第21話 凶悪な刃

 私の体に触れている黒薔薇さんの手から、その思いが伝わってくる。黒薔薇さんは、私のために怒ってくれているのだ。


「どうして……ここに?」

「あなたの強い魔力を感じたからですわ」

「そうだったんだ……」


 どうやら、黒薔薇さんは私の魔力を感じて、ここに駆けつけてくれたらしい。

 私の魔力を用いた攻撃や防御は、そのような作用ももたらしていたようだ。


「私の大切な友人を、よくも苦しめてくれましたわね」

「探す手間が省けたか……お前が、スパイダスを屠った魔女か?」

「あら? お知り合いですの?」


 カマキュラーは、黒薔薇さんの怒りも気にせず、スパイダスのことを質問してきた。

 その質問に、黒薔薇さんは少し不思議そうな顔をする。事情をまったく知らない黒薔薇さんからすれば、カマキュラーの言葉はよくわからないものだろう。


「黒薔薇さん、あの捕食者はカマキュラーという名前で、スパイダスを倒した魔女を探していたんだ。なんでも、強い相手との戦いを求めているみたいで……」

「なるほど、そういうことでしたか……」


 私は、黒薔薇さんにカマキュラーのことを話した。すると、黒薔薇さんは納得したように頷いてくれた。どうやら、私の短い説明で理解してもらえたようだ。


「それで、あなたは総を傷つけていた訳ですのね?」

「あっ……」


 黒薔薇さんは、私がどうしてカマキュラーに傷つけられていたかまで、察してくれていた。

 確かに、カマキュラーは、黒薔薇さんのことを聞くために、私を攻撃していた。少々細かい点は異なるが、それは事実である。


「ふん。そいつがお前のことを素直に吐いていれば、攻撃する必要もなかったのだがな……」

「あら? 総は私のことを話そうとしませんでしたの?」

「あ、えっと……うん」


 カマキュラーの言葉を受けて、黒薔薇さんは質問をしてきた。その質問に、私は少し迷ってから頷く。

 私の選択は、かなり危険なものだった。そのことを、黒薔薇さんに怒られないだろうか。

 そのことが心配で、私は少し躊躇ってしまったのだ。ただ、黒薔薇さんは怒るどころか、嬉しそうな顔をしている。どうやら、私の心配は杞憂だったようだ。


「総、あなたは本当に素晴らしい人間ですわね」

「黒薔薇さん……」

「危険な行為でしたが、今はあなたに賞賛の言葉をお送りしますわ。そして、そんなあなたを必ず守ると約束しましょう」


 黒薔薇さんは、私に賞賛の言葉をかけた後、ゆっくりとその体を離してきた。

 そして、そのまま黒薔薇さんは私の前方に立つ。その視線は、既に敵であるカマキュラーに集中している。


「話は終わったか……」

「あら? 待っていてくれましたの?」

「俺の望みは、全力の戦いだ。全力の魔女を倒し、喰らうことに意味がある」

「なるほど、よくわからないポリシーですわね」


 黒薔薇さんとカマキュラーは、同時に構えた。言い知れぬ緊張が、その場を包み込んでいる。

 先程からわかっていたことだが、カマキュラーは強い。同じ第二形態の捕食者だが、恐らくスパイダスなどとは比べ物にならないはずである。

 そのことは、黒薔薇さんが行動を開始しないことからもわかった。実力者があるなら、黒薔薇さんは一瞬で決着をつけているはずである。


茨の鞭ソーン・ウィップ!」

「むっ!」


 長い沈黙の後、黒薔薇さんが動き出した。地面から、茨が伸びてきたのだ。

 その茨は、カマキュラーに向かってまっすぐ進んでいく。しかし、カマキュラーは動くこともなく、その鎌を構えているだけだ。


「ふん!」

「やはり……」


 カマキュラーは、その手の鎌を一気に振るった。それにより、黒薔薇さんの茨は一瞬でバラバラになってしまう。

 あの鎌は、かなりの切れ味のようだ。黒薔薇さんの茨は、魔力によって普通の植物よりも強度は高い。それでも切り裂ける程、カマキュラーも魔力があるということなのだろう。


「ですが、まだまだいきますわよ」

「む……」


 しかし、黒薔薇さんもその攻撃では終わらなかった。カマキュラーの周りから、突如植物を生やしたのだ。

 恐らく、黒薔薇さんは茨に種を仕込んでいたのだろう。茨に種を仕込み、それを落とした所から茨を生み出す。それは、スパイダスとの戦いの時もとっていた手である。


「ふん!」

「あら……」


 だが、その茨もカマキュラーの鎌によって破壊されてしまった。四方八方から来る茨だったのだが、それでも切り裂けたのだ。カマキュラー技量がかなり高いことが、そこから伺える。


「その程度か!」


 カマキュラーは、茨を切り裂いた後、一気に駆け出した。黒薔薇さんを、直接攻撃しようとしているようだ。


茨の壁ソーン・ウォール


 そんなカマキュラーに対して、黒薔薇さんは茨を展開していく。

 茨によって作られた壁は、カマキュラーの進路を遮っている。これで、普通なら黒薔薇さんにその刃が届くことはない。

 ただ、当然のことながら、カマキュラーにはその鎌がある。茨の壁があっても、それが切り裂かれてしまったら、意味はないだろう。


「このような壁で、俺の攻撃が防げると思うか!」

「さあ、どうでしょうか?」

「ふん!」


 カマキュラーは、黒薔薇さんが作った壁を切り裂いていく。やはり、カマキュラーの侵攻を防ぐことは難しかったようだ。

 壁を切り裂いた黒薔薇さんは、その腕を大きく振りかぶる。狙いは、当然黒薔薇さんだろう。


「はあっ!」

「……」


 カマキュラーは、その鎌を大きく振るった。その行動に、私は思わず目を丸くしていた。

 なぜなら、カマキュラーは、黒薔薇さんがいる場所とはまったく違う場所で、鎌を振るったからだ。

 黒薔薇さんは、特に動いていない。そのため、狙いを外すということは、あり得ないことである。それなのに、カマキュラーは攻撃を外した。つまり、黒薔薇さんが何かしたということなのだろう。


「な、何……?」


 自身の行動に、カマキュラーも驚いていた。黒薔薇さんを切り裂くつもりで攻撃したはずなので、その驚きも当然だろう。


「どこに……」


 カマキュラーは、さらに周囲を見渡していた。どうやら、黒薔薇さんのことを見失っているらしい。

 しかし、黒薔薇さんは先程から一歩も動いていない。普通なら、そんな黒薔薇さんを、見失う訳がないはずである。


「さて……」

「あっ……」


 黒薔薇さんは、ゆっくりと私の傍までやって来た。かなり、慎重に私の元にやって来たのだ。


「総、落ち着いて聞いてください。今、カマキュラーは、私の薔薇によって、幻覚を見ていますわ」


 黒薔薇さんは、私に小声でそのようなことを言ってきた。どうやら、カマキュラーは幻覚を見ているらしい。

 その言葉で、黒薔薇さんの行動の理由がわかってきた。黒薔薇さんは、カマキュラーに悟られないために、慎重だったのだ。

 とりあえず、私も小声で話した方がいいだろう。黒薔薇さんがそうしているのだから、そうするべきであるはずだ。


「幻覚って?」

「今のカマキュラーは、私の位置を把握できていませんわ。幻覚によって、別の場所に私がいると誤認していますの。だから、あのように虚空を切り裂いたのですわ」

「なるほど……」

「ただ、もしかしたら、気配など察知される可能性はありますわ。気をつけてくださいな」

「うん……」


 黒薔薇さんは、私がカマキュラーに狙いを定めてくることを危惧して、状況を伝えに来てくれたようである。戦いの最中だが、私のことを気にかけてくれるとは、黒薔薇さんは本当に優しい人だ。

 とにかく、私は声を出したり動いたりしては駄目なようである。カマキュラーが、たまたまこちらに来ない限りは、何もしない方がいいだろう。

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