第9話 目覚めた場所は
私は、ゆっくりと目を覚ました。
私の目の前には、見知らぬ光景が広がっている。ただ、天井らしきものが見えることから、室内ではあるようだ。
恐らく、私はベッドの上にいるのだろう。背中に感じるものから、そのように感じられるのだ。
確か、私は魔力を放出し過ぎて倒れたはずである。あの後、黒薔薇さんに運んでもらったのだが、ここはどこなのだろうか。
「あら? 気がつきましたの?」
「あ、黒薔薇さん……」
そこで、私は黒薔薇さんの存在に気がついた。黒薔薇さんは、私の顔を覗き込んできてくれたのだ。
その顔を見て、私はとても安心していた。やはり、こういう時に知っている人の顔が見られることは、とても嬉しいものである。
「ここは、私の家ですわ。安心していいですわよ」
「あ、そうなんだ」
どうやら、ここは黒薔薇さんの家であるようだ。それなら、本当に安心できるだろう。元々、変な場所だとは思っていなかったが、はっきりと断言されると、より安心できるものだ。
「具合はどうですか?」
「うん、少しは良くなったけど、まだあんまり力が入らない……かな」
「そうですか。まあ、一度失った魔力を取り戻すのには、それなりに時間がかかりますからね。それも仕方ないでしょう」
私の体調は、少しだけ良くなっていた。だが、まだまだ万全とは言い難い。
体全体に、あまり力が入らないのだ。ここまで疲れるのは、初めてのことかもしれない。
それ程までに、魔力の消費は厳しいものなのだろう。これからは、魔力を消費しないように気をつけなければならない。
「それに、あなたは魔力を今日初めて掴みましたわ。その疲労の仕方も、かなりのものでしょう。今日は、しっかりと休む必要がありますわね」
「うん……」
私が魔力を初めて把握したのも、これ程までに疲労している原因のようだ。
特訓をしていけば、少しは慣れるようになってくるのだろうか。いや、慣れてきたとしても魔力の消費は良くないはずである。気をつけるにこしたことはないだろう。
「ああ、今日は泊まっていってもらいますわ」
「え?」
「あなたに何があるかわかりませんもの。私が傍にいた方がいいですわ」
「あ、なるほど……」
どうやら、私は今日、黒薔薇さんの家に泊まった方がいいようだ。魔力に関することは、私はよくわからない。そのため、黒薔薇さんの傍にいた方が絶対にいいだろう。
「それなら、お願いしてもいいかな?」
「ええ、もちろんですわ」
「あ、家に連絡しないといけないよね」
「ああ、それなら、使用人にさせておきますわ。あなたの今の声を、あなたの両親に聞かせると色々とまずそうですもの」
「あ、それなら、お願いするね」
黒薔薇さんが言う通り、今の私の声を両親に聞かせる訳にはいかない。明らかに体調が悪い声なので、心配させてしまうだろう。
両親に余計な心配はかけたくない。そもそも、魔女のことを知らせることはできないので、説明が難しいはずである。
色々な面から、黒薔薇さんの家の使用人さんに連絡してもらった方がいいだろう。それなら、私の状態はわからないし、その事情を説明する必要もない。
「……黒薔薇さん、家の番号を教えるついでという訳ではないんだけど、この機会に連絡先を交換しておかない?」
「連絡先……そういえば、お互いにまだ知りませんでしたわね」
「うん……」
そこで、私は黒薔薇さんにそのように提案した。
よく考えてみれば、私達はお互いの連絡先を知らないのだ。前の時に、交換しておければよかったのだが忘れていたのである。
今後、黒薔薇さんと一緒に魔女の特訓をするにあたって、連絡先を知っておいた方が便利だろう。それに、私は個人的に黒薔薇さんの連絡先を聞いておきたかった。単純に、友達の連絡先を知りたいのである。
「わかりましたわ。それなら、後で交換しましょうか」
「うん、よろしく」
とりあえず、連絡先の交換を約束することはできた。これで、色々と便利になるだろう。
「そういえば、あなたの荷物も回収しておいたのですが、色々と持って来ていたのですわね。あ、申し訳ありませんが、中身は確認しましたわ。一応、何が入っているかわかりませんので」
「あ、うん……」
そこで、黒薔薇さんは私の荷物のことを指摘してきた。
私は、魔女の特訓をするにあたって、色々と持って来ていた。その荷物を、黒薔薇さんは回収してくれていたようだ。
「とりあえず、荷物は持って来ておきましたわ」
「あ、ありがとう……」
黒薔薇さんは、荷物を持って来てくれていた。色々と入っているので、自分の傍にあることはありがたい。
「ところで、その中にお弁当のようなものがありましたわね……」
「え? ああ、確かにあるよ」
「これは、持つものなのですの?」
「うーん、少し難しいかも……早く食べないといけないと思う」
その中にあるお弁当のことを、黒薔薇さんは指摘してきた。
私は、今日の特訓が昼食は跨ぐと思っていたので、作って来ていたのである。
お弁当の中身は、サンドウィッチだ。
「でも、もうそれは食べられないかな。私、何か食べたいと思えるような体ではないし……」
「なるほど……」
ただ、そのお弁当はもう食べることはないかもしれない。今は何も食べる気になれないので、最悪は捨てることになるだろう。
私の体調次第で、食べられる可能性はある。食べ物を無駄にしたくはないので、できれば良くなって食べたいものだ。
「それなら、私が頂いても構いませんか?」
「え?」
「食べ物を粗末にするのは、私の流儀に反しますわ。あなたが食べられないなら、私が頂きますわ」
そんなことを考えていた私に、黒薔薇さんはそう言ってくれた。どうやら、黒薔薇さんは私のお弁当を食べてくれるつもりのようだ。
元々、お弁当は黒薔薇さんにも食べてもらいたいとは思っていた。そのため、その提案についてはとても嬉しいと思う。
だが、それなりの量があるので、少し心配だ。食べ切れないという訳ではないと思うが、黒薔薇さんの昼食くらいにはなりそうである。黒薔薇さんは、それでいいのだろうか。
「黒薔薇さん、それなりの量があるけど……」
「私が食べ切れない量ですの?」
「いや、そうではないと思うけど、お昼食べられなくなっちゃうよ?」
「それは構いませんわ。私、お昼はこれだけでいいですもの」
私は心配していたが、黒薔薇さんはお昼をこれだけで済ませようと思っているようだ。
それなら、問題はないのだが、私のお弁当が黒薔薇さんのお昼になるというのは、なんだか変な感じである。
黒薔薇さんなら、私のお弁当よりもっといいものを食べられるはずだ。それなのに、私のお弁当を昼食にしてくれるのは少し嬉しいものである。
「あら? サンドウィッチですか?」
「あ、うん」
「中々、おいしそうですわね」
お弁当を開けて、黒薔薇さんは笑顔を見せてくれた。私のお弁当を見て、そのような笑顔を向けてくれることは喜ばしいことである。
「それでは、頂きますわね」
「あ、うん、どうぞ」
黒薔薇さんは、手を合わせてから、サンドウィッチを口に運んだ。
なんだか、緊張してしまう。黒薔薇さんは、どのような感想を言うのだろうか。
「あら、おいしいですわね」
「そ、そう?」
「ええ、とてもおいしいですわ」
黒薔薇さんは、私に対してそのように言ってくれた。
それは、お世辞かもしれない。黒薔薇さんは、いつも私が作った料理よりもいいものを食べているはずなので、その可能性は高いだろう。
だが、それでも嬉しかった。どのような可能性があっても、口に出しておいしいと言ってくれた事実だけで、私は充分なのである。
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