第2話 魔女の正体

 千堂院黒薔薇さんは、私のクラスメイトである。長い黒髪で背が高く、胸も大きいのが特徴の女性だ。

 だが、最も特徴的なのは、その口調だろう。丁寧な口調なのだが、どこか尊大な言葉遣いをしているのだ。

 なんでも、千堂院さんの実家はお金持ちらしい。そのこともあって、そういう口調なのではないかと、クラスでは噂になっている。

 そんな特徴的な口調もあって、私は目の前の魔女を千堂院さんだと思っているのだ。恐らく、間違いないはずだろう。


「……よく」

「え?」

「よく私の正体を見抜きましたわね」


 私の言葉を受けて、千堂院さんはそのように返してきた。とてもわかりやすかったと思うのだが、本人はまったくそう思っていなかったようだ。

 それにしても、千堂院さんはやけに素直にそれを認めてくれた。仮面で顔を隠しているから、正体を隠そうとしていると思っていたのだが、ばれても別に問題はなかったのだろうか。


「千堂院さんのこと、知っていてもいいの?」

「ええ、別に構いませんわよ。どの道、あなたの記憶には何も残りませんから」

「え?」


 そう思っていた私に、千堂院さんはそのように言ってきた。どうやら、私の記憶は何も残らないらしい。

 それは、一体どういうことなのだろうか。いや、なんとなく察することはできる。しかし、一応聞いてみた方がいいだろう。


「それは、どういうことなの?」

「これから、あなたの記憶を消しますわ。だから、あなたに正体がばれていても、何も問題はないのですわ」

「そういうことなんだ……」


 私の質問に、千堂院さんはそのように答えてくれた。

 よくは知らないが、千堂院さんには不思議な力がある。その力を使って、記憶を消されるということなのだろう。

 それは、中々怖いことである。記憶を消されるというのは普通ではない。だから、恐怖を覚えてしまうのだろう。

 だが、同時にいいことのように思えた。このようなことを覚えていると、今後色々と不都合がありそうだ。これから普通の生活を送っていくためにも、こんな記憶は消してもらった方がいいのかもしれない。


「それじゃあ、色々と教えてもらった後、記憶を消してもらうとかできない?」

「あら? それは、どういう意味ですの?」

「いや、どうせ消されるなら、全部知ってからの方がいいかと思って。なんだか、もやもやするし、全部知ってスッキリした後、消してもらった方が私的には助かるんだけど……」


 そこで、私はそのようなお願いをしていた。そのお願いは、少々不躾なお願いかもしれない。

 しかし、私は知りたかった。あの怪物が何者なのか、千堂院さんが魔女とはどういうことなのか、色々と疑問がある。それを全て知って、スッキリしてから記憶を消して欲しいのだ。その方が、今の私の気分的にいいのである。

 だが、これは私の勝手な願望だ。そのため、千堂院さんに断られても仕方ないことなのである。


「中々面白い提案ですわね。それなら、全て話してから消して差し上げましょう。その方が、なんだか面白そうですわ」

「ありがとう、千堂院さん」


 私の提案に、千堂院さんは乗ってくれた。これで、色々と知ることができるのだ。それは、中々嬉しいことである。


「それで、何から聞きたいのでしょう? なんでも答えて差し上げますわよ?」

「それなら、あの怪物について教えてくれる?」


 千堂院さんの言葉に、私はそう返答した。

 まず知りたかったのは、あの怪物のことだ。あのこの世のものとは思えない怪物が何者なのかは、ずっと気になっていたことである。


「あれは、捕食者イーターという者達ですわ」

「捕食者?」

「ええ、あれは異界から現れる人間の魂を喰らう化け物ですわ。あなたもあのままでは魂を喰らわれていたでしょうね」

「そ、そうなんだ……」


 どうやら、あの怪物は捕食者というらしい。人間の魂を喰らう化け物、それは中々に怖いものである。

 しかも、あのまま魂を食べられていたかもしれないという情報は、私を恐怖させるのに充分なものだった。本当に、千堂院さんには感謝しなければならないだろう。


「それで、千堂院さんは何者なの? 魔女って言われていたけど……?」

「ええ、私は魔女ですわ。平たく言えば、捕食者と戦う者という所でしょうか」

「捕食者と戦う者……」


 次に私が聞いたのは、千堂院さんのことだった。千堂院さんは、魔女であり、魔女とは捕食者と戦う存在であるらしい。

 先程、千堂院さんは捕食者を見てもまったく動揺していなかった。それも、魔女として何度も対峙していたからなのだろう。


「千堂院さんは、すごいことをしていたんだね……」

「ええ、私はすごいことをしていますのよ」


 私の言葉に、千堂院さんはそのように答えてくれた。どうやら、千堂院さんも自身がすごいことをしてきたという自覚はあるようだ。

 さて、私が聞きたいことは聞くことができた。これで、色々とスッキリしたので、もう記憶を消してもらっても大丈夫だ。


「ありがとう、千堂院さん。これでもう聞きたいことは全部だよ」

「あら? もう終わりですのね。それなら、あなたの記憶を消させてもらいましょうか」


 私の言葉に、千堂院さんは少し物足りなそうにそう言ってきた。どうやら、まだ色々と話したかったようだ。記憶が消せるとはいえ、そんなに話したそうにしてもいいのだろうか。


「さて、それでは少し触れさせてもらいますわよ」

「あ、うん……」


 そこで、千堂院さんはゆっくりと私の頭に手を当ててきた。千堂院さんの温かい体温が額から伝わってくる。

 そのまま、千堂院さんの手は光り輝く。この光が、私の記憶を消し去ってくれるのだろう。

 あの怪物の記憶が消えることは、私にとってきっとありがたいことであるはずだ。だが、少しだけ残念な所がある。それは、千堂院さんとの記憶が消えることだ。せっかく、少しだけ仲良くなれたのに、その記憶が消え去ってしまうことだけは残念なのである。


記憶消去メモリー・デリート


 千堂院さんは、ゆっくりとそう呟いた。それが何かは、よくわからない。だが、それがきっと記憶を消す合図なのだろう。

 これで、私の記憶は消えるのだ。しかし、記憶が消えるとどうなるのだろうか。

 もしかして、塾の帰りということ以外、わからなくなるのだろうか。その場合、色々と混乱するはずである。

 だが、きっとでどうにかなるものなのだろう。多少記憶が抜け落ちても、そこまで変に思ったりはしないはずである。人間、よくわからないことはなんとかして納得させるものだ。今回も、そのようになるはずではないだろうか。


「……」

「……」


 そのように色々と考えていた私は、あることに気づいた。それは、私の記憶が中々消えないことだ。

 千堂院さんが言葉を放ってから、もう数秒程経っている。それなのに、私の記憶はまったく消えないのだ。

 もしかして、記憶が消えるまでは数分程かかるのだろうか。人の記憶を消すのだから、それなりに時間がかかってもおかしくはない。ただ、目の前の千堂院さんが少し疑問を覚えるような仕草をしたことが気になった。予定通りなら、そのような反応をしないははずである。


「……消えませんわね?」


 私の疑問は、千堂院さんのその一言で確信に変わった。どうやら、私の記憶は消えていないようだ。

 それは一体、どういうことなのだろう。記憶が消せないということは、よくあることなのだろうか。


「えっと、何か問題があるの?」

「ええ、少し待ってもらえますか?」

「あ、うん……」


 私の質問に、千堂院さんはそのように言ってきた。恐らく、千堂院さんも原因を考えているのだろう。

 ただ、千堂院さんは私の額から手を離さなかった。それも、何か必要なことなのかもしれない。


「……なるほど、なんとなく読めてきましたわ」

「何かわかったの?」

「ええ、詳しくはわかりませんが、大体わかりましたわ」


 そこで、千堂院さんは私の額から手を離しながらそう言ってきた。どうやら、私の記憶が消せない理由がわかったようだ。

 しかし、一体どのような理由で消せないのだろうか。まったく見当がつかない。

 だが、私がわからないのは当然のことである。千堂院さんがわかっているなら、それで大丈夫なのだ。


「それで、一体どうして私の記憶は消せないの?」

「どうやら、あなたの魔力はとても高いようですわ」

「魔力?」


 私の質問に、千堂院さんはそのように答えてくれた。しかし、その答えはよくわからない。

 魔力という言葉は、聞いたことがない訳ではなかった。魔法を使うために必要な不思議な力ということだろう。千堂院さんが魔女であるなら、そういうものが使えてもおかしくはないはずだ。

 だが、それが私の体に宿っていると言われると、まったく理解できない。そんなものが、私の体にあるのだろうか。


「それは、一体どういうことなの?」

「その説明は、少々長い話になりそうですわ。ですから、また今度にするとしましょう。いつまでも、こんな夜道で話すのはあまり良いことではありませんから」

「え? あ、それはそうだね……」


 私の疑問に、千堂院さんはそのように答えてきた。確かに、こんな夜道でいつまでも色々と話すのはまずいことだ。

 そのため、ここで一旦帰宅することはわかる。私にとっても、それは助かることだ。


「明日の昼休みにでも話しましょうか。私が声をかけますわ。それでいいですわね」

「あ、うん……」


 どうやら、魔力については明日の昼休みに話すらしい。それなら、今日はこれで解散で問題なさそうだ。


「あなたの家は近いのですか? よかったら、送っていきましょうか?」

「あ、大丈夫かも、よく見たら、もう目と鼻の先だから……」

「そうですか、それなら私はここから見ておきますから、安心して帰ってください」

「あ、うん」


 私の帰り道について、千堂院さんは心配してくれた。しかし、いつの間にか目と鼻の先であったため、問題はなさそうである。それに、千堂院さんもずっと見ていてくれるらしい。これは、かなり安心できることだ。

 こうして、私は家に帰るのだった。

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