第6話 魔力の自覚

 私に続いて、黒薔薇さんも車から降りてきた。その後、運転手さんに何か話しかけている。

 もしかして、帰りの時間などを伝えているのだろうか。


「さて、山の中に入りますわよ」

「あ、うん」


 運転手さんの話はすぐに終わり、黒薔薇さんはこちらにそう話しかけてきた。どうやら、もう山の中に入るようだ。

 山の入り口から見ると、それなりに整備された道に見える。そのため、特に問題なく進めるはずだろう。

 ただ、心配なのはどこまで進んで行くかだ。山の奥まで進むとなると、色々と問題がある。


「どこまで行くの?」

「そこまで、深い所には行きませんわ。少し入って、そこで人払いを使うとしましょう」

「そっか、それなら安心だね」


 私の不安は、黒薔薇さんの言葉で払拭された。そんなに深い所まで行かないなら、きっと大丈夫だろう。


「さて、行きますわよ」

「あ、うん」


 黒薔薇さんの言葉を受けて、私はゆっくりと歩き始めた。

 山に入る前から見えていたが、山道はかなり整備されている。その山道を、私達はゆっくりと歩いて行く。


「ここは、黒薔薇さんの家の私有地なんだよね?」

「ええ、そうですわ」

「もしかして、魔女関連のことで、ここを使ったりするの?」


 歩きながら、私はそんな質問を黒薔薇さんにしていた。

 この山の道は、かなり整備されている。そのため、見た所、登山できる山という訳でもなさそうなので、そんな使い方をしているのではないかと思ったのだ。


「ええ、そうですわね。魔女が隠れて何かできる場所として、この山は解放されていますわ」

「やっぱりそうなんだ」


 私が予想した通り、この山は魔女が隠れて何かするために使っているらしい。

 口振りからして、黒薔薇さん以外の魔女も使えるようだ。人から身を隠せるこの場所は、魔女達にとっても貴重なのだろう。


「千堂院家は、代々魔女の家系ですわ。色々なことで、魔女に貢献していますの。こういう場所を提供することも、その一環ですわ」

「なるほど……」


 どうやら、千堂院家は代々魔女の家系で、魔女に色々と貢献してきたようだ。

 そう考えると、千堂院家というのは中々謎である。お金持ちで、魔女の家系、それに何か関係はあるのだろうか。


「あら、見えてきましたわね」

「えっ?」


 私がそんなことを考えていると、道の奥に家のようなものが見えてきた。

 どうやら、あそこが今回の目的地であるようだ。あそこで、魔女の訓練を行うのだろう。

 しかし、まだ山に入って間もないのに、家があるとは驚きだ。だが、ここは魔女がよく使う場所である。それなら、ああいう風に家があってもおかしくはないのだろうか。


「さて、ここまで来れば、誰か入ってくることもないでしょう。当然、人払いも施しますので、安心してくださいな」

「あ、うん……」


 そんなことを考えている内に、私達は家の近くまで来ていた。ここは、広場のようになっている。何かをするのには、最適な場所だろう。

 黒薔薇さんは、屋上の時と同じように人払いを行っている。それを行えば、普通の人は寄って来ないのだ。本当に、便利なものである。


「これで、人も寄ってきませんわ。心置きなく、魔女の特訓に励めますわね」

「そうだね」


 人払いが終わったようで、黒薔薇さんはそのように言ってきた。これで、魔女の特訓が始められるのだ。

 なんだか、少し緊張してきた。これから、どんな特訓が始まるのだろうか。


「さて、まずは基礎中の基礎からお教えしましょうか」

「基礎中の基礎?」

「ええ、魔力の基礎制御ですわ」


 どうやら、最初は魔力の基礎制御を学ぶらしい。

 大抵の場合、基礎というものはその後の全てに繋がるようなものだ。これは、心にしっかりと染みつくように、心して聞いた方がいいだろう。


「魔力というのは、人間の体に宿るエネルギーですわ。まずは、そのエネルギーを把握することが大切なことですわ」

「把握……」

「ええ、その把握は、中々難しいものですわ。とりあえず、目を瞑ってもらえますか?」

「あ、うん……」


 私は、黒薔薇さんに言われた通り目を瞑る。これが、魔力を把握するために必要なことであるようだ。


「さて、そこから自らの体に何かが流れているというイメージをしてみましょうか」

「何かが流れているイメージ……」


 目を瞑った私は、言われた通り、自分の中に何かが流れている様をイメージした。

 目を瞑っていることで、そのイメージは鮮明なものになっている。これも、黒薔薇さんの狙いなのだろう。


「イメージはできましたわね。それなら、具体的に魔力を把握しましょうか」

「ぐ、具体的に?」


 そこで、黒薔薇さんはそのようなことを言ってきた。ここから、具体的に魔力を把握していかなければならないようだ。

 しかし、私は現在まったく魔力というものを理解していない。ここから、どうやって魔力を把握すればいいのだろうか。


「ええ、魔力を把握するのには色々と方法がありますわ。自覚する場合もありますが、あなたは把握できていないみたいですね」

「あ、うん。全然わからない」

「それなら、もっと簡単な方法をとりましょうか。手を出してもらえますか?」

「あ、うん」


 私は黒薔薇さんに言われた通り、手を前に出す。自分で把握するより、簡単な方法とは一体どのようなものなのだろうか。


「少し失礼しますわ」

「え?」


 私がそんなことを考えていると、黒薔薇さんは私の手を握ってきた。

 黒薔薇さんの体温が伝わって来て、少し緊張してしまう。だが、私はすぐに別の要因で緊張することになった。

 黒薔薇さんの手から、何かが流れ込んできたのだ。それは、私の腕を伝っていき、体全体に広がっていく。


「これは……」

「気づきましたのね。私の体から、あなたに流れ込んでいるものに……」


 黒薔薇さんの言葉も合わせて、私は理解した。これが、魔力なのだ。

 流れ込んできた魔力は、私の足の先まで伝わってきている。その奇妙な感覚に、私は新たなることに気づいた。


「私の体にも……何かある?」

「あら? もう把握しましたのね。中々、早いではありませんか」


 私の体の中にも、何かが流れている。それは、先程までのイメージではない。はっきりとしたものが、流れているのだ。

 それが、魔力であるということはすぐにわかった。私の中に宿る魔力を、私は把握したのである。


「もう私の補助はいらないようですわね」

「あっ……」


 そこで、黒薔薇さんは私の手をゆっくりと離した。そのことで、黒薔薇さんから流れ込んできていた魔力もなくなる。

 だが、私はそれでも魔力を感じていた。自身の中にある魔力を感じているのだ。

 本当に、全身に魔力が溢れている。このようなものが、私の体の中にあったとは、驚くべきことだろう。


「さて、魔力を把握できましたわね。それなら、目を開けても大丈夫ですわ」

「あ、うん……え?」


 黒薔薇さんに言われて、私はゆっくりと目を開けた。すると、先程まで見ていた山の光景が広がっている。

 ただ、少しだけ見え方が違った。なんとなく、周囲にある魔力を感じ取れるようになっていたのである。

 本当に、魔力は色々なものに宿っているようだ。魔力を把握したことで、私はそれを理解することができたのである。


「気分はどうですの?」

「なんだか、少し変な感じがする。悪い気分という訳ではないと思うけど……」

「まあ、それも当然でしょうね。感覚が一つ増えたようなものですもの。ただ、そこまで問題はないと思いますわ。すぐに慣れますもの」


 私の言葉に対して、黒薔薇さんはそう返してくれた。

 確かに、この変な感覚はそこまで問題ないものであるはずだ。気分が悪いという訳ではないし、いずれ慣れるはずである。


「魔力は人によって、色々と種類が違うものですわ。あなたの魔力と私の魔力は少し異なっていることを理解できますか?」

「あ、うん。なんとなく」


 私は、自身の黒薔薇さんの魔力が、少し違うものだと気づいた。何かわからないが、微妙に違うのだ。


「魔力というものには、差がありますわ。根源にあるものは変わりませんが、個人の性質が混ざることで微妙に異なってきますの」

「個人の性質?」

「その性質によって、扱える魔法も変わることがありますの。まあ、その辺りは少々難しい話なので、また今度するとしましょうか」


 どうやら、魔力というのは個人の性質によって変化するもののようだ。

 だが、その話は難しいらしく、今は省くようである。

 私としても、覚えることが多い中、難しい話をされると困ってしまいそうなので、その選択はとてもありがたい。

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