第19話 三人での昼食

 私は、今日も学校に来ている。

 昨日、私は黒薔薇さんと過ごした。特にどこかに出かけることもなかったが、とても和やかで楽しい時間を過ごすことができた。今日の学校が、億劫に感じるくらいである。


「総、お弁当食べようよ」

「あ、うん」


 昼休みになって、友達の雷菜ちゃんがそう話しかけてきた。いつも通り、お弁当を食べようと言ってきてくれたのだ。


「あ、雷菜ちゃん、少し待ってもらってもいいかな?」

「うん? どうかしたの?」

「ちょっと、黒薔薇さんに声をかけてみようかと思って……」


 しかし、私はそんな雷菜ちゃんをいつかと同じように引き止めた。黒薔薇さんにいつかと同じように、声をかけようと思ったからである。

 私の言葉に、雷菜ちゃんは表情を歪めた。雷菜ちゃんと黒薔薇さんは、少し複雑な関係である。だから、渋い顔をしているのだろう。

 それに、雷菜ちゃんは、黒薔薇さんが一人でいることが好きであることを知っている。そのこともあって、誘わない方がいいと思っているのだろう。

 というか、以前、私は断られているので、誘わない方がいいと思うのは、当然の考えである。誘おうとしている私の方が、おかしいのだ。


「やめておいた方がいいと思うよ?」

「大丈夫、今日は勝算があるから」

「勝算?」

「うん。きっと、悪いようにはならないと思う」


 だが、今日の私には勝算があった。昨日や一昨日、私は黒薔薇さんと友情を深めている。そんな今なら、きっと黒薔薇さんも一緒にお昼を食べてくれるはずだ。

 もちろん、断られることも想定している。それなら、それで別に構わない。どちらでもいいから、とりあえず誘いたいのだ。


「まあ、総がそうしたいなら、別に止めないけど、多分断られるだけだと思うよ」

「うん。行ってみる」


 雷菜ちゃんの言葉の後、私は黒薔薇さんの方に向かう。

 黒薔薇さんは、私の存在に気づき、笑顔を向けてくれる。とても、美しい笑顔だ。その笑顔を向けられただけで、痺れてしまいそうである。


「総? どうかしましたの?」

「よかったら、一緒にお昼を食べない?」

「一緒にお昼ですか? そうですね……それなら、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「うん。もちろん、歓迎するよ」


 黒薔薇さんは、私の誘いを快く受け入れてくれた。昨日や一昨日のことで、黒薔薇さんも少し考え方が変わったようである。

 そのことは、私にとって嬉しいことだった。黒薔薇さんと仲良くなれて、本当によかったと思う。


「それじゃあ、向こうに行こうか」

「ええ、行きましょうか」


 私は、黒薔薇さんとともに雷菜ちゃんの元に帰っていく。

 すると、目を見開いて驚いている雷菜ちゃんが見えてくる。当然のことだが、黒薔薇さんが誘えるとは思っていなかったのだろう。


「ええ……なんで、誘えているの?」

「あら? 私がこちらに来ることが、何か不思議なことですの?」

「いや、まさかあの黒薔薇さんがこっちに来るなんて、意外過ぎて……」


 雷菜ちゃんは、かなり困惑していた。それ程、黒薔薇さんがこちらに来たことが意外だったのだろう。

 そういえば、黒薔薇さんと雷菜ちゃんの関係は未だ謎である。なんとなく、察している部分もあるが、その真偽は不明だ。

 ただ、私は敢えて聞く必要もないと思っている。それを聞くと、私と雷菜ちゃんの関係が崩れてしまう気がするからだ。

 しかし、その関係を聞かないとしても、黒薔薇さんと雷菜ちゃんの相性は考えるべきだったかもしれない。二人の仲が悪いとかだったら、一緒にお昼にするのは少し難しい可能性もある。


「えっと、雷菜ちゃん。黒薔薇さんも、一緒にお昼ということでいい?」

「まあ、別にいいけど……」


 私の言葉に、雷菜ちゃんは微妙な顔をした。それは、不服ということなのだろうか。少なくとも、歓迎するという風ではない気がする。

 やはり、雷菜ちゃんの黒薔薇さんに対する感情は、微妙なものであるようだ。そこまで嫌っているという訳ではないとは思うが、あまり積極的に関わりたいと思ってはいないようである。


「あら? あなたが嫌なら、私は別に一緒でなくても構いませんわよ?」

「いや、別にあなたを弾こうとは思わないけど……」

「それなら、何も問題ありませんわね」


 微妙な反応な雷菜ちゃんを気にせず、黒薔薇さんは席についた。もうお弁当を食べようということだろう。

 確かに、いつまでも不毛な議論をしている場合ではない。そんなことをしていると、昼休みが終わってしまうからである。

 雷菜ちゃんには少し悪いが、もうお弁当を食べることは決まりとしよう。本人が別にいいと言っているのだ。もういいということにする。


「……総? 黒薔薇さんと何があったの?」

「え?」

「いや、黒薔薇さんに何があったと聞いた方がいいのかな?」


 そこで、雷菜ちゃんは小声で私に話しかけてきた。

 雷菜ちゃんにとって、黒薔薇さんの変化はかなり意外なものだったらしい。私に、小声で聞いてくるくらいなので、恐らくそのはずだ。

 しかし、その質問は困ったものだった。なぜなら、黒薔薇さんの変化を説明するには、色々とややこしい事情を説明しなければならないからだ。

 その事情は、雷菜ちゃんには話せる事情なのかもしれない。だが、先程の通り、それは個人の感情として話したくないものなのだ。


「と、友達になったからかな?」

「友達?」


 とりあえず、私は雷菜ちゃんに説明できる部分を説明することにした。私と黒薔薇さんの関係の変化を複雑な事情抜きに伝えるには、友達になったからというのが、最適であるはずだ。

 というか、私と黒薔薇さんの変化は、今言ったことでしかない。そこに至るまでは色々あったが、結果はそれであるはずだ。


「あの黒薔薇さんが……友達? なんか、それは信じられないけど……」

「あら? 私と総は、友達ですわよ?」

「え? 黒薔薇さん? 本当にそう思っているの? 意外だ……」


 雷菜ちゃんの言葉に、黒薔薇さんが反応した。その言葉に、雷菜ちゃんはまたも驚いたような顔をする。

 雷菜ちゃんにとって、黒薔薇さんが友達を作ったという事実は、そこまで驚くようなことだったようだ。

 確かに、黒薔薇さんは今まで友達を作っていなかった。その事情を知っていれば、その驚きはおかしくないものだろう。

 ただ、その事情を知っているということは、雷菜ちゃんが黒薔薇さんのことを良く知っているということだ。薄々気づいてはいたが、雷菜ちゃんは昔から黒薔薇さんと知り合いなのだ。


「確かに、意外なのかもしれませんわね。ただ、それだけ総が素晴らしい人間であるということですわ。それは、あなたも理解していることでしょう?」

「まあ、それは否定しないよ。でも、それを差し引いても、黒薔薇さんが友達を作ったという事実が驚きで……」


 何故かわからないが、話の流れで私は褒められた。それは、嬉しいことではある。ただ、少し恥ずかしいことだ。


「私の性格と総の性格、それを天秤にかけた時、どちらに傾くかを考えてみればいいのですわ」

「天秤か……確かに、そう考えると総の性格に傾きそうな気がするね」

「そうでしょう?」


 二人は、さらによくわからない私を褒める会話を続けた。なんだか、とても恥ずかしい。

 というか、黒薔薇さんと雷菜ちゃんは普通に仲が良い気がする。端から見れば、二人は友達であるとしか思えないのだろう。

 そのことに、私は少し安心した。空気が悪くならなくて、本当によかったと思う。


「総は、本当に素晴らしい人間ですわ」

「あの、あまり褒めないで……なんだか、恥ずかしいよ」

「賞賛を恥ずかしがる必要はありませんわ。むしろ、誇ればいいのですわよ」

「そんなことをできるのは、黒薔薇さんだけだよ。総は、そういう性格じゃないんだから。黒薔薇さんも、それはわかっているでしょ?」


 私達は、尚もそのような会話を続けた。なんだか、楽しい雰囲気だ。

 そんな風な雰囲気で会話をしながら、私達はお弁当を食べるのだった。

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