第17話

兵士として、人として有り得ない。一般人を巻き込むという大罪を犯してしまった。王都フェーロウルベに帰ったらただじゃ済まないだろう。終わったな。だが仲間は救えた。それだけでも...。

刀夜は仲間と地位を天秤にかけると、必ず仲間の方が重くなる。当然だ。刀夜にとっては今の地位である副団長は彼の実力に付いてきた副産物に過ぎないのだ。

そんなことを考えながら隊の先頭で平原を走っていると行く手に人影が見えた。旅人か何かだろうと思いそのまま走っていった。しかし、その人間はとある剣士だった。


「草刈刀夜!待っていたぞ。」

その声の主は千草の兄、古賀大樹だった。アウリウルベの制服に身を包み、剣を腰に身につけていた。正確にはアウリウルベの制服ではない。アウリウルベの制服のデザインをしてはいたが、色が違った。よく見る制服は青が基調の制服だが、大樹が身にまとっている制服は濃い紫だった。


「大樹さん、なぜここに!?」


「お兄ちゃん、何してるの?」

刀夜と隊の中盤にいた千草が大樹に訊いた。


「逃走中にすまないが、ここでお前に決闘を申し込む。お前が勝ったら素直にフェーロウルベに帰してやろう。だが、負けたら...」


「負けたら?」


「死んでもらおう」


「あなたたちは最初から何が目的だったんですか?」

刀夜はずっと疑問に思っていた。フェロマールから任務について聞かされた時から。ずっと考えていた。しかしとうとう答えを導き出すことはできなかった。


「それはお前に負けたら教えてやる。」


俺は近衛兵団の副団長。その名誉にかけて負けることは許されもしない。だが負ける自信はさらさらない。

なぜなら大樹はシュヴァリエでもそこまで強い剣士ではなかったからだ。

シュヴァリエ最強の俺が打ち倒してやる!アウリウルベ!今に見ていろ。


「その勝負、乗りましょう」


「ちょっと、先輩!お兄ちゃん!」

千草のその声は、二人の男の耳には届かなかった。千草が刀夜の腕を掴んで引き留めようとするも、刀夜は優しく千草の手首を掴み、腕から離した。


「先輩が負けるわけないんだからね!」

無視された千草は大樹に向かってそう言い放った。千草の心の中は複雑だった。大切な兄と最愛の人、その二人が目の前でぶつかり合い、片方が散る。そんなことなど考えられなかった。そのような気持ちからか、表情は苛立っているようにも見えた。


大樹は刀夜に背中を向け数歩歩いた。それを見た刀夜も大樹と同じ動作をした。これが決闘の礼儀であり、誰もがもう始まると思った。

大樹が指を鳴らした。すると、刀夜と大樹の周りに数十人の黒ずくめが召喚された。近衛兵団は刀夜の身の危険を感じて抜刀し、黒ずくめに刃を向けた。それを大樹は静止した。


「何も危険はない。ただ決闘を取り持ってもらうだけだ」


魔術師か?

刀夜は黒ずくめをそう感じた。


そう言われた団員たちは、その黒ずくめの後ろに剣を持ったまま並び、刀夜と大樹、黒ずくめを囲んだ。


「そうだ。千草、前に来なさい」

大樹は千草を前列に呼んだ。黒ずくめが人一人分のスペースを空け、千草をそこに入れた。千草は両手を固く結び、刀夜の勝利を祈っていた。

兄が負けても誰も死ぬことはないから。刀夜が勝てば全てが分かるから。


「古賀大樹、草刈刀夜の決闘を開始する!」


その合図を聞いた二人は向かい合い、剣を握った手を顔の前に持ってきて、剣先を空に向けた。決闘の礼だ。


「始め!」


合図とともに刀夜は速攻をかけた。刀夜の一撃目二撃目は剣で止められた。しかし、三撃目の突きは大樹の制服を斬った。


「おっと危ない」

と大樹は言って横ステップで刀夜から離れ、外から大きく斬りかかってきた。刀夜はそれを片手で緩衝したが、思っていたより威力が高く、ノヴァが弾かれて危うく自分の肌を斬るところだった。だが大樹の攻撃は隙が大きかった。隙に入り込むように刀夜は剣を振るった。


「フォレストサンダー!」

大樹は攻撃されそうになったその一瞬の間で魔法を使った。雷属性攻撃によって刀夜は後ろに吹き飛ばされた。


思わず千草が「先輩!」と声を漏らすと一斉に黒ずくめの視線が千草に向けられた。


「大丈夫だ、なんともない」


「いつまでそう言っていられるかな?」

大樹がニヤリと笑った。

その瞬間、刀夜は再び大樹に叫びながら向かって行った。


雷炎剣ノヴァボルト!終わりだ!」


刀夜がこの三年間で創り出した技のひとつ、ノヴァボルトを詠唱すると、愛剣ノヴァは雷炎を纏った。剣が敵に触れなくても、ある程度近づけば雷炎で敵を攻撃できる。刀夜は剣先を大樹に向け、突進して行った。大樹との間合いを一気に詰めると剣を振り上げ、大樹に攻撃した。だが、大樹には一切ダメージが入っていなかった。というより、剣を振れてすらいなかった。

ノヴァが動かない。ピクリとも動かないのだ。

黒い霧のようなものがノヴァから腕、そして全身を包んでいくように見えた。刀夜の視界を遮る。更にその霧は重く、苦しい。刀夜は何もすることができず、その場に倒れ込み、ついには苦しみのせいか、ノヴァを放してしまった。

ノヴァが地面から浮いていく。ようやく霧が晴れ、視界が良くなると、大樹の剣、そしてノヴァが刀夜の喉元に向けられていた。


「副団長に何をした!」

団員の一人が怒りだすと、周りの団員もつられて怒号を飛ばした。だがすぐに黒ずくめによって制止された。


「そんな...、先輩が負けるわけないって言ったじゃん。何で負けちゃうの?」


違う千草、これは俺の負けじゃない。明らかにこれは、相手の黒ずくめの魔術師が俺に呪術をかけていた。だから違うんだ。

そう思っていても負けたことは事実。信じられず、言葉が出なかった。


「さあさあ、草刈刀夜ぁ!死んでもらおうか?」


「待て。今のはお前の魔法、いや、呪術じゃないだろう」

大樹は、勝ち誇った顔で倒れている刀夜の顔を意地汚い表情で覗き込み、わざとらしく首を傾げた。


その時だった。

「許せない。例えあなたが私の兄だとしても!」


「駄目だ!行くな!」


団員の制止を振り払い、千草は剣を抜き大樹に斬りかかっていった。


「悠久の風、疾風斬!」

千草は上に高く跳躍し、魔法を詠唱した。が、魔法は発動しなかった。魔素切れだった。城内戦で魔法を多用してしまったせいで魔法の源である魔素がなくなっていたのだ。


刀夜の目には焦りを隠せない千草の顔が映りこんでいた。その顔はどこか悲しそうで、だが微笑んでいるようにも見えた。


ぺちゃっ


刀夜の顔に赤い液体が落ちる。その液体とは対照に、刀夜の頭は真っ白になった。

愛剣ノヴァが千草の胸を貫いていたのだ。

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