第4話 昼食へのお誘い

 私は今日も、学校に来ていた。

 昨日、黒薔薇さんと色々と話した結果、私は魔女になることになった。その特訓の約束もしたが、それは今度の休みに行うことになっている。そのため、それまでは普通に学校に通うのだ。

 ただ、頭の片隅にはずっと魔女の特訓のことが残っていた。特訓の日まで、しばらくこの微妙な緊張は続くのだろう。


「総、お弁当食べようよ」

「あ、うん」


 昼休みになって、友達の雷菜ちゃんが話しかけてきた。私はいつも、雷菜ちゃんと教室でお弁当を食べるのだ。

 昨日は、黒薔薇さんと話し合わなければならなかったため、一緒に食べられなかった。だが、今日は特に問題はないので、一緒に食べることができるだろう。


「あ、雷菜ちゃん、少し待ってもらってもいいかな?」

「うん? どうかしたの?」

「ちょっと、黒薔薇さんに声をかけてみようかと思って……」


 しかし、私はそんな雷菜ちゃんを少しだけ引き止めた。黒薔薇さんに、声をかけようと思ったからである。

 黒薔薇さんは、いつも一人でお弁当を食べている。せっかく知り合えたので、そんな黒薔薇さんを誘おうと思ったのだ。


「うーん……」

「雷菜ちゃん?」


 だが、私の言葉に雷菜ちゃんは少し渋い顔をした。黒薔薇さんを誘うことに、何か問題があるのだろうか。

 雷菜ちゃんは、誰とでも仲良くなれる人だ。そんな雷菜ちゃんが、このような顔をすることは驚きである。


「どうかしたの?」

「いや、黒薔薇さんはやめておいた方がいいと思うよ」

「え?」


 そこで、雷菜ちゃんはそのようなことを言ってきた。この発言が、雷菜ちゃんから出てくることは本当に驚きである。

 雷菜ちゃんが、ここまで言うのだ。きっと、何か理由があるのだろう。そうでもなければ、雷菜ちゃんがこう言う訳がないのである。


「どうして?」

「なんというか……孤独な人だから」

「こ、孤独な人?」

「ええっと……一人を好んでいるというか、他者を寄せ付けない人というか、そういう人だから……」


 私が聞いてみると、雷菜ちゃんはそのように言ってきた。どうやら、黒薔薇さんは一人を好んでいるようだ。

 そういうことなら、雷菜ちゃんがこう言うのも頷ける。黒薔薇さんを気遣って、誘わないように言っているのだ。

 それなら、誘わない方がいいのかもしれない。一人が好きであるというなら、誘うと迷惑な可能性もある。

 それにしても、雷菜ちゃんはやけに黒薔薇さんに詳しい。そんなに詳しいとは、まったく知らなかった。雷菜ちゃんと黒薔薇さん、何か繋がりがあるのだろうか。


「雷菜ちゃんは、やけに黒薔薇さんに詳しいね? 何か繋がりがあるの?」

「え? ああ、いや、これはあくまで私の考えだよ。だから、もしかしたら違うかもしれないね」

「え? そうなの?」


 私の質問に、雷菜ちゃんはそのように答えてきた。

 どうやら、先程までの言葉は全て雷菜ちゃんの推測であるようだ。

 それなら、黒薔薇さんが本当に一人が好きかどうかは、わからないということである。雷菜ちゃんの人を見る目は確かだと思うが、念のため聞いてみてもいいのかもしれない。


「それなら、一応誘ってみようかな……」

「あ、うん。まあ、一応誘ってみてもいいかもしれないね」


 とりあえず、私は黒薔薇さんを誘ってみることにした。黒薔薇さんが一人が好きかどうかわからないなら、聞いてみるだけ聞いてみようと思ったのだ。

 私は、黒薔薇さんの席の方に歩いて行く。すると、黒薔薇さんは少しだけ反応する。


「あら? どうかしましたか?」

「えっと、よかったら一緒にお昼を食べない?」

「申し訳ありませんが、私は一人で食事する主義ですわ」

「あ、そうなんだ。それなら、いいよ。ごめんね、邪魔して」


 私がお昼に誘うと、黒薔薇さんはその誘いを断ってきた。

 やはり、雷菜ちゃんの予測は正しかったようだ。黒薔薇さんは、一人が好き。このことは覚えておいた方がいいかもしれない。

 言うことがなくなったので、私は雷菜ちゃんの方に戻って行く。雷菜ちゃんは、申し訳なさそうな顔で私を待ってくれている。


「やっぱり、雷菜ちゃんの言う通りだったよ……」

「あーあ、ごめん。止めておいた方がよかったね」

「別に、雷菜ちゃんのせいじゃないよ。私が勝手に行っただけだし……」


 今回の件で、雷菜ちゃんに非は何もない。私が勝手に、黒薔薇さんを誘っただけである。

 私が、雷菜ちゃんの予想を信じていれば、このようにことにはならなかった。私が、変な期待をしなければよかっただけの話なのだ。


「黒薔薇さんは、ああいう人なんだよね。よくわからないけど、孤独を好むというか……まあ、他にも色々と変わっているんだよね」

「変わっている……」


 雷菜ちゃんは、黒薔薇さんのことをそのように称した。

 確かに、黒薔薇さんは普通の人とは違う。気高さや気品に溢れていて、とてもかっこいい人だ。

 そういう面があるから、一人を好むのだろうか。名家に生まれた故の誇りのようなものが存在しているのかもしれない。


「うん? 総? なんだか、私が予想したのと違う顔をしていない? なんか、かっこいいみたいなそんな顔しているよ? 」

「え? 違うの?」

「いや……黒薔薇さんは、そういう人ではないと思うよ。なんというか、面倒くさい人というか、そういう人だよ」


 雷菜ちゃんは、私の心を見抜いていた。やはり、雷菜ちゃんの人を見る目はすごいようである。

 ただ、雷菜ちゃんはやけに黒薔薇さんに対して辛辣だ。雷菜ちゃんがここまで言うのは、とても珍しいことである。


「あら? 総の思っていることは正しいですわよ? この子は、人を見る目がありますわ」

「え?」

「げっ……」


 私がそんなことを考えていると、後ろから黒薔薇さんの声が聞こえてきた。

 後ろを振り返ると、私のすぐ後ろに黒薔薇さんがいた。いつの間にか、こちらに来ていたようだ。


「く、黒薔薇さん? どうしてこっちに?」

「あら? あなたが私の悪口を言ってきたから、来たのではありませんか。そういうことを言うのは、褒められたことではありませんわよ」

「うっ……」


 黒薔薇さんは、雷菜ちゃんに対してそのように言った。

 それに対して、雷菜ちゃんは何も言い返せない。悪口を言っていたことは、悪いことである。黒薔薇さんの言い分は、全て真っ当だ。


「それに比べて、総はいい子ですわね」

「え?」

「私の本質をきちんと見抜いていますわ。気高い私の内面を理解していますもの……」


 そこで、黒薔薇さんは私を褒めてくれた。私が黒薔薇さんのことをかっこいいと思っていることは褒められることだったようだ。

 よくわからないが、そう言ってもらえることは嬉しい。雷菜ちゃんには少し申し訳ないが、私は少し喜んでしまっている。


「そういう所が面倒くさいんだと思うんだけど?」

「あら? まだ言いますのね……」


 そんな黒薔薇さんに対して、雷菜ちゃんは尚も悪口を口にした。

 こんな雷菜ちゃんは、本当に珍しい。普段なら、ここまで毒舌ではないはずだ。

 やはり、雷菜ちゃんと黒薔薇さんには何か関係がありそうである。黒薔薇さんの言葉も合わせて、私はそのように感じていた。

 だが、二人に一体どのような繋がりがあるのだろうか。普段はまったく話していないし、あまり関係があるとは思えない。


「というか、黒薔薇さんは総に何を吹き込んだの? この子に、余計なことを言っていないよね?」

「あら? 別に私は特別なことを言っていませんわ。当然のことを言ったまでですわ」

「当然のことって……」


 そこで、二人はそのような会話を始めた。なんというか、中身がよくわからない会話である。

 ただ、私はなんとなく察した。二人は、私が先日呼び出された時の話をしているのだ。

 そのことで、私の中で少しだけ予想ができてきた。もしかして、雷菜ちゃんと黒薔薇さんは魔女関係の知り合いなのではないだろうか。


「私としては、何故あなたが何も言わないのか、理解できませんわ。まさか、何も気づいていないという訳ではないでしょうし……」

「それは……」


 私が色々と思っている間も、二人の会話は続いていた。やはり、中身を隠すような会話だ。

 その会話だけで、二人が魔女関係の知り合いだと断定することはできない。だが、会話だけ聞いているとその可能性が高いように思える。

 しかし、それは私が魔女のことを知っているからそう聞こえるだけなのかもしれない。雷菜ちゃんがまったく別の会話をしていても、私の魔女への印象が強すぎて、そう感じているだけの可能性もあるのだ。


「……まあいいですわ。あなたが何を思っていようとも、私には左程関係ありませんもの」

「……」


 最後にそれだけ言って、黒薔薇さんは自身の席に戻って行った。

 そんな黒薔薇さんを、雷菜ちゃんは微妙な視線を向けている。色々と、思う所があるのだろう。


「……お弁当、食べようか」

「え?」


 私は、そんな雷菜ちゃんにそう切り出した。

 黒薔薇さんとの関係を、私は追及しないことにした。今ここで、それを追求するべきではないと思ったのだ。

 雷菜ちゃんが本当に魔女のことを知っているのか、それがわからない以上、追及するべきではないだろう。

 何より、なんとなくこの話をするべきではないと私の心が告げているのだ。これ以上追求すれば、何か大切なものが壊れてしまう。そんな気がするのだ。


「……そうだね。お昼休み、終わっちゃうもんね」

「うん」


 私の言葉に、雷菜ちゃんはそう返してくれた。

 その言葉により、先程までの微妙な空気は取り払われていた。ここから、いつも通りの私達だ。何も気にする必要はない。

 こうして私はいつも通り、雷菜ちゃんと一緒にお弁当を食べるのだった。

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