第14話

任務の三日前の夜、刀夜と近衛兵団団長であるブラッドリー=シンクレアは王都にある飲み屋にいた。団長は刀夜が生まれ育った地域とは全く別の地域で生まれ育ったベテランの剣士だったが、二人は友達のように仲が良かった。


「本当にお前の腕前はすげぇよな」

団長は少しずつ酒がまわり始め、気分が良くなったのか急に刀夜を褒めだした。


「最初にお前を見たのは入団式のあとの模擬戦だったな」


入団式後の模擬戦は新入団員には知らされておらず突然行われたものだった。しかしその時も刀夜はどの剣士よりも強かった。


「その時はお前だけ他の剣士と違う表情をしてたな」


「あの時は単純に自分の実力を試すのが楽しみだっただけです。しかもそれまでまともに剣を振ってなかったので」


刀夜は二年生の途中で学校を退学した。その後、近衛兵団に一応は入団したものの、入団式まで掃除などの雑用ばかりで剣を握っても週に一回程度だった。刀夜にとって模擬戦は、腕のなまりを解消するための一環に過ぎなかった。


「俺はお前の戦いを見て鳥肌が立った。俺の見習いには十分過ぎる実力だったよ」


刀夜はその模擬戦で圧倒的な実力を見せつけたあと個別で呼ばれ、団長の見習いになるということを告げられた。それは近衛兵団の伝統で、模擬戦で一番いい成績を出した者が団長の見習いになるというものだ。


「歴代最速で副団長、いや団長になっても全然不思議じゃない、それくらいの実力だった。実際、今お前が副団長をやっててもなんも違和感ないしな」


「それは言い過ぎでしょう」

刀夜は笑いながら否定した。


「そんなことはない、事実だ。俺は元々、実力もないし人望だけで団長になったけど、お前がやってもいいんじゃないか」


「だから言い過ぎですって」


「そうでもないぞ。俺はお前より強い。それはお前自身でも分かっているだろ?」


「...」

刀夜は黙った。実際、団長の剣はお世辞にも自分と比べて優れているとは言えないからだ。


「ほらな、そうだろ。俺は弱い、でもお前は違う。俺よりいい団長になれるに決まってる」


「でも団長の団の統率力は誰にも真似できません。団長がいるから僕は戦場で思い切って剣を振れますし、他の団員だってそうです」


「なかなか嬉しいことを言ってくれるな。」

団長は心なしか酒で赤くなった頬をさらに赤らめた。


「さて、そろそろ行こうか。明日も早いしな」

照れ隠しなのか団長は店を出ることを促した。二人は会計を済まして店を出た。


王都の中心にあるフェーロ城、そのすぐそばに兵士たちの生活棟がある。建物に入るとまず大階段が目に入り、その階段を上ると応接セットのようなものがいくつかあり、多少の飲み物が用意されている広間がある。上級兵と中下級兵の共有スペースだ。そこで見習いは上級兵に一日の報告をする。もちろん上級兵である団長ブラッドリーと、副団長刀夜には優秀な中級兵の見習いがいる。


刀夜と団長が二人がけの椅子に座ると、一人の青年が刀夜の前に立った。


「草刈副団長!報告致します!本日の任務は滞りなく終了しました!」

大袈裟に胸を張って報告をするのは刀夜の見習い、桐島優輝だ。桐島は模擬戦を二番手の成績で終えた優秀な剣士で、シュヴァリエ剣士学校の出身でもある。


「ご苦労さま。戻っていいよ」

刀夜は特に気の利いた事も言わずに桐島を部屋に帰した。


「シンクレア団長!本日の任務、無事終了致しました!」

団長に報告に来た、幼さが残る十八歳の黒髪の女剣士は、古賀千草だった。千草は二年の時、夏の選抜で刀夜と同じように二年生ながら勝利を収め、近衛兵になる権利を獲得した。その後の一年は学校に残り卒業をしたのち、三年の夏の選抜で勝った桐島と共に入団した。ちなみに、桐島が優勝した時の選抜に千草は出ていない。千草の並外れた能力を見て校長が出場をやめさせたのだ。他の生徒に優勝のチャンスを与えたかったたのだろう。


「ご苦労さん、じゃあ刀夜とご自由にどうぞ〜」

団長が酔っ払った勢いで刀夜と千草を茶化す。二人が付き合っていることは兵団中に知れ渡っている。


「団長、また酔っ払ってるんですか、もう。私に迷惑かけないでください!」

千草が団長を叱る。


「分かった分かった。すまんな、俺はもう帰るよ。お疲れー」


団長が椅子から腰をあげると広間にいた団員たちが、お疲れ様です、と声をそろえて言った。団長が深く信用されている証拠だ。


建物を正面に見て向かって右が上級兵の部屋がある棟、向かって左が中下級兵の部屋がある棟だ。上級兵の部屋は一人部屋で、刀夜や団長の部屋は特に広い。中下級兵の部屋は何人かでの相部屋だ。


団長は、そんな自室にフラフラと帰って行った。

さて、刀夜と千草は二人きりである。厳密には周りに団員が数名いるが二人のことは見飽きているので目もくれない。


「先輩、今日は団長と何話して呑んでたの?」

千草が椅子に腰を下ろしながら刀夜に聞く。


刀夜はさっきあったことを笑いながら説明した。


千草はそれに対して

「いい歳して団長も可愛いね」

と言った。団員たちからあれほど尊敬されている人間を、いい歳して可愛いなどと言える神経がすごいなと刀夜は思った。


「今日はどうする?こっち来る?それとも自分の部屋行くか?」


時々千草は、刀夜の部屋で寝ることがある。上級兵の棟に行くことは良くないとされているが、特に誰も注意しない。それほど二人の間には割って入る隙がないのだ。


「今日は帰るね」


「分かった。おやすみ、お疲れ」


「おやすみなさい」


その夜、刀夜と千草は一緒に寝なかった。

刀夜が次の日にアウリウルベに行くための会議や準備が朝早くからあることを知っていたので千草は断ったのだろう。


翌朝、団長と刀夜を始め、五十人の近衛兵団員がフェーロ城、謁見の間に集まった。


王が来た。会議が始まる。

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