第5話 豪華な迎え
今日は、黒薔薇さんとの約束した魔女の訓練の日である。私は、家で黒薔薇さんを待っていた。黒薔薇さんが、迎えに来てくれると言っていたからである。
「あ、チャイムだ……」
私が部屋で荷物を纏めていると、玄関のチャイムが鳴る音が聞こえてきた。この時間に、家に来る人はそういない。恐らく、黒薔薇さんが来たのだろう。
私の部屋は、二階にあるため、玄関までは少し時間がかかる。そのため、先に両親のどちらかが、黒薔薇さんを迎えているだろう。だが、両親にも、今日は友達と出かけると言ってある。だから、特に驚いたりはしていないだろう。
「えっ!?」
「うん?」
そのように思っていた私だったが、下の階から聞こえてきたのは驚くようなお母さんの大きな声だった。事前に説明していたのに、何故、このような声が聞こえてくるのだろうか。
そういえば、友達が来るとは言ったが、黒薔薇さんのことは詳しく説明していない。黒薔薇さんは気品に溢れる人である。そのような人が、私の友達で驚いたということだろうか。
とにかく、早く下の階に下りた方がいいだろう。もしかしたら、お母さんが困惑している可能性がある。
そもそも、黒薔薇さんを待たせる訳にはいかない。迎えに来てくれた人を待たせるのは、良くないことだ。
「そ、総子! お、お客さんよ!」
「はーい!」
私が部屋から出ると、お母さんの声が聞こえてきた。お母さんは、困惑しながら私を呼んでいる。やはり、黒薔薇さんに驚いているようだ。
私は、急いで階段を下りていく。すると、玄関にいる黒薔薇さんとお母さんが見えてくる。
「そ、総子、この方があなたのお友達?」
「あ、うん。千堂院黒薔薇さんだよ」
「せ、千堂院……さん?」
玄関まで来た私に、お母さんは質問してきた。予想通り、お母さんは黒薔薇さんに驚いていたようだ。
その原因も、なんとなく理解できてきた。よく見ると、家の前には明らかに高級な車が駐車してある。黒薔薇さんの上品な立ち振る舞いも合わせて、お母さんは相手が普通の家の人間ではないと悟ったのだろう。そのため、驚いているのだ。
「黒薔薇さん、迎えに来てくれてありがとう。待たせちゃってごめんね」
「別に構いませんわ。それより、早く行きますわよ。時間は有限ですもの」
「あ、うん」
黒薔薇さんに言われて、私はすぐに靴を履く。黒薔薇さんの言う通り、時間は有限だ。早く訓練に出かけた方がいいだろう。
私は、お母さんの方を振り返る。まだ動揺しているが、その説明は帰ってからにさせてもらおう。
「お母さん、行ってきます」
「あ、ええ、行ってらっしゃい」
それだけ言って、私は黒薔薇さんの方に向き直った。とりあえず、これで出かけることができる。
「それじゃあ、車に乗ってくださいな。あの車で、目的地まで行きますわ」
「あ、うん。わかった」
黒薔薇さんに促されて、私は車に乗る。外から見てわかっていたが、中がかなり広い車だ。
私のすぐ後に、黒薔薇さんも車に入ってきた。後部座席に二人で並んで座り、きちんとシートベルトを締める。
「さて、出発してくださいな」
黒薔薇さんの言葉を合図に、車は出発した。車の運転手も、恐らくプロなのだろう。とても、静かな発進だった。
「なんだか、すごいね……」
「すごい? 何がですか?」
「え? いや、こんな車、私に乗ったことがないから……」
「そうですの?」
色々なことに驚いている私に、黒薔薇さんは疑問を覚えているようだ。
黒薔薇さんにとっては、こういう車は普通の車なのだろう。だから、私が何故驚いているのか、理解できないのである。やはり、庶民とお金持ちの間には、それなりのギャップがあるようだ。
「そういえば、あなたはどうしてそのような格好ですの?」
「え?」
そこで、黒薔薇さんはそのようなことを聞いてきた。
私は、現在ジャージ姿である。その姿に、黒薔薇さんは違和感を覚えたようだ。
私がこの格好を選んだのには、理由がある。それは、これから行うのが特訓であるからだ。
「これから、特訓をするんだよね? だったら、動きやすい格好がいいと思ったんだ」
「あら? 魔女の特訓なのですから、別に動きにくい格好でも構いませんのよ」
「あ、そうなんだ……」
しかし、別に動きやすい格好でなくてもよかったようである。
考えてみれば、黒薔薇さんも戦いの時、そこまで激しい動きはしていなかった。魔女というものは、魔法を使って戦う。そのため、あまり動く必要はないのかもしれない。
「まあ、実戦を想定するなら、ある程度動きやすい格好である必要はあるかもしれませんわね」
「実戦……」
そう思った私だったが、その考えは黒薔薇さんの言葉で否定された。
どうやら、実戦ではある程度動きやすい格好の方がいいようだ。
そういえば、前回の戦いは、黒薔薇さんと捕食者の間に大きな差があった。だから、動かなくて済んだだけなのだろう。
「……黒薔薇さんは、制服なんだね?」
「ええ、制服ですわよ」
そこで、私は黒薔薇さんの服装に気づいた。黒薔薇さんは、制服姿なのだ。
よく思い出してみれば、最初に会った時も制服だった気がする。暗いのと他に気にすることがあったため、定かではないがそのはずだ。
「どうして制服なの?」
「魔女には、時々集まりがありますわ。そういう時は、基本的にきちんとした格好で行くことが望ましいとされていますの。私は、基本的にそれを制服にしていますわ。そういう面もあって、私は普段から制服を着ることにしていますの。自分の中の決まりのようなものでしょうかね」
「なるほど……」
どうやら、黒薔薇さんは、自分の中で制服を魔女の衣装だと決めているようだ。
その感覚は、わからなくはない。何かする時、自分の中で何かを決めるということはよくあることだろう。
「あなたが言ったように、動きやすいというのも理由ですわね。私の服の中では、動きやすい方ですもの」
「そうなんだ……」
黒薔薇さんが制服を着ているのは、動きやすいという理由もあるようだ。
黒薔薇さんが普段どのような服を着ているのかは、よく知らない。だが、お金持ちであることから考えて、いい服を着ているはずである。
そういう服は動きやすいとはいえない気がする。高いこともあるが、デザイン重視で、動きやすいということはないはずだ。
だから、黒薔薇さんが制服を着ているのだろう。黒薔薇さんの中では、制服は動きやすい服なのだ。
「あれ? そういえば、魔女の話って、運転手さんに聞かれてもいいの?」
そこで、私はそのことに気づいた。先程から、魔女のことを言っているが、まずいのではないだろうか。
魔女のことは秘密だったはずだ。それを運転手に聞かれてもいいのだろうか。
「別に、問題ありませんわ。運転手も千堂院家の使用人、私や魔女のことも知っていますわ」
「あ、そうなんだ」
しかし、そのような心配はいらなかったようだ。
よく考えてみれば、黒薔薇さんがそのようなことを考慮しないはずはない。私が気にする必要などなかったのである。
「それに、仮に知られて駄目でも、記憶を消せばいいだけですもの」
「えっ……」
私がそんなことを考えていると、黒薔薇さんはとんでもないことを言ってきた。
いくらなんでも、聞かれたから記憶を消すというのはすごい考え方ではないだろうか。そんなに気軽に、人の記憶は消していいものではないはずだ。
だが、恐らく黒薔薇さんは本気で言っている。その自信に満ちた態度が、私にそう思わせてくるのだ。
「あら? もう目的地に着きましたわね}
「え?」
黒薔薇さんの言葉に、私は驚いた。どうやら、色々と話している内に、目的地に着いたようだ。
私は、窓の外を少し見てみる。すると、目の前には山の入り口のようなものが見えた。
恐らく、ここが目的地なのだろう。山なら、誰にも見られることもないはずだ。そういう面から、魔女の特訓には最適な気がする。
「その山は、千堂院家の私有地ですわ。だから、自由に使うことができますの。当然、人払いも施しますから、人が来ることもありません。正に、魔女の特訓に最適な場所ですわ」
窓の外を見る私に、黒薔薇さんはそう説明してくれた。
やはり、ここは魔女の特訓に最適な場所であるようだ。
「さて、それでは行きますわよ」
「あ、うん」
黒薔薇さんに言われて、私は車から降りる。いよいよ、私の魔女の特訓が始まるのだ。
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