09●大正のブラック企業、K殺隊(3)……オペレーションズ・リサーチの欠如。

09●大正のブラック企業、K殺隊(3)……オペレーションズ・リサーチの欠如。





三、オペレーションズ・リサーチの欠如


 彼を知り、己を知れば、百戦あやうからず……と申します。

 しかるにK殺隊は、敵を知らず、己を知らぬ無謀ぶりが目立ちます。


 K殺隊の司令官は、メッセンジャーカラスを使って部下に指示を送り、隊士たちを鬼の敵陣へと向かわせます。

 あの、人面蜘蛛が支配するN蜘蛛山の攻略作戦です。

 それにしても……

 事前偵察、してるんでしょうね?

 あらかじめ、敵の種類や強さや個体数、その所在地点や地の利の有無などを、調べておかなくてはなりません。

 これ、鉄板の必須事項ですよ。

 まさか……まさか……何も知らせないまま、未熟な若手の隊士たちを大量に、しかも退路の確保無しで、夜のあの山に放り込むなんてことは……

 その、まさかを、やらかしてしまいました。


 おおむね、ゼンメツです。


 関係幹部が責任取ってクビになったかどうか、私は知りません。

 この「とりあえず行け」的な侵攻作戦(「とりあえず行け」の次に必ず「なんとかなる」が付く)は、旧軍ならガダルカナルかインパールで万単位の無駄死にを出しているのですから、まあ、我が国の伝統というべきかもしれません。古くは八甲田山で死の彷徨ほうこうをやってしまい、その反省すらできていなかったということですね。


 それにしても、事前に敵情を察知し、その戦力を把握しておれば、ここまでの悲劇は起こらなかったと思うのですが……

 起こってしまったことはどうにもなりません。

 そこから最大限、後日の役に立つ戦訓を引き出すのが、幹部の仕事でしょう。


 ともあれこの“N蜘蛛山の悲劇”が示していることは……


一、敵の情報を収集し、味方に周知するリサーチが欠けていた。

二、敵襲に即応できる、集団戦術のオペレーティングを欠いていた。


 まずはこの二点でしょう。


 前者に関しては、隊士の質はともかく人数が多いことを利用して、退路の安全を確保しながら、縦深的に偵察をはかり、敵情、特に敵の拠点たるねぐらの位置をつかむことです。


 敵(鬼)の隠れ家をつかめば直ちに撤収し、敵がねぐらに引っ込む夜明けを待って攻勢をかけるべきなのです。

 なるべく、朝の太陽光を背に受けて進撃すること。


 だいたい、敵が夜行性であることがわかっていて、夜間に正面戦闘を挑むこと自体、破滅的な愚行に他なりません。ほぼ、旧軍のバンザイ突撃と同じです。

 何を好き好んで、鬼さんがムキムキ元気な夜中に土俵に上る自虐君がいるのか。

 昼間に攻め込んで、ねぐらの中だか棺桶の中で眠っている敵さんをグサリとやるのが、吸血鬼退治の大原則です。

 ヘルシング先生に教わらなかったのですか?


 敵の所在をつかめば、太陽光に味方される昼間にこそ、総力で決戦を挑むべし。

 山中なら適宜樹木を伐採して、太陽光に照らされる範囲を広げながら侵攻することです。各自、手鏡を携帯し、反射光を有効に使いましょう。

 いっそレビル将軍に頼んで、連邦軍のソーラーシステムを貸してもらいたいくらいですね。

 巨大凸レンズや凹面鏡で太陽光を集束し、鬼の目を潰す“ー砲”とか、どうでしょう。もちろんBGMは伊福部昭先生で。


 残念ながら私はまだアニメの二十話あたりまでしか知らないので、その後、N蜘蛛山の戦訓がどのように生かされたかわかりません。

 にしても、太陽光で滅びる鬼を相手にする以上、“夜間戦闘は避けて、明るい昼間に勝負する”のが超々わかり切った鉄則中の鉄則であることは自明の理。


 昔から戦い続けて来たK殺隊が、そんなことも知らないはずがないのです。


 それでもなぜ、技量が未熟な若手隊員を、鬼のランチタイムである夜間に、戦場へ大量に放り込んだのか。

 私は疑います。

 これは、のではないか? と。



 そして後者についてです。

 最初に投入された若い隊士たちですが、サイコロステーキ先輩のセリフから、複数のグループがあるようで、全体で数十人規模の多人数で侵攻したと思われます。

 数が多ければ……という安心感もあったのでしょう。

 が、次々と各個に討ち取られてしまったようです。

 訓練しとかなきゃ、集団戦術を。

 つまり、個々人が刀を振り回すのでなく、それぞれが役割を担うワンチームとなって、総合力を発揮して戦う訓練です。

 前を攻める者、背後を守る者、それらを援護する者、遊軍となって四方八方と上下を警戒する者、そして司令塔と、サッカーやアメフトに似ていますが、チームプレイで戦う戦術です。


 敵には常に集団で対戦することで、敵の目標処理能力を飽和させ続けること。

 一体の敵に十人、二十人で同時にかかれば、勝機をつかめるかもしれません。

 チームプレイができたなら、個々人の弱みをフォローしあって、形勢不利となれば速やかな撤退も決断できたでしょう。


 たぶん、これが欠けていました。


 隊士たちはおそらく、てんでばらばらに、個々人の技量のみを頼って戦ったのだと思われます。戦国時代以前のチャンバラ合戦ですね、たぶん。

 これはやはり、圧倒的に不利です。

 というのは、敵である人面蜘蛛の鬼たちはファミリーを形成しており、十分とはいえないまでも、チームプレイで迎撃してきたからです。




 この一と二、前者と後者の戦訓をまとめれば、要は、“オペレーションズ・リサーチをしっかりと行なえ”……ということです。

 つまり、科学的な手法で数理的に敵味方の戦力を分析し、統計学的に戦おう……という意味ですね。


 客観的に敵を知り、そして己を知って、科学的に最適な戦術を採用する……という思想です。


 このオペレーションズ・リサーチは、第二次大戦において、ドイツUボートの脅威から連合軍の輸送船団を守るために、大変役に立ったとか、耳にしております。

 これはN国ではもっぱら“ランチェスター戦略”という名称で知られていますが、英国の工学研究家フレデリック・ランチェスター氏がオペレーションズ・リサーチを提唱したのは1914年、大正三年のことなので、K殺隊が知らなくてもむべなるかな……でしょうね。


 とはいいつつも、すでに明治維新で活躍した“奇兵隊”では最新の銃器を使った西洋式の近代戦術を展開しており、お手本らしいものはあったと思われます。


一、敵情をつかみ、適切に撤退し、昼に攻める。

二、個々人の戦いでなく、集団戦術チームプレイを取り入れる。


 これがK殺隊をただのブラック企業から救う道ではないかと思うのです。


 これ、やらなきゃダメダメですよ、K殺隊のボスのお方。


 ちなみに、主人公のT治郎が幾多の血戦を生き延びていくのは、初歩的ながらチームプレイを実践しているからだと思います。

 T治郎のほか、同期の隊士である金髪の泣虫君(ただし弱虫ではない)と、かぶりものの猪突猛進君、この三人に鬼のNZ子が加わって、“三銃士とダルタニアン”な絶妙四人組のチームを形成していますね。

 状況に応じて、“三人+鬼娘”の四人組チームが互いに協力し、補い合い、たまには足も引っ張り合うけれど、きょうだいのようにスクラムを組んで戦っていく。

 これが『K滅のY刃』のストーリーの楽しくもうるわしい魅力であり、T治郎の強さのバックボーンになっていると思われるのです。


 だから、T治郎の強さに、みんな、納得させられるのでしょう。




 にしても、いつまでもチャンバラでしか鬼と戦わないK殺隊の哀しき伝統は、歴史上の、あの団体さんと似ていますね。


 そう、新選組。

 京の都を徘徊し、尊王攘夷のテロリストを鬼同然に斬って捨てる暗殺集団。

 じつは暗殺よりも生きたまま捕縛するケースが多かったと弁護されますが、当然、捕えたら拷問するし、獄中死させられた人もいたでしょうから、結果的に、ほぼほぼ暗殺と同じだったと思われます。

 で、かれらの武器は概ね、剣。

 なので、鳥羽伏見の戦いで官軍の近代銃器に敗れ、それからは立場が逆転して、テロリストとして狩られる側に回ってしまいます。


 そんな悲劇のチャンバラ集団だったのですが、某NHKの大河ドラマで軽妙洒脱に語られたこともあって、いまや三頭身アニメキャラ風のマスコットなんかに変身して、京の土産物屋さんで人気者になっています。


 当時はアンタッチャブルな人斬り集団だったのが、今やアイドル。

 世の移ろいを感じさせます。


 この新選組の人気キャラたちと、T治郎たちK殺隊の人気者たち。

 どことなくイメージが被りますね。


 これまた、『K滅のY刃』の大ヒットの要因だと思います。

 キャラの一人一人にケレン味があって、歌舞伎役者的な個性がキラリと輝きます。

 それぞれ、コスチュームも独特で、華やかさがあるんですね。

 さすが、作者が女性ゆえ、のことでしょうか。

 この点では、ライバル作品と目される『S撃のK人』や『プロミスのNランド』に一歩も二歩もリードしていると言えるでしょう。

 フィギュア映え、相当なものです。

 しかも和風。

 これ、重要ですね。コスプレがなじむのです。

 和風の羽織り物で体形を隠せるので、とても実用的なのですよ。


 ヘソ出しを強制されるピチピチの異世界ファンタジーのコスプレと違って、学ランに羽織り物一枚で、誰でもなりきれる。

 よくできております。


 新選組のアイドル感覚を、うまく取り入れたのかな……と、改めて感心させられる次第。

 さすが、作者様の力量ですね。







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