第11話 食事の補助をされて

 私は、黒薔薇さんの家で過ごしている。黒薔薇と話したりしている内に、時間は流れていき、いつの間にか日も暮れてきていた。


「総、体調はどうですの?」

「うん、気分は大分良くなってきたかな」


 黒薔薇さんの質問に、私はそのように答えた。

 私の体調は、かなり良くなっている。まだ倦怠感は残っているが、それでもお昼までと比べると格段に回復しているといえるだろう。


「夕食に、何か食べることはできますか? 少しでも食べられるなら、食べた方がいいですわよ」

「それなら、おかゆとかなら食べられるかな……」

「わかりましたわ。すぐに、作らせます」


 私の言葉を受けて、黒薔薇さんは一度部屋から出て行った。恐らく、誰かに今の要望を伝えに行ったのだろう。

 数秒経ってから、黒薔薇さんは戻ってきた。時間的にも考えて、私の考えは間違っていないだろう。


「すぐに、おかゆを持って来てくれますわ」

「あ、うん……黒薔薇さん、何から何までありがとうね」

「あら? 急にどうしましたの?」

「今日のことを感謝したくて……黒薔薇さんがいなければ、私、もっと大変なことになっていたと思うから」


 そこで、私は黒薔薇さんにお礼を言った。

 私が倒れてから、黒薔薇さんは本当によくしてくれた。私の傍にずっといてくれて、とても安心したものである。

 黒薔薇さんがいなければ、私は不安でいっぱいだったはずだ。だから、黒薔薇さんに感謝しなければならないと思ったのである。


「……別に、私に感謝する必要などありませんわ」

「え?」

「今日、あなたが倒れたのは、私のせいですわ。私がスパイダスの攻撃をなんとかすればよかっただけの話ですもの……」

「黒薔薇さん……」


 私のお礼に対して、黒薔薇さんは申し訳なさそうにしてきた。どうやら、黒薔薇さんは私がスパイダスの攻撃を受けたことに、責任を感じているようだ。

 しかし、それは別に黒薔薇さんのせいではない。捕食者と戦っていた以上、仕方なかったことである。


「黒薔薇さんのせいではないよ。戦うことになったんだから、仕方ないことだよ」

「でも、私がきちんとしていれば、あなたが捕まることもありませんでしたわ」

「気にしないで。黒薔薇さんは、私が倒れた後、介抱してくれた。それだけでいいんだよ」


 私は、ゆっくりと手を伸ばし、黒薔薇さんの手を取った。黒薔薇さんは、何も悪くない。それを伝えるために、しっかりとその手を握る。


「総……」

「だから、そんな顔をしないで……」

「……そうですわね」


 私の気持ちが伝わったのか、黒薔薇さんは笑顔を見せてくれた。その眩しい笑顔ができるなら、問題はないだろう。


「失礼します」

「え?」

「あら?」


 そんなことを思っていると、部屋の戸を叩く音と声が聞こえてきた。

 恐らく、黒薔薇さんが先程頼んでいたおかゆが届いたのだろう。

 私は、繋いでいた手をゆっくりと離した。なんとなく、人に見られるのが恥ずかしかったからだ。

 そんな私と同じように、黒薔薇さんも手を離してきた。やはり、黒薔薇さんも同じことを思ったのだろう。


「どうぞ、入ってきてくださいな」

「はい」


 黒薔薇さんの言葉の後、一人のメイドさんが部屋に入ってきた。

 メイドさんは、トレイを持っている。その上には、お皿があるので、それがおかゆなのだろう。


「こちらが頼まれていたものです」

「ええ、ありがとうございます。そちらに、置いてください」

「はい」


 黒薔薇さんの指示に従い、メイドさんはベッドの近くにある机にお皿を置いた。

 匂いは特にないが、その見た目は何故かおいしそうに見える。お昼は何も食べていないので、お腹が少し空いているからなのかもしれない。


「それでは、失礼します」

「ええ」


 メイドさんは、すぐに部屋から出て行った。

 また、黒薔薇さんと二人っきりだ。


「さて、総、体を起こせますか?」

「あ、うん……」


 私は、黒薔薇さんの手を借りながら、ゆっくりと体を起こす。

 久し振りに体を起こしたからか、全身に痺れるような感覚が走る。

 この感覚は、少し気持ちいいものでもある。自分が、しっかりと良くなっていると実感できるからだ。


「さて、おかゆを食べますわよ」

「あ、うん」


 そこで、黒薔薇さんはおかゆの皿とスプーンを手に取った。

 次に、黒薔薇さんはスプーンでおかゆをすくっていく。

 その行動が表すことは、ただ一つだろう。黒薔薇さんは、私に食べさせてくれようとしているのだ。


「ふー、ふー」

「あっ……」


 黒薔薇さんは、ゆっくりとおかゆを冷ましてくれた。

 その光景に、私は色々と緊張してしまう。その艶やかな唇から出る吐息が、おかゆを冷ましている。その事実は、私を大いに動揺させてきた。

 そもそも、食べさせてもらうということが、緊張することである。自分で食べるという選択肢を今からでも提示した方が、いいのではないだろうか。


「はい、あーん」

「え? あっ……」


 私がそんなことを思っている内に、黒薔薇さんはおかゆを冷まし終えていた。

 そのスプーンが、ゆっくりと私に近づいてくる。

 ここまで来たら、もう自分で食べるという選択肢をとることはできないだろう。私も、覚悟を決めるしかない。


「あーん」

「はい」


 私の口の中に、おかゆが入ってきた。

 黒薔薇さんのおかげで、そのおかゆは丁度いい温度になっていた。その事実は、私の動揺をさらに加速させていく。


「どうですの?」

「お、おいしいよ」

「それなら、よかったですわ」


 正直、おかゆの味はよくわからなかった。緊張のせいで、味がわからないのである。

 だが、不思議とおいしいとは思った。味がわからないのにおかしな話だが、何故かそう思うのだ。


「あの、黒薔薇さん? 後は、自分で食べるから……」

「別に、遠慮する必要はありませんわよ?」


 私は、一応自分で食べることを提案してみた。

 しかし、黒薔薇さんはそれを遠慮ととらえているようだ。私としては、自分で食べた方がいいと思っているのだが、黒薔薇さんはそれではえらくなると思っているのだろう。

 実際、私は病み上がりである。黒薔薇さんに食べさせてもらった方が、体調的にはいいはずだ。

 それに、黒薔薇さんの好意を無下にしたくもなかった。黒薔薇さんは善意でそうしてくれているのだ。それを断るのは、よくないことだろう。


「それなら、甘えさせてもらおうかな……」

「ええ、任せてくださいな」


 私の言葉に、黒薔薇さんは笑顔で返してくれた。

 その笑顔を見ていると、頼んでよかったと心から思える。


「あ、その前に、私も味見してもいいですの?」

「え?」

「少し、気になりますの。きちんと、いいおかゆが作れているかどうか」


 そこで、黒薔薇さんはすごいことを言ってきた。

 おかゆを味見する。それ自体は、別にまったく問題ないことだ。

 だが、ここにはスプーンが一つしかない。ということは、黒薔薇さんも私と同じスプーンを使うということである。

 それは、つまり間接キスということだ。それは、色々と問題なのではないだろうか。


「どうかしましたの?」

「え、えっと……」


 私が悩んでいる姿に、黒薔薇さんは不思議そうな顔をした。

 恐らく、黒薔薇さんは何も気にしていないのだろう。

 しかし、同性とはいえ、黒薔薇さんとの間接キスは気が引ける。それは、私が潔癖症だからとか、黒薔薇さんの唾液が嫌だからという訳ではない。

 私は、黒薔薇さんを好意的に思っているから、間接キスしたくないのである。以前から抱いていた憧れのような感情が、私にそう思わせるのだ。


「か、間接キスに……」

「あっ……」


 とりあえず、私は素直に間接キスのことを指摘してみた。

 すると、黒薔薇さんは何かに気づいたような表情になった。

 どうやら、黒薔薇さんは間接キスのことを気にしていなかった訳ではないようである。ただ、気づいていなかっただけなのだ。


「そ、そうですわね。それは、行儀的にも悪いですわ。今回は、味見はやめておきましょう」

「あ、うん……」


 黒薔薇さんは、少し顔を赤くしながらそう言ってきた。

 よくはわからないが、黒薔薇さんも間接キスは恥ずかしいようだ。

 こうして、私はしばらくおかゆを食べるのだった。

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