罵TTEEE! ドM男と三人の美少女〜パーティーを追放された男、罵倒で超強化する特性で色々覚醒したので、キモがられながらも最強になります〜

川口さん

第1話

「お前はクビだ、ダニエル」


 王都の宿屋で、ルークにいきなりそう切り出されて、俺はびっくりした。


「じょ、冗談だろ、ルーク? なんでクビなんだ? 今まで楽しくやってきたのに」

「楽しくやってきただ…… ?」


 急にルークの目が鋭くなる。


「使い物にならねえ奴が良く言うぜ! お前はろくに魔法も使えない。それに、誰もが持ってるはずの特性もねえ。おまけに頭まで悪いとか…… さっさと出て行け、穀潰し野郎。これからはジェニファーと二人だけでやっていく」

「そうそう。あんたみたいな無能、いらないのよ」


 金髪の美少女、ジェニファーは周りに飛ぶ羽虫にでもするように、空中を手で払う。もちろん、羽虫とは俺のことだ。


「そういうわけだ。あばよ、役立たずのダニエル君」


 この短い問答によって、俺は三年間籍をおいていた、勇者パーティーから追放された。


 去り際に、「やっと消えてくれた、あのくそ童貞」ジェニファーの声が聞こえ、なんとも言えない熱いものが胸にこみ上げてきた。そういえば、こんな酷い言葉をかけられるのは生まれてこの方初めてだ。


 元々、俺は昔のよしみでルークと二人だけで冒険をしていたのだ。その時は楽しくやれていた。お互い、小言の一つもなかった。

 だが、ジェニファーが途中で加入してから、なんとなく雰囲気が変わっていた。あの女がルークをそそのかしたに違いない。


「確かに自分に無能の自覚はあったよ! 特性もないし! でも、ちょっと可愛いからって、友情よりも、たった数ヶ月の女を選ぶなんて! まじ許せねぇ!」


 ちなみに、特性とは一人につき一つ備わった、特殊な能力のことである。一説では神が与えてくれた御加護とも言われている。

 ルークの特性は魔力強化EX。全ての魔法の威力を大幅に上げるという、まさに最強の特性だ。

 対する俺は、なぜか特性を持ち合わせていない。無能の中の無能。神から見放された存在だ。


 というか、今は恨み言を言ってる場合じゃない。

 世界でも最強と名高いパーティーで、腐るほどあった収入。それがゼロとなった。荷物をまとめる暇もなかったのだ。


 俺は王都を抜け出し、故郷へ続く林道を歩いていた。泊まる場所もないから、実家に戻るしかない。最強になると意気込んで出て行ったのに、親にはなんとどやされるだろう。


「帰ったら、どうやって働くか……」


 俺は大きくため息をついた。まだ二十八歳だから、簡単な肉体労働くらいならできるが……

 色々考えていく内に、この先の不安に押しつぶされそうになる。


 そんな時だった。


「きゃー!」


 普通じゃない、女性の悲鳴が聞こえてきた。


「な、なんだ?」

「誰か! 誰か助けて!」


 俺は急いで声の方へ走った。


 やぶをかき分けていくと、女性の姿が見えた。ゾッとするような醜い人形をした、ゴブリンと一緒に。だが、あれは低級の魔物だ。

 これなら俺でも倒せる!


「待て! その子には指一本ーー」


 颯爽さっそうと藪から飛び出した俺は固まった。

 一体だけではない。でこぼこした緑の小さい頭は、見た限り数十個は並んでいたのだ。


「え、こんなにたくさん!?」


 俺は思わず叫んでしまう。そのせいで、ゴブリンの黄色く鋭い視線が一気に集まった。


「そこのお方! た、助けてください!」


 女性が俺の方に気づいた。


「え、いや…… 俺は……」

「胸に付けてるそのワッペン! ルーク様のパーティーの方ですよね! お願いします! お金ならいくらでも払いますから!」


 うっかりしていた。同じパーティーの証であるワッペンを外していなかったのだ。 


「ち、違うんだ。俺は…… そんなんじゃなくて……」

「ググググ!」


 突然、群れの内の一体だけがこちらに突っ込んでくる。一つの躊躇ちゅうちょもない。

 

「一体だけしか来ないって! 俺ってそんな雑魚だと思われてるの!?」


 普通は睨み合いが続く場面じゃないのか!

 って、驚いてる場合じゃない。とりあえず向かってくるやつだけでも倒さないと。


「ちょ、ちょっと待て! まだ、魔法の準備が!」


 呪文を唱えると現れる魔法の型ーー 魔法陣に体内の魔力を注ぎ込んで初めて本物の魔法となる。これが魔法の仕組みだ。

 だが、残念なことに、俺は初級魔法ですら発動に時間がかかる。猛進なんかされたら、間に合わない。


「嘘だろ…… 俺、こんなところで死ぬのか……」


 なんだか世界の動きがゆっくりになる。そして、頭には昔の数々の思い出が、コマ送りのように流れてきた。よく見れば、そのどれもが俺が足でまといになっているシーンだ。

 走馬灯って奴か?


 もう終わりだ。俺はここで死ぬんだ。仲間にバカにされ、そして、その日のうちに低級の魔物に殺される。


「グギギギィ!」


 ゴブリンはもう目の前。


「まあ、俺にふさわしい最期かもな……」


 俺は自嘲気味に笑う。もうどうでも良かった。


「え、嘘…… ゴブリン一体も倒せないの? あいつ、よりによって、勇者パーティーの偽物!? 無駄に期待させておいて……」


 女性の声がはっきりと聞こえてくる。


「最低」


 その声が、妙な熱を持って俺の心に響き渡った。


「この感じ……」


 最低? 今俺は罵倒されたのか? しかも、心からの罵倒。

 落ち込むべきところなのに。なんだこの感覚は。力が湧き上がってくる。


「うおおおおおおおおおおお!」


 魔力が身体からほとばしる。同時に見覚えのない呪文が頭に浮かんできた。


被虐趣味者の暴発マゾ・ブラスト


 唱えると、てのひらから魔法陣が展開され、そこからピンク色の光がゴブリンの群れを飲み込んでいった。


 

「や、やったのか…… ?」


 視界を埋め尽くしていた、毒々しいピンクが消える。俺は目を細めて、奥の様子を見た。


「いや、ピンピンしてる!?」


 数十いたゴブリンは、そのまま同じ場所にいた。しかも、かすり傷一つついていない。

 まさか、見た目全振りの、クソ雑魚魔法だったのか!?


 しかし、何か様子がおかしい。


「ハァハァハァハァ!」


 ゴブリンたちは突然興奮したように、大きく肩を揺らし、荒い呼吸をし始めたのだ。そして、次に起こった奴らの行動は、常軌じょうき逸していた。


「グゥッ!」


 一体が、棍棒でもう一体を叩き始めたのだ。すると、やられた方が同じことをやり返す。他の奴らも、もれなく同様のことを始めた。


「一体何が……」


 おかしい点はそれだけじゃない。

 叩かれたゴブリンは、ひどくうっとりした顔をしているのだ。まるで棍棒こんぼうで殴打されるのを喜んでいるような。


「ハァ! ハァ!」

「グゥッ! アゥッ!」

「ウゥ! イエスッ!」


 ゴブリンの叩き合いは数分で終了した。全ての個体が地面に倒れ、伸ばした足をピクピクさせている。

 俺はしばらくの間呆気あっけにとられていた。


「俺は何を見せられていたんだ…… そ、そうだ! 開け、俺のオープン・ザ・個人情報ステータス!」


 俺が唱えると、目の前に俺の能力値が載ったステータス画面が表示された。この世界では誰もが使える光魔法の一種だ。


「な、なんだこれ!」


 画面の内容に、俺は目を疑った。


「全部の能力がけた違いに上がってる…… ま、待てよ、今までの俺の魔力は10だったはず。1万ってなんだ…… ?」


 見たところレベルは上がっていない。なのに、HPから魔力まで、ステータスが軒並み上昇しているのだ。そんなこと、普通はありえない。

 確か、最強と言われるルークの魔力が7万くらいだったはず。


「ルークには及ばないが、これなら上位のパーティーに引っ張りだこのレベルだぞ!? なんで、こんなことに……」

「あ、ありがとうございます、命の恩人様! 私シェリーって言います! あんなすごい魔法を使えるなんて、さすがはルーク様のパーティー!」


 さっきの女性ーー シェリーはさっきと打って変わって、こびるように俺をたたえる。


「え、いや…… 俺は別にそんなんじゃ……」

「お願いです、私もあなた様のパーティーに入れてくれませんか? 絶対あなた様のお役に立って見せますから! あなた様は最高です! 顔もかっこいいし!」


 シェリーは俺の両手を握ると、その美しく整った顔を近づけてきた。銀色の髪がふわりと揺れて、甘い香りが鼻に届く。


「うへへ、悪い気はしないな」


 言いながら、ふとステータス画面に目を戻した時だった。


「あれ!? 俺のステータスが!」


 俺は二度見、三度見した。だが、表記された数値は一向に変わらない。

 

「元の数値に戻ってる!? な、なんで!?」

「あ、あの、どうかなさいましたか。愛しの勇者様」

「あ、いや、ダニエルでいいよ。それが、俺のステータスがーー 嘘!? また減ってる! ていうか、元の数値より低くなってるぞ!?」


 画面に映し出される1。HPから魔力に至るまで全てが1に下がっていた。これでは赤子と同じレベルではないか。


「まさか……」


 俺はハッとして、シェリーの方を向く。

 俺のご都合的に明晰めいせきな頭脳は、この一瞬間で、ある法則性を導き出していた。


「なあ、俺をののしってくれないか?」

「は…… ?」

「頼む! なんでもいいから俺を馬鹿にしてくれ!」


 俺は顔の前で両手を合わせた。

 あまりの急展開に、シェリーは視線をさまよわせる。


「えーっと…… あんまりモテなさそうな顔ですね。平凡以下って感じ」

「うぐっ!」


 俺は胸を抑えて、そのままうずくまる。

 突き刺されたような鋭い痛みと同時に、例の熱い感覚がした。ゾクゾクして、まるで体内の血が沸騰でもしているような感じだ。


「だ、大丈夫ですか? ダニエル様」


 シェリーは膝を曲げ、恐る恐る俺の顔をのぞいてくる。


「もう一回だ」

「え、もう一回?」

「早く、俺を罵ってくれ!」

「わ、わかりました…… えっと、頭大丈夫ですか? さすがに、ちょっと気持ち悪いですよ?」

「ぐあっ!!!」


 俺は再びうずくまる。呼吸が早くなっていく。


「あの、ダニエル様?」 

「ふふ、ふふふふふふふ」

「え…… ?」

「ふはははははは! そういうことか! わかった、全てわかったぞ!」


 俺は勢いよく立ち上がった。


「あの、ダニエル様?」

「どうしたんだい、愛しのシェリーちゃんっ」


 俺は唇を思い切り突き出し、投げキッスをお見舞いしてやった。


「うわっ、なに? きも」

「ああっ!!! いいぞ、その響き……」


 俺はおかしくてたまらなかった。痛いはずのそれに、無上の快感を見出していたのだ。

 今まで罵詈雑言ばりぞうごんを受けたことなどなかったから知らなかった。この特性を、そして、この性癖を。


「俺はドMだったんだ…… ! これが俺の真の能力だったんだ! ふははははは! 痛気持ちいい! 最高の気分だ!」

「えっと、やっぱり私、ここら辺で……」

「だめだよ、シェリーちゃん。同じパーティーに入るって、頼んだのは君の方だろ? ベイビー? かわい子ちゃんなら、誰でもウェルカムだよ」


 シェリーは何も言わず、ただ引きつった笑みを浮かべていた。


 そうして、俺は自分の特性:ドMをようやく発見したのだ。


 この特性は相手に罵られることにより、一時的に全ステータスを大幅に上げるものだった。その時間は体感でせいぜい二、三分。だが、その一瞬で大抵の敵は倒すことができる。

 ただ、途中で褒められたりすると、ステータスはめちゃくちゃ下がるのがたまに傷だ。

 

 俺はその能力を駆使して、各地から罵り仲間を集め、新設したパーティー(名は、俺のハーレム)の勢力を広げて行った。その活躍は目覚ましいもので、たったの二年でルークの勇者パーティーと肩を並べるほどに。


 逆に、彼のパーティーの成長は止まっていた。何があったかは知らないが、それはちょうど俺がパーティーを抜けた日からだ。


 ある日、ルークから手紙が届いた。

 内容は、『最近調子に乗ってて気に食わないから、ボコボコにさせろ』というようなものだった。ちゃんと読んでないが。

 正直、俺も彼に会いたかったから、早速指定された村の外れに向かった。


「来やがったか、ダニエル。くそ雑魚のくせに、この二年間、随分調子に乗ってたみたいだがーー」


 ルークの表情が固まる。


「なんだその格好……」

「え、きもっ。噂には聞いてたけど、どんな趣味してんのこいつ…… 頭おかしいんじゃないの?」


 ジェニファーは不快感をあらわにし、容赦なく俺を罵倒してくれる。


 二人の感想はもっともだ。

 何せ今の俺は、側からみれば女性用の下着を身につけた、ただの変態なのだから。この布面積の狭さにも、パンツの異様なもっこり具合にももう慣れた。


「おやおや、酷い言われようだね…… だが、悪くない」

「え、性格まで変わってるんですけど…… パーティー追い出されて、精神病んじゃったの?」

「何とでも言うがいい。だが、覚えておくことだ。俺を馬鹿にしたことを後悔することになるとな」


 俺はかっこよくそう言い放つと、戦闘の構えをとった。


 一応説明しておくと、両脚を交差させ、つま先立ちになり、これまた交差させた腕を天高く伸ばす。これが俺の構え。上体を少し後ろにそらし、横から見たときに弓のような形をしているのがベストだ。


 因みに、この構えにあまり意味はない。ただ、こうすると面白いくらいに、周りから気持ち悪がられるのだ。


「で、でた! 自称、魅惑のポーズ! 自分がキモいって自覚してないのヤバすぎ! 何回言えば自覚するのよ、このど変態! ていうか、脇毛の処理くらいしろ!」


 シェリーちゃんが罵る。二年間一緒にいたからわかることだが、あれは本音だ。


「さすがはシェリーちゃん。今日も今日とて、抜群のトゲトゲしさだ。美しい花にはトゲがある。君は薔薇だ。そのなまめかしい唇は、さしずめ薔薇の花弁と言ったところかな? 戦いが終わったら、たっぷり堪能してあげるよ」

「うぅ…… 毎度のことなのに、どうしてこんな悪寒が……」

「ねえ。いつになったらその気色の悪い性格は治るの? この二年、毎日言ってるのにどうしてわかってくれないの? 馬鹿なの?」


 平坦な口調で罵るというトリッキーな小技を見せるのは、黒いロングヘアーのレイラちゃんである。


 彼女との出会いは、一年半前。俺がとある貴族同士のいざこざを一瞬で解決したのだが、その時貴族の主にぜひ娘をもらって欲しいと言われ、俺は快諾かいだくした。

 彼女もパーティーに入ってから数分は、俺のことを本気で婚約相手と認識していたに違いない。しかし、すぐさま俺の本性が明らかになり、さりとて今更家に戻るわけにもいかないため、今に至る。彼女は俺を更生させようと、日々努力している。


「気持ち悪いです。地獄に落ちて欲しいです。子供にこんなの見せるなんて、人間じゃないです」


 肩まで伸びた金髪をした八歳の少女、サラちゃんが一番辛辣だ。


 彼女は、凶暴化したドラゴンの襲来によって壊滅しかけた村から救い出した子だった。身寄りがなかったため、俺が引き取った。

 当初は、俺のことを尊敬し、お兄ちゃんとまで呼んでくれていたが、今ではこの体たらく。まあ、俺が散々彼女を幻滅させるような事をしたのだが。最近では俺のことを「キモいの」と呼んでいる。


「レイラちゃん、サラちゃん。それは少し酷すぎやしないかい? まあ、それもまた俺の力になるんだけどね。言ってみれば、俺にとってこれは君たちの愛そのものーー」

「キモいからこっち向くなです」

「いいね、サラちゃん。今のは効いた」


 俺はフラフラと頭を揺らし、それから色っぽい吐息と共に、真面目腐った顔でウィンクをくれてやった。

 「うわ」という声を上げて、サラちゃんは後ずさりした。そして、いつものように、シェリーちゃんが慰めるようにサラちゃんの背中をさする。

 

「おいおい、仲間にまで嫌われてるじゃねえか。なんだ、こいつら金目当てで集まったのか?」

 

 ルークが嘲笑する。


「ふっ、お前は何もわかっていない。あの子たちと俺は運命の赤い糸で、お互いの身体をがんじがらめ、いや、きっこうしばーー」

「話が長い。早く終わらせろ変態」

「了解、レイラちゃん」

 

 俺は澄ました顔で、また鼻をふっと鳴らした。

 日々、こんな罵詈雑言ばりぞうごんを浴びていれば、常人なら今頃心がズタズタになっているだろう。だが、俺は真性のドM。全てごちそうだ。


「かわい子ちゃんたちが待ってるんでね。悪いけど、あんまり長くは遊んでいられないよ?」

「どこまでも気持ち悪い奴め! 二度と調子に乗れないようにしてやる!」


 ルークはこちらに手をかざした。


凄い炎スーパーファイア!」


 詠唱と同時に、赤い魔法陣が俺の真下に出現する。半径五メートル以上の、おそらく最強クラスの魔法だ。

 だが、俺は一歩も動かない。


「来なよ。まあ、君がどんな攻撃をしようが俺はーー」

「喰らえええ!」

 

 猛炎が地面から噴き上がった。俺の視界は瞬く間に、まばゆいオレンジに覆われる。


「馬鹿め。モロに俺の魔法を喰らうなんて。とんだ死にたがり。虚仮威こけおどしもいいところだぜ」

「困るな、ルーク君。他人の話は最後まで聞いてくれないと」

「なっ!?」


 ルークは目をひんいて俺を見る。

 それもそうだろう。あれだけの魔法が直撃したのに、俺は最初の構えから微動だにしていないのだから。


「どうなっていやがる!」

痛いのがペイン・気持ちいいコンバージョン。どんな痛みも快感に変換する魔法。君の攻撃は無意味だ、ルークきゅんっ」

「な、なんだよ、それ……」

 

 ルークの俺を見る目が変わった。侮蔑ぶべつから、得体の知れないものに直面した恐怖へと。


「これで終わり? なら、次はこっちから行かせてもらうよ」

「くそ! ふざけるな!」

 

 ルークは我に帰ると、「ファイアアロー」と叫んだ。上空に太陽の如く魔法陣が現れ、そのから無数の火の矢が飛来する。これもまた、レベルの高い魔法だ。


「まったく、学ばないね」


 俺はさらに上体をひねり、降り注ぐ矢に角度を合わせる。自ら当たる面積を増やしたのだ。


 灼熱の雨が、容赦なく俺の全身に打ち付けた。その度に襲ってくるはずの激痛が、刹那の停滞もなく至極のよろこびへと変換されていく。まさにドMを象徴するような魔法だ。


「ああ、気持ちいい!」

「嘘だろ? 本当に効いてないのか…… ?」

「何も学ばない君には失望したよ。もういい、終わりにしよう」


 その前に、俺は一度体内時計を確認した。

 

「最後に罵倒を受けてから二分か……」


 少し遊び過ぎてしまった。これでは、いつドMの効果が切れるかわからない。

 俺は姿勢を変えず、首だけを一人の女性に向けた。


 「ジェニファーちゃん」

 「な、なに?」


 まさかこの場面で話を振られると思ってなかったのだろう。ジェニファーの表情は固い。


「実は初めて会った時から君が好きだった。特にその身体のライン。毎日、君の美しいシルエットを頭に思い描いていた。この戦いが終わったら、俺と結婚して欲しい」

「は? こいつまじでどんな思考回路してんの? お願いだから、その口二度と開かないで」


 その罵倒は、俺の耳に届くなり甘美な旋律せんりつへと変換された。

 これだ! 俺はこのために、二人と再会する気になったのだ!


「ああっ! 良い! すごく良い! その一見単純なはずの言葉の羅列に伏在ふくざいする黄金比、そして、名だたる音楽家をもうならせる絶妙なアクセントの付け方! 俺が思っていた通り、君は世界一の罵倒士だよ!」


 俺はあまりの快感に、身体をくねらせる。

 俺の特性は罵倒の質が高いほど、ステータスが上がるのだ。そして、ジェニファーちゃんの罵倒は常人のそれを遥かに超越した、至極の一品である。


「受けるがいい。みんなが俺に託してくれた気持ちを!」

「誰も何も託してないわよ! この自惚れ頭!」


 シェリーちゃんの横槍が、さらに俺を強くする。


被虐趣味者の暴発マゾ・ブラスト

「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ピンクのセクシーな奔流ほんりゅうが、ルークを襲う。


「あれ、どこも痛くない……」

 

 ルークは目をパチパチさせ、それから自分の全身をくまなく見回した。


「なんだよ、どうもなってねえじゃねえか! びっくりさせやがって! 結局見た目だけで、中身は雑魚のまんまってわけか!」


 ルークは腹を抱えて笑う。


「それはどうかな?」

「何が、"それはどうかな"だ! 調子になった罰だ! ここで消えろ! スーパーファイナルファイーー」

 

 手をかざしたルークは、魔法を中断する。そして、そのまま動きを止めてしまった。


「ぐっ…… 身体が…… なんだ、この感じ……」

「どうしたの、ルーク? 早くとどめを刺してよ!」

 

 ジェニファーが叫ぶ。


「いや、そうしたいんだが身体が…… どうなってるんだ!」

「ふっ。ルークきゅぅぅぅん、まだわからないのかな?」

「どういうことだ! 俺に何をした!」

「慌てない慌てない。すぐに教えてあげるから」


 そう言うと、俺は初めて構えを解いた。この行為が意味するのは、すなわち俺の勝利。

 身動き一つしないルークに、俺はゆっくりと詰め寄る。右手にムチを持って。

 

「ハァハァ…… 何をする気だ!」

「これで君を叩くんだよ」


 「こんな風にね」と俺は近くにあった、木の幹を一発叩いてやった。小気味良い音が返ってくる。

 再びルークの方を向くと、彼は顔を赤らめ、既に息を荒くしていた。その瞳の中には、強い欲求が渦巻いている。効き目は十分だ。


「や、やめろ! そんなことをしたって、俺はーー」

「ほらっ!」


 有無を言わさず、俺はルークの尻を軽く叩いてみる。


「あぅん!」


 ルークは身体をよじらせ、未だかつて聞いたことない声で鳴く。


「いい声で鳴くじゃないか。これが欲しかったんだろ? ほら、もう一発」

「いひぃん!」


 ムチの乾いた音の後に、ルークのだらしない悲鳴がこだまする。

 こういうのは俺の趣味じゃないが、たまには酔狂すいきょうなこともするのが人間だ。


「な、何が起こってるの……」


 尋常でない出来事に、ジェニファーはすっかり困惑してしまっている。


「ほら、ジェニファー。君の大事なルークがこんなはずかしめを受けて、大喜びしているぞっ!」

「ち、違う! 俺はそんなーー うわおっ!!!」


 調教を始めて数分。

 ルークは地に伏し、身体をビクビクと痙攣けいれんさせていた。


「楽しんでもらえたかな?」

「おっ、おれは…… ハァハァハァハァ」

「まともに喋れないほど気持ち良かったか。すっかりドMの仲間入りだ」


 俺はそれだけ告げると、遠くの夕日に視線を転じた。


「これがあの日、俺が受けた恥辱ちじょくだ。それをわかってもらえたかな?」

「いや、ご褒美もらってただけじゃん……」


 シェリーちゃんのジト目がこちらを向く。


「ご名答! さすがはシェリーちゅぁん」

「二度と私の名前呼ばないで」

「ルークくん。これは俺からのささやかな恩返しと思ってくれていい。君が追放を決意してくれなくては、今の僕は存在していなかった。ああ、お礼はいらないよ。人として当然のことをしたまでだ」

 

 ルークは奇妙なあえぎで答える。

 いまだに快感の波にもまれているらしい。これはしばらく起き上がれないな。


 憎き相手にこんな奉仕してやるなんて、俺は最高の人間だ。俺は彼に背を向けると、ゆっくりと歩き出した。


「さあ、帰ろう。可愛いガールたち」

「今日の気持ち悪さは、今まででダントツね。私なら恥ずかしくて死んでた。本当、よくできるわよね」

「きもかった。あなたの心理状態が理解できない。なぜ、そんなことを平気でできるの? もしかして、おかしいのは私の方?」

「できればボコボコにされて欲しかったです。怪我の一つくらいしろです。回復ならいくらでもしてやるですから」


 みんなからのねぎらいの言葉が気持ちいい。


「まったく、俺は幸せ者だ」

 

 

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罵TTEEE! ドM男と三人の美少女〜パーティーを追放された男、罵倒で超強化する特性で色々覚醒したので、キモがられながらも最強になります〜 川口さん @kawaguchi_san

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