第10話 友達だから

「総は、料理が得意なのですの?」

「得意という訳ではないけど、それなりにはできるかな?」

「それなりですか……」


 そこで、黒薔薇さんは私に料理のことを質問してきた。

 私は、料理がそこそこできる。ただ、得意という訳ではないだろう。なんというか、普通である。


「黒薔薇さんは、料理ができるの?」

「一応、料理は一通り習っていますわ。ただ、自分で料理することは少ないですわね」

「あ、そうなんだ」


 黒薔薇さんは、料理はできるが、料理することは少ないようだ。

 考えてみれば、それは当然である。黒薔薇さんのようなお嬢様には、普段料理をする機会など少ないだろう。

 そんなことを話しながら、黒薔薇さんはどんどんサンドウィッチを口に運んでいく。そのように食べてもらえると、本当においしいと思ってくれていると感じられるので、嬉しいものである。


「本当に、おいしいですわね……総には、料理の才能がありますわ」

「そ、そう? そう言ってもらえると、嬉しいな」


 私のことを、黒薔薇さんはとても褒めてくれた。

 しかし、そこまで褒められるようなことではないだろう。別に、私は特別なことはしていない。ただ、普通に料理しただけなのである。

 それなのに、ここまで手放しに褒められると、少し動揺してしまう。私は、そんなに料理が上手かったのだろうか。


「でも、本当に普通に作っただけだよ? そんなに特別なことはしていないんだけど……」

「そうですの? その割には、特別な味がするような気がしますわ……」


 私の言葉に、黒薔薇さんはそのように返してきた。私が作ったサンドウィッチは、何か特別な味がするようだ。

 しかし、私は別に隠し味などいれていない。そのような味がするのは、おかしいのではないだろうか。


「何か、特別なことはしていませんの?」

「強いて言うなら、愛情を入れたとか?」

「愛情ですの?」


 黒薔薇さんの質問に、私は冗談のつもりで返した。

 だが、私の言葉に黒薔薇さんは思ったよりも真剣な表情になった。どうやら、冗談が通じなくなってしまったようである。

 最も、この言葉は完全に冗談という訳ではない。黒薔薇さんが喜んでくれたらいいと思いながら作ったため、確かに愛情のようなものは入っているのだ。

 だが、それを正面から言うのは恥ずかしい。ここは、冗談だと誤魔化させてもらおう。


「黒薔薇さん? これはただの冗談だよ?」

「冗談? それでは、あなたの愛情は入っていませんの?」

「いや、もちろん、黒薔薇さんが喜んでくれたらいいと思って作ったけど……」


 冗談だと言おうと思ったが、黒薔薇さんの言葉に、私は思わず本当のことを言ってしまった。その純粋そうな質問の仕方に、口が滑ってしまったのである。


「……なるほど」

「うん?」


 私の言葉に、黒薔薇さんは一言呟いた。なんだか、黒薔薇さんは不思議な表情である。

 なんというか、何か考えるような表情なのだ。愛情を入れたという話を、そこまで真剣に考えないで欲しい。


「学校でも思っていましたが、総は私に良くしてくれますわね?」

「え?」

「どうして、私をそこまで気にかけていますの? 少し、疑問でしたわ」


 そんな黒薔薇さんは、私にそのような疑問を投げかけてきた。黒薔薇さんは、私が学校など親しく接していることを、疑問に思っているようだ。

 しかし、その理由と言われてもよくわからない。別に、特別な理由がある訳ではないからだ。


「と、友達だから?」

「え?」

「友達だから、そういう風に接しているということでは駄目かな?」


 私は、黒薔薇さんの質問にそのように答えた。

 強いて言うなら、友達だから黒薔薇さんにああいう風に接していたといえるだろう。友達だから、お昼に誘ったし、お弁当も作ってきた。そのように解釈するのが正しいはずなのだ。


「私達は、友達ですの?」

「え?」


 そんなことを思っていた私は、黒薔薇さんの言葉に驚いてしまった。

 どうやら、黒薔薇さんは私のことを友達だと思っていなかったようだ。

 そのことは、悲しいことだった。私が一方的に思っていただけのようである。


「ご、ごめんね、私、一方的に友達だと思っていたみたいで……」

「あ、いえ、そんな悲しそうな顔をしないでください。別に、あなたと友達になったことを否定するつもりはありませんわ。ただ、純粋な疑問として、私とあなたがいつ友達になったのか、わかりませんの」

「え? いつ友達になったか……?」


 黒薔薇さんは、私と友達ではないと言いたかった訳ではないようだ。いつ友達になったのか、それが黒薔薇さんの疑問であるようだ。

 しかし、いつ友達になったかと聞かれると、少し困ってしまう。正直、私にもわからないのだ。私は、いつ黒薔薇さんと友達になったのだろうか。

 魔女のことを話した時だろうか。捕食者に襲われた所を、助けてもらったことだろうか。いや、そのどちらでもない気がする。

 それなら、教室で話すようになった時だろうか。それとも、最初に話した時なのだろうか。

 考えれば考える程、よくわからない。私は、いつ黒薔薇さんを友達だと思うようになったのだろう。ただ、自然にそう思うようになっていただけで、タイミングがわからないのだ。


「と、友達になったのが、いつかはわからないかも……」

「わからない?」

「友達になったって、はっきり決めたりした訳ではないんだ。なんというか、自然にそう思うようになったというか……」


 結局、私は思った通りのことを説明することにした。明確な答えがわからないので、そう言うのが早いと思ったのである。

 私の返答に、黒薔薇さんは少し驚いたような表情になっていた。はっきりと決めたりしなかったという事実は、黒薔薇さんが驚くようなことだったようだ。


「そういうものなのですの?」

「そういうものだと思うな……」

「なるほど、そうなのですわね……」


 そこまで言って、黒薔薇さんは笑顔になっていた。疑問の答えが見つかって、嬉しくなっているのかもしれない。


「……思えば、あなたは捕食者の事件がある前から、私に話しかけてきていましたわね?」

「あ、うん。迷惑だったかな?」

「別に、迷惑などとは思っていませんでしたわ。ただ、少し不思議だっただけですの」


 そこで、黒薔薇さんは少し前の話をしてきた。

 私は、捕食者に襲われて魔女のことを知る前から、黒薔薇さんによく話しかけていた。それに、特に理由があった訳ではない。何故か、自然にそうなっていただけなのである。

 それを、黒薔薇さんが嫌に思っていなくてよかった。嫌に思われていたなら、とても悲しくなっていた所だ。


「あなたは、ずっと私の友達のつもりでしたのね……」

「う、うん、そうなるかな……」

「そういうことなのですわね。なんだか、少し嬉しいですわ」


 黒薔薇さんは、私が友達と接していたことを嬉しいと言ってくれた。そう思ってもらえるなら、私としても嬉しいものである。


「あなたのような人が、私の友人であるなら、それは幸福ですわ」

「そ、そうなの?」

「ええ、これからも、私といい友人でいてください」

「うん、それはもちろん」


 私と友人であることを、黒薔薇さんは幸福とまで言ってくれた。そこまで、言ってもらえる程、私は優れた人間ではない。

 しかし、一つだけ確かなことがある。それは、私が黒薔薇さんの友達でいたいと思っていることだ。

 その気持ちだけあれば、他のことなどどうでもいいはずである。私は、黒薔薇さんと友達。それでいいのだ。

 そんなことを話しながら、私達はしばらく過ごすのだった。

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