第17話 同じベッドで
私と黒薔薇さんは、部屋に戻って来ていた。お風呂も入ったし、後は寝るだけである。
「あの、黒薔薇さん……」
「あら? どうかしましたの?」
「ベッドが一つしかないよ?」
そこで私は、あることに気づいた。私も黒薔薇さんも、同じ部屋に帰って来たが、ベッドは一つしかない。これでは、二人で寝ることができないのではないだろうか。
「別に問題ありませんわ」
「え? そうなの?」
そんな私の心配に、黒薔薇さんは笑顔だった。どうやら、特に問題はないようだ。
もしかして、黒薔薇さんは別の部屋で寝るということなのだろうか。それなら、別にベッドが一つでも問題はない。
「あのベッドは、中々に大きいですわ。だから、二人くらいなら、余裕で入れますわ」
「二人? も、もしかして……」
「ええ、一緒のベッドで寝ますわよ」
黒薔薇さんの言葉に、私は驚いた。同じベッドで寝る。それは、かなり衝撃的なことだ。
確かに、あのベッドはとても広い。二人どころか、三人や四人でも寝られるだろう。
だが、だからといって、二人で寝るのはどうなのだろうか。それは、色々とまずいことのような気がする。
「だ、大丈夫なの? 一緒のベッドなんて……」
「私がすぐ傍にいないと、あなたに何かあった時が大変ですわ」
黒薔薇さんの言葉は、理解できるものだった。魔力切れで倒れた私に何かあった時、黒薔薇さんが傍にいてくれないととても困る。
しかし、だからといって、同じベッドで寝る必要はないのではないだろうか。
「総が嫌なら、今からベッドを持ってこさせますが……」
「い、嫌ではないよ」
別に、私が黒薔薇さんと寝るのが嫌という訳ではない。むしろ、それは嬉しいくらいだ。そのため、断る理由などないはずなのである。
黒薔薇さんがいいなら、私が別に何も言う必要はないのだろう。私はそろそろ、そのことを理解するべきなのである。
少し恥ずかしいが、一緒に寝ることにしよう。もうそれでいいはずだ。
「それなら、問題ありませんわね」
「う、うん。よろしくお願いします」
「どうして、そのような挨拶をしますの? まあ、いいですけど……」
私の挨拶を、黒薔薇さんはおかしく思ったようだ。思わず言ってしまったが、私もおかしな挨拶をしてしまったことはわかっている。
なんだか、とても恥ずかしい。今日の私は、よく空回りしている。そろそろ、その空回りをやめたい所だ。
「さて、それでは布団の中に入りましょうか」
「うん……」
私と黒薔薇さんは、布団の中に入っていく。黒薔薇さんの言っていた通り、ベッドはとても広い。二人で入っても、かなり余裕がある。
「少し寄りますわよ」
「あ、うん……」
黒薔薇さんは、私との距離を詰めてきた。私の目と鼻の先に、黒薔薇さの顔がある。そのことに、私の鼓動が早くなっていく。
さらに、私を動揺させてくるものがある。近寄られたことで、黒薔薇さんの胸が私の体に当たるか当たらないかの所にあるのだ。その存在感は、すごいものである。
何より、黒薔薇さんの体から、熱を感じることが私の体を動揺させてきた。お風呂上りの体温が、伝わってくるのだ。
だが、私は同時にその状況を心地いいと思っていた。憧れの黒薔薇さんと、同じ布団の中、それは私にとって嬉しいことでもあるのだ。
それに、黒薔薇がいることで、とても安心感があった。一人で眠る時には感じないその感覚は、とても心地よいものなのだ。
「……私、このように誰かと眠るなんて、初めてのことかもしれませんわ」
「え?」
「同じ布団で寝泊まりするなど、したことがありませんでしたわ」
そこで、黒薔薇さんがそのようなことを呟いてきた。黒薔薇さんは、このように誰かと寝るのが初めてであるらしい。
流石に、子供の頃は両親と寝たことくらいはあるはずだ。だから、これは友達とこういう風に眠るのが初めてということだろう。
「別に、それはそんなにおかしなことではないんじゃない? 私でも、友達と寝泊まりすることはそんなにあることではないし……」
「でも、私は一回も経験したことがありませんわ」
「そういう人もいると思うよ。厳しい家だと、泊まりが駄目とかもあると思うし……」
黒薔薇さんのように、誰かと泊まったことがない人はそこまで珍しいことではないだろう。門限があって、泊まったりできないという人はいない訳ではない。
「そういうことではありませんわ。私、友達といえる人など、今までいませんでしたもの」
「あっ……」
しかし、黒薔薇さんの言いたいことは、そういうことではなかったようだ。
黒薔薇さんは、今まで友達がいなかった。だから、こういうことが初めてなのである。
「別に、私は友達がいないことを悲しく思ったことはありませんわ。別に、必要性を感じませんでしたもの」
「そうなの?」
「ええ、でも、こういうのも悪くないものですわね。今日一日、あなたと過ごして、中々楽しかったですわ」
「それなら、よかったよ」
私といることで、黒薔薇さんが楽しく思ったなら、それは嬉しいことだ。
考えてみれば、今日一日黒薔薇さんは楽しそうにしていた。それは、私という友達ができて初めての体験をしたからだったのだろう。
「私、こんなに他人に心を開けたのも、初めてかもしれません。私のことをよくわかっている総だからこそ、このように心を開けるのかもしれませんわね」
「私だからこそ? そうなのかな?」
「ええ、あなたは私の偉大さを理解していますわ。それに、いつだって、私に友好的に接してくれましたもの。あなた以外の人は、私にそのような態度ではありませんでしたわ」
私に対して、黒薔薇さんはかなりの友情を感じてくれているようだ。
確かに、私以外の人達は、黒薔薇さんと接する時に、一歩引いている気がする。それは、憧れや畏敬、そんな色々な感情からそのように接するのだ。
一方で、私はそこまで黒薔薇さんに対して引くことはなかった。もちろん、私には黒薔薇さんへの憧れの感情がある。だが、別にだからといって話せないという訳ではなかったのだ。
それは、私が黒薔薇さんに憧れながらも、友達として認識していたからなのかもしれない。他の人は、憧れているあの人と友達ではないと考えているのだろう。
そう考えると、私は中々図太い気がしてきた。憧れの人なのに、普通に友達と思える私の感性は、普通ではないだろう。
だが、その結果、こうして黒薔薇さんと友達になれたのだ。つまり、図太くて得したということなのだろう。
「総、これからもよろしくお願いしますね」
「あ、うん。こちらこそ、よろしくね」
黒薔薇さんは、私との距離をさらに詰めながら、そのように言ってきた。
もちろん、私はこれからも黒薔薇さんと仲良くしたいと思っている。そのため、その言葉には力強く返答することができた。
ただ、近寄られたことで、私の動揺は加速していった。この距離は、かなりまずい距離だ。
しかも、黒薔薇さんの胸が体に当たっている。その柔らかさは、とても心地いいものだが、動揺が加速する要因だ。
「さて、そろそろ眠りましょうか」
「あ、え? このままで?」
「ええ、何か問題が?」
「いや、問題はないよ」
黒薔薇さんは、このままの体勢で眠るつもりのようである。
黒薔薇さんと引っ付いていられることは、嬉しいことだ。ただ、問題は寝られるかどうかということである。
この動揺のままで寝るのは、かなり難しいはずだ。だが、疲れているから、なんとなかなる可能性もある。
とりあえず、試してみればいいのだろう。もし眠れなかったら、黒薔薇さんから少し距離をとればいいだけだ。
「それなら、お休みなさい、総」
「うん、お休み、黒薔薇さん」
そのように挨拶をして、私と黒薔薇さんは眠ることにするのだった。
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