第14話 体を洗いながら

 洗い場も湯船も、私が思っていた通り広かった。まるで、銭湯のようである。やはり、お金持ちのお風呂は規模が違うようだ。

「まずは、体を洗いましょうか」

「え? あ、うん」


 黒薔薇さんに言われて、私は洗い場へと向かって行く。どうやら、まずは体を洗うようである。

 洗い場も、とても広い場所だ。シャワーや蛇口もいくつか並んでおり、数人で入っても問題無いような造りになっている。

 やはり、ここは銭湯なのだろうか。そのように錯覚する程、このお風呂は広いのである。


「総? 大丈夫ですの?」

「あ、うん。大丈夫、問題ないよ」


 広さに驚いている私を、黒薔薇さんは心配してくれた。いつまでも、驚いている場合ではない。早く、体を洗うとしよう。

 私は、洗い場の前に座ってから、体を洗う準備をする。それと同時に、黒薔薇さんも私の隣に座ってきた。どうやら、並んで体を洗うことになるようだ。

 当然のことだが、黒薔薇さんの肌色は視界の隅に入ってくる。だが、そちらに意識は向けないようにしなければならない。意識を強く持ち、自分の体を洗うことだけに集中するのだ。

 私も黒薔薇さんも、黙々と体を洗う。黒薔薇さんの方に意識を向けていないおかげか、私も大分落ち着いてきた。


「総、背中を流してあげましょうか?」

「え?」

「自分では洗えないでしょう? 私が洗って差し上げますわよ」


 そんな時、黒薔薇さんはそのようなことを言ってきた。

 背中を流す。その提案は、黒薔薇さんの優しさを感じるものだ。

 少々恥ずかしいが、その優しさを無下にするべきではないだろう。ここは、黒薔薇さんに背中を洗ってもらおう。


「それじゃあ、お願いしてもいいかな?」

「ええ、こちらに背中を向けてもらえますの?」

「あ、うん」


 黒薔薇さんに言われて、私は背中をそちら側に向けた。次の瞬間、背中に泡と柔らかいものが当たってくる。

 その時、私はその柔らかいものが温かいことに気づいた。それは、黒薔薇さんの手の感触なのだ。


「私、こういうことに憧れていましたわ」

「そ、そうなんだ……」


 黒薔薇さんは、とても嬉しそうに私の背中を洗ってくれている。どうやら、黒薔薇さんはこういうことに憧れがあったようだ。

 ただ、今の私には、その言葉について深く考える余裕はなかった。なぜなら、黒薔薇さんの手が私の背中を撫でているからだ。

 黒薔薇さんに触れられている。その事実だけで、私はかなり動揺していた。そのため、今はほとんど何も考えられないのだ。


「さて、流しますわよ」

「あ、うん……」


 そんな中、黒薔薇さんは私の背中についた泡を流していく。これで、とりあえず終わりのようだ。

 そのことに、私は少しだけ安堵していた。緊張が収まっていくからである。

 裸の状態で、黒薔薇さんに触れられると、冷静でいられない。もう機会はないとは思うが、これ覚えておこう。


「前も洗ってあげましょうか?」

「え? い、いや、それは流石に……」


 そんな中、黒薔薇さんは、とんでもない提案をしてきた。前を洗ってもらうなど、いくらなんでもまずい。そんなことをされたら、私は恥ずかしさで死んでしまいそうである。


「冗談ですわ。流石に、総もそれは嫌ですわよね?」

「い、嫌という訳ではないけど……は、恥ずかしいよ……」

「そうですわよね。恥ずかしいですわよね」


 どうやら、黒薔薇さんは冗談でそう言ったようだ。

 よく考えてみれば、それは当然のことである。同性でも前を洗ってもらおうなどと普通はならない。冗談に決まっていたのだ。


「あ、黒薔薇さん……」

「どうかしましたの?」

「その……私も、背中流そうか?」

「あら……」


 そこで、私はそんなことを提案していた。背中を流してもらった以上、そうすることが礼儀だと思ったからだ。

 ただ、口に出してから、この提案が大丈夫かという疑念が生まれてきた。よく考えてみれば、背中を流すということは、黒薔薇さんの体に触れるということである。

 そんなことをしたら、私の動揺はすごいことになるのではないだろうか。いや、絶対に動揺する。黒薔薇さんの体は、私にとっては刺激物だ。

 だが、私の中には黒薔薇さんの背中に触れてみたいという気持ちもあった。そのため、この提案を引っ込めることはしないことにする。


「それなら、お願いしますわ」

「あ、うん……」


 黒薔薇さんは、私の提案を受け入れてくれた。そして、その体を回し、私に背中を向けてくれる。

 背中を向けられたことで、私はあることに気づいた。背中を向けると、お尻も割と見えるのだ。その事実にも動揺したが、先程まで私のお尻を黒薔薇さんに見られていたという事実にも動揺してしまう。


「そ、それじゃあ、洗うね……」

「ええ、よろしくお願いしますわ」


 しかし、私はなんとかその動揺を断ち切った。黒薔薇さんを、待たせてはいけないと思ったからだ。

 私は、泡立ててから、ゆっくりと黒薔薇さんの背中に手を付けていく。


「わあ……」

「あら? どうしましたの?」

「あ、ごめん。黒薔薇さんの肌がすべすべで、驚いちゃったんだ……」

「ああ、そういうことでしたの」


 黒薔薇さんの背中に触れて、私はとても驚いていた。なぜなら、黒薔薇さんの肌がとても滑らかだったからだ。

 手を繋いだ時に、黒薔薇さんの肌がすごいことはわかっていた。だが、まさか背中までここまで心地いい触り心地だとは思っていなかった。いつまでも触っていたいような肌である。この肌に触れられる私は、幸せ者だろう。


「総の肌も、中々いいものでしたわよ」

「え?」

「とても、滑らかでしたわ。私に匹敵すると思いますわ」


 そんな私に、黒薔薇さんはそのように言ってくれた。お世辞かもしれないが、肌を褒められたのは嬉しいことだ。


「ありがとう、黒薔薇さん」

「いえ、総が普段から自分を磨いている証拠ですわ」

「ありがとう……あ、流すね」

「ええ」


 お礼を言いながら、私は黒薔薇さんの背中から泡を流す。これで、とりあえず洗い終わったということだ。

 そのことに、私は安堵する。無事に、黒薔薇さんの背中を洗えて本当によかった。


「総、ありがとうございました。とても、気持ち良かったですわ」

「う、うん……でも、私も洗ってもらったし、お互い様だよ」


 黒薔薇さんは、私の方に体を向けてから、お礼を言ってきた。そのお礼よりも、体を向けられたことに、私は動揺してしまう。

 黒薔薇さんの体は、私にとっては刺激物である。油断している中、それを直接見てしまい、私は色々と混乱してしまう。


「ああ、申し訳ありませんわね。私の体は、あなたには刺激が強かったのですわね」

「あ、うん……」


 そんな私に気づいて、黒薔薇さんはその体を手で隠してくれた。これで、少しは衝撃も小さくなるというものだ。

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