第12話

先に集合場所に着いたのは刀夜だった。デートの時は決まって刀夜が先に着く。

間もなくして千草が来た。二人は制服のまま着替えず、少しでも長い時間を共に過ごそうと考えていた。


「お待たせ!先輩!」


昼間泣いた痕は多少残っていたが、いつも通りの笑顔で小走りで来た。


「おう、じゃあ行こうか」


二人は手を繋いで歩き出した。向かったのは前にも二人で行ったレストランだ。

二人は向かい合って座った。目が合うとお互いに不思議な気持ちになった。

料理が出されると二人は静かに食べ始めた。

刀夜がふと千草を見ると、上品かつとても美味しそうに食べている。それを愛おしく思った。

二人が食べ終わると刀夜が口を開いた。


「千草、これから離れ離れになっちゃうけど、それでもよかったら僕と付き合って欲しい。どうかな?」


千草は満面の笑みで答えた。

「はい、喜んで!」


「たくさん困らせちゃうかもしれないし悲しませるかもしれない。だけど絶対に幸せにしてあげるから。だから待ってて」


千草は黙って頷いた。


店を出て次に向かったのは鍛冶屋、千草の実家だ。いつも二人で歩いていた道も、今は色々な感情によって変わって見えた。王都に行けば鍛冶屋も王家御用達の鍛冶屋に変えさせられるだろう。手に馴染んだ鋭一郎の剣を握れないと思うと寂しい思いがした。

そして、鍛冶屋に着くと、刀夜は深く息を吸ってから店に入った。


「久しぶりだな!お、千草も一緒か!」


鋭一郎は何も知らなかったのだろう。いつものように声を大きくして刀夜と千草を迎えた。


「お久しぶりです。今日はお話があって来ました。」


「結婚か!そうじゃろ。いいぞくれてやる!」

鋭一郎は会話を楽しんでいる。


千草が

「やめてよ、いいから先輩の話を聞いて!」

と言う。


鋭一郎はつまらなそうな顔をした。


「今日は謝罪しに来ました」


「謝罪?ワシはなんもされとらんぞ」


「僕と千草さんは普通の男女の付き合いをしていました。でもそれが校則に反しているとされ、僕が退学処分になってしまいました」


それを聞いた瞬間、鋭一郎から笑顔が消えた。


「なんじゃと...。君たちは普通の付き合いをしていただけじゃないか。ワシが学校に行ってくるわい!」


「普通」かどうかは分からないが、確かに一線を超えるようなことはしていない。


「大丈夫です。校長は誰がなんと言おうとこの決定は変えないつもりです。千草さんはなんとか学校に残れることになってます。学校側にバレているのかバレていないのかは分かりませんが少なくとも僕の口からは千草さんの名前は言っていないので」


鋭一郎は目に涙を浮かべて言った。

「本当なんだな。ありがとうな、今まで」


「こちらこそありがとうございました。必ずここに戻ってきます」


「達者でな」


刀夜と千草は店を出て寮まで帰った。


刀夜は初めて千草を黒鉄の自室に招いた。

部屋に入り玄関で靴を脱いだ瞬間、千草は刀夜を押し倒した。千草が馬乗りの状態になり刀夜にキスをした。二人は抱き合いながら長いキスを終えその後「初めて」を共にした。


時計を見ると二十三時を過ぎていた。

このまま余韻に浸り一夜を共に過ごしたいがそれでは甘えだと思ったのか、刀夜が

「紅玉まで送るよ」

と言った。


千草は名残惜しそうだったが刀夜の思いを受け取り

「下までで大丈夫です」

と答えた。


二人は服を着て玄関のドアを開けた。すると目の前に薙先生が立っていた。

刀夜と千草はとても驚き、声を出してしまった。


「なんでいるんですか!」


「まあこちらからすれば、なぜ古賀くんがいるのかって話だがまあいい。やっぱ古賀くんだったんだね、相手は」


「え、あ、はい...そうです...。私も退学ですか...?」

千草は今にも泣きそうだった。


「いや、違う。このことは誰にも言わん。私がここに来た理由は特にないな。明かりがついている刀夜の部屋をみたかっただけだ」


つくづく思うがこの先生は変だ。刀夜はそう感じていた。


「そうですか、先生、今までありがとうございました。先生がいなかったら僕は荒削りの剣のまま王都に行くところでした」


「君の実力あってのことだ。さあ古賀くんを送ってこい!刀夜!」


「はい、分かりました!」


刀夜たちは薙先生と別れ、紅玉に向かった。

一歩一歩が重かった。紅玉に着くことは千草との別れを意味する。しかし、無情にも紅玉の下まで着いてしまった。


「じゃあここで」

千草が言った。


「うん、じゃあ」

いい言葉が思い浮かばず素っ気なくなった。


刀夜は千草に背を向け、黒鉄に帰った。後ろから鼻をすする音が聞こえる。その音もすぐに聞こえなくなった。


次の朝早く、刀夜は王都へと旅立った。

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