17●『劇場版 M限列車編』(4)ダメダメK殺隊と、ミッドウェーの戦訓。

17●『劇場版 M限列車編』(4)ダメダメK殺隊と、ミッドウェーの戦訓。




●第四に、最高司令官が作戦失敗の責任を取らないこと。


 物語のラストで、お館様はR獄さんの健闘を讃えたのち、二百人の乗客の命を救ったことを高く評価します。

 だから、これでよかった、と言わんばかりに……


 それだけかよ。


 と、一言ツッコミたくもなります。


 K殺隊は、“無限列車作戦”で敗けたのです。

 杜撰ずさんな作戦で、貴重な戦力を失ったのですよ。

 下弦の鬼一匹と、“柱”を一人、引き換えにしてしまった。

 これ、算術的にはK殺隊の大損です。

 二百人助けたと、いくら言い訳しようとも、敗北は敗北。


 その責任を重く感じて、さっさと辞職なさった方が、組織のためでありましょう。

 といいますのは……

 続いての、お館様のセリフがふるっています。

 “もうすぐ私も黄泉の国へ行く”……

 私は死ぬ、とおっしゃっておられます。

 この一言、何を意味しているのでしょうか。

 “もう死ぬ”という人は、現世での責任を問われなくなります。

 早い話が、責任の放棄です。究極の責任逃れです。

 どのような悪事を働いた悪人でも、死んでしまえばハイそれまでよ、ですからね。

 お館様、ずるい。

 もうすぐ死ぬ、死ぬと繰り返しておられれば……

 度重なる間抜けな作戦指導で犠牲になった隊士たちのこと、どうしてくれるんだ……と、部下や遺族が責めたくても、責めることができないのです。

 しかしそうやって、組織のトップが責任を取らないまま日々が過ぎると、そこに反省もなく改革も生まれません。

 かくしてまたまた、ズルズルとスーダラな作戦が実行されてしまいます。


 大戦中の日本軍が、まさにそうだったと思いますが……

 これ、老いすぎた長老たちに、いいように政治を操られて、まるっきし責任を問おうとしない21世紀の某国の悲喜劇と、通じるものがありそうで……


 にしても、お館様の“死ぬ死ぬ”は、今に始まったことではありますまい。

 数日ではなく、数か月は続いているのではありませんか?

 普段から死ぬ死ぬと声高に公言する人に限って、意外と長生きしていたり……。

 ひょっとすると、お館様の脇に控える女性は、お館様の病状を気遣いながらも、内心ではこう思っているかもしれません。


 ……ほら、またお館様の、“死ぬ死ぬ詐欺”が始まったわ……


 お館様は立派な人物ですが、“死ぬ死ぬ”を繰り返す暇があるならば、早急に辞職して隠居し、もっと若い後継者にK殺隊の指揮権を委譲すべきでしょう。


 死者の冥福を祈ることで良しとせず、今、生きている隊士たちが明日も生きて戦いを勝ち抜くために、身を削って精進し、そして全身全霊で作戦指導の責任を取れる人物が、K殺隊を指揮しなくてはならないはずです、そうでしょう?


 しかしおそらく、若い後継者がいないのでしょうね。

 ある意味、K殺隊は、21世紀のこの國の縮図なのかもしれません。


      *


 逃げる鬼を「卑怯者」と断じて、T治郎は叫びます。

 “俺たちはいつも、不利な夜の闇の中で戦っている!”


 ちょっと待て……

 K殺隊は、あえて不利な夜に戦わされているということか?

 これ、作戦指導の根本的な誤りではないのか?


 鬼は、不利な昼間を避けて夜間に行動し、悪事を働きます。これ、合理的です。

 しかしそんな鬼につきあって、あえて不利な夜に、生身の人間であるK殺隊が戦ってやる義理は、どこにもありません。

 K殺隊は有利な昼間にこそ戦うべきなのです、当然です。

 この点、T治郎の認識が完全に間違っています。

 味方が有利な時を選んで戦うのが、作戦の根本ではありませんか。

 K殺隊は、不利な夜間は民間人を守る防御戦を優先して、鬼さんにエサを与えぬことに専念、そして敵情偵察を徹底し、敵のねぐらを突き止めて、夜明けとともに太陽を背にして反撃に転じ、鬼のアジトを急襲、掃討戦を仕掛けるべきなのです。

 出来る限り昼間に……すなわち有利な条件を選んで戦う。

 卑怯であろうがなかろうが、それが戦争であり、実社会の冷徹な掟でもあるといえるでしょう。


 “劇場版 M限列車編”は、以上のことを、見事な反面教師として教えてくれます。


 申し訳ありませんが、K殺隊は、無責任なトップに率いられた、反省や改革と無縁なブラック労働の組織であり、それゆえ無駄死にの犠牲者を山積さんせきしてきた……そう思えてならないのです。



       *


 さて、“無限列車作戦”の敗因は、旧日本軍の負け戦の典型例であるミッドウェー作戦(1942年6月)の敗因と、きっちり重なります。


●第一に、敵情偵察の情報を欠いた、無計画な作戦を強いられたこと。

 ミッドウェー方面への潜水艦と艦載機による索敵は穴だらけで敵の動向がつかめず、手探り進撃でした。かたや味方の暗号は解読されて、目的地や艦隊勢力、出撃スケジュールが敵に筒抜け、米艦隊は最善の備えで、しっかり待ち受けていたのです。


●第二に、支援兵力バックアップなき、孤立無援の作戦を強いられたこと。

 日本艦隊は、機動部隊の主力空母四隻(全滅する)とは別に空母二隻、〈隼鷹〉と〈龍驤〉を実働しており、はるか北のアリューシャン列島へ陽動作戦に派遣していました。この二隻を最初から山口多聞提督指揮下の支援兵力バックアップとして主力空母四隻の後方へ追尾させておけば、勝敗の様相は根本的に変わったことでしょう。


●第三に、目的が矛盾する、二正面作戦にしょうめんさくせんを強いられたこと。

 日本艦隊の機動部隊は、敵空母の撃滅と、ミッドウェー島の陸上基地撃滅という、矛盾する二つの目標を与えられていました。二正面作戦です。結局、あっちをやるかこっちをやるかで右往左往、隙を突かれて空母四隻全滅の憂き目と相成ります。

 “うっとこの機動部隊は世界一ィ!”な、根拠なき過信すなわち“うぬぼれ”が生んだ間抜けな悲劇。

「二兎を追う者は一兎も得ず」のことわざを有する国として、誠に恥ずかしいスカタンでありました。


●第四に、最高司令官が作戦失敗の責任を取らないこと。

 ミッドウェー敗北の責任は結局だれも取らず、したがって反省も曖昧にされ、敗北の事実は国民から隠されました。その結果、のちに離島が次々と全滅玉砕を強いられても、作戦指導する大本営は誰ひとり責任を取らず、ズルズルと神風特攻と大和特攻にまで至り、膨大な屍を重ねることになったと思われます。そして国の降伏により、それらすべてが、“無駄死に”と化したわけです。


 このように、『劇場版 М限列車編』から、かなりきっちりと、ニッポンの伝統的な敗因要素が読み取れると思います。


 K殺隊の組織は、“敗ける要素”をことごとく備えていたのではありませんか?



       *


 だからこの映画『劇場版 М限列車編』は、やはり傑作です。


 味方の失態による敗北を美談に変える……という魔法を見せてくれるのです。


 圧倒的に不利な状況下で戦うことを強いられ、敗けることを知りながら、それでも任務達成のために一歩も引くことなく、命を捨てて大義に殉じる。


 敗北の美学です。


 私たちニッポン人は、このように“美しい死”が大好きなのかもしれません。

 そうはいっても、自分が死ぬ立場に立たされると、尻込みしますね。

「お国のために特攻機を用意したので、チョイと今から飛んで、美しく死んでくれ」

 そう勧められると、ちょっと……と断りたくなりませんか?


 だから、より正確には……


 私たちは、だれか他人の“美しい死”を讃え、でるのが大好きだ。


 そういうことかもしれませんね。

 しかし、私はどちらかというと、こういう価値観は嫌いです。

 あ、あくまで個人的な感想ですよ。


 ですから……


 『劇場版 М限列車編』のヒーローの死は、美しいのではなく、ただただ、悲惨な死であると受け止められるのです。


 事実上、上司や仲間に殺されたようなものなのです。



 あ、もちろん、映画の素晴らしいビジュアルに心酔し、主人公たちの熱くてカッコいいセリフや行動を、そのまま受け入れて大感動し、感涙にむせぶのは誰しも自由ですし、そのことに水を差して揶揄するつもりは一切ありません。


 また、大正時代という設定から、K殺隊の組織が合理性を欠いて、いろいろと不備なものであることもうなずけます。

 当時の戦闘組織が有する精神性は、あのようなお館様や、あのような“柱”たちがむしろスタンダードであって、敵情偵察や支援兵力、補給などの理知的なオペレーションズリサーチは皆無であるのが普通であると解釈すれば、それはそれで正しい認識であろうかと思います。


 ただ、21世紀の今、作品を観て私なりに感じたことを、そのまま記述させていただいたものです。何卒お許し下さい。




【次章へ続きます】



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