第20話 帰り道での襲撃

 私は、学校から家へと帰っていった。

 雷菜ちゃんは、いつも用事があると言って学校に残るため、帰り道は一人だ。

 せっかくだから黒薔薇さんを誘おうかとも思ったが、黒薔薇さんは車で送り迎えしてもらっているので、それはやめることにした。色々と気を遣われる可能性があるからだ。


「あれ?」


 少し日が暮れている帰り道は、いつもと変わらない道である。それなのに、私は何か違和感のようなものを覚えていた。

 その違和感の正体に、今の私はすぐに気づけた。帰り道に人の気配がないのだ。この時間に、ここまで人の気配がなくなることがあるのだろうか。

 この現象を、私は知っている。人を寄り付かせなくする魔法、人払いによって起こる現象だ。


「……」


 私は、周囲を見渡して警戒する。この現象が起こったからには、捕食者がどこかから私を狙っていると思ったからだ。

 もしかしたら、魔女が使っている可能性はあるが、このような場所でそんなことをするとは思えない。


「落ち着こう……とにかく、冷静に……」


 私は、ゆっくりと自分にそう言い聞かせた。

 こういう時に、焦ってはいけない。あくまで、冷静に周囲の状況を確認するべきだろう。

 そう思った私は、逃げ出してしまいたい自分を必死に抑える。感情に任せて逃げ出すより、その方がいいはずだ。


「逃げなかったか……賢明な判断だ」

「え?」


 そんな私の正面から、人型の怪物が現れた。

 怪物の見た目は、以前山で会ったスパイダスと似ている。彼を蜘蛛の擬人化とするなら、目の前の怪物は蟷螂を擬人化したような姿だ。


「あ、あなたは……」

「我が名は、カマキュラー……お前ともう一人の魔女が屠ったスパイダスの同胞とでも言えばよかろうか」


 目の前の捕食者は、カマキュラーと名乗ってきた。どうやら、スパイダスの同胞であるらしい。


「スパイダスを殺した魔女を探していたが、どうやらお前は純粋な闘争者という訳ではなさそうだな?」

「え?」

「お前には、覇気がない。闘争者ならば、この俺に殺気の一つでも向けてくるはずだからな……」


 カマキュラーは、私のことをそのように表してきた。その表現は、間違っているものではないだろう。

 私に、覇気といったものなどないはずだ。戦いなどできると思ったことはないので、当然そんなものはないだろう。

 ただ、それが敵にばれているというのはまずいことかもしれない。戦える相手だと思ってくれていた方が、警戒して逃げる隙ができた可能性がある。


「安心しろ。俺は、お前を喰らう気などない。闘争者でないお前を喰らうことは、俺の流儀に反する」

「流儀?」

「俺は、戦って勝利した相手しか喰らわん。お前が闘争者に値しない以上、俺はお前を喰らわないだろう」


 そんな私に、カマキュラーはそのようなことを言ってきた。

 どうやら、カマキュラーは戦って勝利した相手しか喰らわないようだ。闘争者ではない私は、喰らうに値しないということなのだろう。


「だが、お前には聞きたいことがある。それを聞くまでは、お前を逃がすつもりはない」

「聞きたいこと?」


 しかし、カマキュラーは私をただで返す気はないらしい。何か、聞きたいことがあるようだ。


「お前に聞きたいのは、スパイダスを殺した魔女のことだ」

「それは……」

「俺は、そいつと戦う必要がある。奴を倒した魔女ならば、それなりの戦いができるはずだからな」


 カマキュラーが聞きたいのは、スパイダスを倒した魔女のことだった。彼は、その魔女と戦いと思っているらしい。

 つまり、彼は黒薔薇さんのことを知りたがっているのだ。黒薔薇さんのことを知り、戦いたがっているのである。


「……それを教えたら、あなたは引き下がってくれるの?」

「ああ、お前には危害を加えないと約束してやろう」

「そっか……」


 私が黒薔薇さんのことを教えれば、カマキュラーは危害を加えてこないらしい。

 それなら、その方がいいはずである。例え、黒薔薇さんの元にカマキュラーが向かっても、黒薔薇さんならなんとかしてくれるはずだ。

 戦えない私にできるのは、黒薔薇さんのことをカマキュラーに教えて、その事実を黒薔薇さんに報告することだ。そうすれば、黒薔薇さんも準備ができるため、それ程問題はないはずである。


「迷う必要はないだろう。魔女のことを教えるだけで、お前は助かるのだ」

「そうだね……」


 教えなかったら、私は殺されるだけだろう。恐らく、目の前の捕食者はスパイダスより強いはずだ。そんな相手に、私が勝てる訳がない。

 だから、私は情報を渡すべきなのだ。きっと、黒薔薇さんもそうすることを許してくれるだろう。

 そのことは、理解できていた。頭では、それが正しいとわかっているのだ。


「でも……」

「む……」


 しかし、私の心はそれを許容しなかった。一番丸く収まりそうな方法があるのに、私はその選択を捨てようと思ったのだ。

 私は、友達を売ってまで、自分が助かろうなどとは思わない。例え、一番いい選択だとしても、黒薔薇さんを裏切るその選択を選ぶことを許してはならないのだ。

 私は、自分の指先に魔力を集中させる。先程、相手が警戒していないことは悪いことだと思っていた。

 だが、今はそれをむしろいいことだと思う。油断しているからこそ、私の一撃をカマキュラーは予測できていないのだ。


「魔弾!」

「うぐっ!」


 私は、地面に向かって魔弾を放った。その魔弾によって、地面は破壊されて、辺りに砂埃が舞い散る。

 それにより、カマキュラーの視界は塞がれているはずだ。私が急に魔弾を放った驚きもあるだろう。

 その隙に、私は一気に駆け出した。元々、カマキュラーに勝てるとは思っていない。情けないことだが、ここは逃げる方がいいだろう。


「逃がすと思うか……」

「え?」


 しかし、そんな私の目の前にカマキュラーは現れていた。いつの間にか、回り込んできていたのだ。


「自衛の手段は持っていたようだな……だが、それを俺に向けて放つことができないのが、お前が闘争者でないということなのだ」

「それは……」

「だが、攻撃の意思があるというなら、俺も容赦するつもりはない。腹の足しにもならんが、お前を屠って喰らうとしよう」


 カマキュラーは、そう言いながら、自身の腕を振るってきた。その腕は、刃のようなもので構成されている腕だ。まともに受ければ、私の体など簡単に斬り裂かれてしまうだろう。

 ただ、逃げることは間に合わない。今から逃げても、結果は変わらないはずである。


「うっ!」

「何っ!?」


 そのため、私は自身の体から魔力を放出させた。その魔力は、カマキュラーの鎌による攻撃から、私の体を守ってくれる。

 私は、スパイダスの糸を溶かした時と同じように、魔力を放出させた。その力は、カマキュラーの鎌を防げる程のものだったようだ。


「なるほど……闘争者ではないが、中々の魔力を持っているようだな」

「魔力の量だけは、自慢だからね……」


 カマキュラーは、鎌に力を入れて、私を切り裂こうとする。だが、その刃はまったく通らない。

 ただ、この防御がいつまで続くかわからない。反撃の方法がない以上、いつか魔力は尽きてしまうだろう。

 それに、カマキュラーはまだ余裕そうである。恐らく、本気を出していないのだろ

う。その本気を出した時、私が対応できるかは不安である。


「ならば、この俺も少し本気を出させてもらおうか」

「うっ……」


 私が予想していた通り、カマキュラーは本気ではなかった。その身に纏う魔力が、一気に大きくなったのだ。

 このままでは、私は切り裂かれてしまう。なんとかして、離れなければならない。

 だが、動きながら魔力を放出できるかわからない。それなりの集中力が必要なので、それは不安である。

 それに、逃げた私をカマキュラーは追ってくるだろう。その時、どうするかは考えなければならない。

 しかし、逃げなくても切り裂かれるのだ。逃げた後のことは、その時に考えればいい。今はただ、逃げるべきだろう。


「む?」

「え?」


 そんなことを思っていた私だったが、カマキュラーは突然、私の前から大きく後退した。

 訳がわからない行動だと思った私だったが、すぐに理解した。私の後ろから、茨が伸びていることに気づいたからだ。


「……私、これ程までに怒りを感じるのは、初めてかもしれませんわ」

「ほう……」


 私の後方から、一人の女性が歩いてきた。長い黒い髪、高い背丈、私の憧れの人は、安堵して力が抜けた私の体をしっかりと支えてくれる。


「黒薔薇さん……」

「総、安心してくださいな。あの捕食者は、私が倒しますわ」


 黒薔薇さんは、私に向かってそう言ってくれた。その表情は、とても険しい。それ程までに、黒薔薇さんは怒っているようだ。

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