第12話 お風呂に入るには

 私は、黒薔薇さんの家で過ごしている。色々とあったが、今は既に夜だ。


「総、気分はどうですの?」

「あ、うん。おかげさまで、大分、回復してきたかな」


 黒薔薇さんの言葉に、私はそう答えた。

 時間が経てば経つ程、私の体調は回復している。まだ倦怠感はあるが、それでも大分良くなったといえるだろう。

 これも、黒薔薇さんの手厚い看病のおかげだ。本当に、黒薔薇さんには感謝の気持ちしかない。


「それなら、お風呂は入れそうですの?」

「お風呂?」

「ええ」


 そこで、黒薔薇さんはお風呂のことを聞いてきた。

 お風呂は、できれば入っておきたいものである。今日一日、汗は結構かいた。その汗を流すためにも、お風呂には入りたいと思う。

 それに、お風呂に入れば、疲れている体を癒すこともできる。この体の倦怠感も、もしかしたらとれるかもしれない。


「できれば、入りたいかな」

「そうですか、それなら、少し待っていてくださいな」


 私の言葉に、黒薔薇さんはゆっくりと頷いてくれた。

 その直後、黒薔薇さんは立ち上がり、部屋から出て行く。恐らく、おかゆの時と同じように、誰かに指示を出しているのだろう。

 数秒後、黒薔薇さんは部屋に戻ってきた。指示を出し終えたのだろう。


「すぐに、お風呂の準備ができると思いますわ」

「あ、うん。ありがとう、黒薔薇さん」


 私に対して、黒薔薇さんはそのように言ってきた。やはり、お風呂の準備を頼んでいたようだ。


「ああ、ちなみに私も一緒に入りますわよ?」

「へ?」


 そこで放たれた黒薔薇さんの言葉に、私は大いに動揺してしまった。

 黒薔薇さんが、一緒にお風呂に入る。それは一体、どういうことなのだろうか。


「ど、どういうこと?」

「言葉のままの意味ですわよ。あなたは、魔力切れで倒れたばかり、私も一緒に入って、補助しますわ。お風呂で倒れられたりしたら困りますもの」


 私の疑問に、黒薔薇さんはそのように答えてくれた。

 確かに、私がお風呂場で何ある可能性がない訳ではない。誰かが傍にいてくれた方が安心できるだろう。

 黒薔薇さんの言っていることは、正論だ。それは、しっかりと理解できる。

 だが、黒薔薇さんとお風呂に入るというのは、私にとってただことではない。黒薔薇さんの裸を見るのも、私の裸を見られるのも、できれば避けたいことだ。

 私は黒薔薇さんに憧れている。その感情が、一緒にお風呂に入るということを避けようとしているのだ。

 いや、正確にはそうではない。私の裸を見られることはともかく、黒薔薇さんの裸に関しては見たいと思っている。そんな自分の感情が嫌だから、私は避けようとしているのだ。


「黒薔薇さん、流石に一緒にお風呂は……」

「あら? 何か不都合でもありますの?」

「不都合はないけど……」


 私は、黒薔薇さんとのお風呂を断ろうとした。

 しかし、断るいい言い訳が思いつかなかったため、何も言うことができなくなってしまった。

 自分の感情を、黒薔薇さんに打ち明ける訳にはいかない。そんなことをしたら、黒薔薇さんは嫌な気持ちになってしまうはずである。

 そして、そうなれば、私は黒薔薇さんと距離を置くことになるだろう。それは、少し避けたいことなのだ。

 しかし、変な気持ちを抱いている私と一緒に入ってもらうことも申し訳ないことだった。ここは、なんとかして、一緒にお風呂を避けた方がいいだろう。


「あの……私、裸を見られるのが恥ずかしくて……」

「あら? そうなのですか?」


 とりあえず、私はそのような理由を述べてみた。

 私は、黒薔薇さんに裸を見られるのが恥ずかしい。これは、本当のことである。


「でも、今回は安全のために我慢してもらいたいものですわね。あなたを一人にして何かあったら、大変ですもの」

「そ、そうだよね……」


 黒薔薇さんの返答は、とても納得できるものだった。こんな時に、恥ずかしいなどと言っている場合ではないだろう。

 私がお風呂で倒れる可能性はある。倒れたばかりの私に、そういう危険性がないとは言い切れない。

 そんな私が、一人でお風呂に入るのはまずいだろう。こんな時に、恥ずかしいなどと言っている場合ではないのである。


「そもそも、総は別に恥ずかしがるような体ではないでしょう?」

「え?」

「私の見た所、中々いい体をしていますわ。恥ずかしがる必要など、ないと思いますわよ」


 黒薔薇さんは、さらにそのようなことを言ってきた。私の体は、恥ずかしがるようなものではないらしい。

 しかし、恥ずかしさというものは、体に自信があるかどうかで決まるものではないはずである。単純に、羞恥心の問題なのではないだろうか。

 いや、同性でそれを気にする私がおかしいのかもしれない。普通は、同性になら体を見せられるはずだ。

 事実、私も黒薔薇さん以外の女性になら、問題なく裸を見せられる。この認識のずれは、私が黒薔薇さんに憧れているから、起こっているものなのだろう。


「その……実は、私、黒薔薇さんとお風呂に入ったら、緊張しちゃうと思うんだ……」

「え?」


 結局、私は素直に自分の気持ちを打ち明けることにした。どのような理由で取り繕っても、無駄だと思ったからだ。

 変な思いを抱いている私と一緒にお風呂に入ってもらうのは申し訳ないので、その方がいいはずである。

 その結果、黒薔薇さんに何を思われても、もう仕方ない。私も、覚悟を決めることにしよう。


「私、黒薔薇さんに憧れているんだ。黒薔薇さんはかっこいいし、綺麗だし、私もこんな人になりたいと思えるような人なんだ」

「あら? ありがとうございます」

「だから、黒薔薇さんの裸を見たいという気持ちがあって……そんな少しやましい気持ちがあるから、私は黒薔薇さんと一緒にお風呂に入ったら、いけないと思うんだ」

「なるほど、そういうことでしたの」


 私は、自分の素直な気持ちを黒薔薇さんに打ち明けてみた。

 その結果、黒薔薇さんの表情は少し変わっていた。なんというか、誇らしそうな表情をしているのだ。

 恐らく、私が黒薔薇さんを褒めたことで、そうなっているのだろう。私が裸を見たいという言葉の方は、あまり気になっていないようだ。少なくとも、引かれてはいないのだろうか。


「総、私の裸を見たいと思う気持ちを、恥じる必要はありませんわ」

「え?」

「総がどういう気持ちを持っていても、気にしませんわ。私、総になら裸を見られても構いませんもの」


 私に対して、黒薔薇さんは笑顔でそう言ってくれた。どうやら、黒薔薇さんは私に裸を見られても構わないらしい。

 その言葉は、私にとって安心できるものだった。黒薔薇さんに、嫌に思われなくて本当によかったと思う。


「総が見たいなら、好きなだけ見てくださいな」

「あ、うん……」


 黒薔薇さんは、サービス精神旺盛だった。どうやら、好きなだけ見てもいいらしい。


「失礼します」

「うん?」

「あら?」


 私達がそんなことを話していると、部屋の戸を叩く音と声が聞こえてきた。

 恐らく、お風呂の準備ができたのだろう。


「どうかしましたか?」

「お風呂の準備ができました」

「わかりましたわ、お伝えくださり、ありがとうございました」


 やはり、お風呂の準備ができたようだ。

 黒薔薇さんは、私に笑顔を向けてくる。それは、私を安心させる笑顔だった。その笑顔を見ていると、一緒にお風呂に入ってもいいと思えるのだ。


「さて、総、行きましょうか?」

「……うん!」


 黒薔薇さんの言葉に、私はゆっくりと頷いた。きっと、一緒にお風呂に入っても大丈夫だろう。

 こうして、私は黒薔薇さんとお風呂に入ることになるのだった。

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