキュラーは強者との戦いを求めていた。そんな彼にとって、強い黒薔薇さんとの戦いが、楽しくて仕方ないのだろう。


「恐らく、お前は俺が戦った魔女の誰よりも強いだろう。スパイダスがやられたのも当然だ。お前に奴が勝てる道理はない」

「それも、褒め言葉として受け取っておきますわ」

「そのような強者と対峙できて、俺は幸運だ。この町に来た甲斐があった」


 カマキュラーは、さらに黒薔薇さんを褒めた讃えた。それ程までに、黒薔薇さんが強いと思っているのだろう。

 他の魔女を知らないので、私は黒薔薇さんの強さがどのくらいのものかはわからない。だが、元々強い魔女なのだろうとは思っていた。どうやら、その考えは間違っていないようだ。


「その幸運は、これから後悔に変わりますわ。あなたは、この地で終わるのですから……」

「そうはならん。俺がお前を倒し、喰らうからだ」


 そんなカマキュラーに、黒薔薇さんは冷静な態度を崩さなかった。いくら褒められても、態度を変えるようなことはしないようだ。

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