07●大正のブラック企業、K殺隊(1)……徹底した人命軽視

07●大正のブラック企業、K殺隊(1)……徹底した人命軽視




 『K滅のY刃』に描かれる主人公、T治郎は、第二巻以降のストーリーの全てにおいて、鬼を殺す組織、K殺隊の一員として行動します。


 K殺隊の仕事は、鬼狩り……すなわち、鬼を殺すこと。

 その仕事が本当に良いことであるか否かはちょっと横に置いといて、ここでは、T治郎の就職先としてのK殺隊を分析してみたいと思います。


 私たち読者なり観客は、T治郎を含めたK殺隊のメンバーに感情移入しています。

 だから、大ヒットのブームになっているのですね。

 コスプレ産業、花盛りです。

 おしぼりとか竹輪をくわえて、はいNZ子、という瞬間芸もございますが……

 K殺隊の幹部たちも、それぞれ頑張って人気ランキングを競っています。

 華やかなりしK殺隊。


 ところが、戦闘組織としてのK殺隊を俯瞰してみると……


 誠に申し訳ないのですが、K殺隊って、かなり酷い、ダメダメでメチャクチャな、ブラックカンパニーではありませんか?

 少なくとも、まともな人の就職先としてはお勧めできず、トンデモな問題を抱えている欠陥組織と言わざるを得ません。


 具体的に検討してみましょう。




一、徹底した人命軽視。


 この国の戦時におけることわざに「死は鴻毛よりも軽し」と言うのがあります。

 人命は羽根布団の羽根よりも軽いってことですね。

 全く、そんなに軽いのなら、言い出した人から率先して軽やかに虹の橋を渡っていただきたいものです。

 まず自分が行けよ。


 それはともかく……

 人命軽視、という点では、K殺隊も人後に落ちません。

 そもそも入社試験にあたる最終選別からして……

 合格率の歩留まりが低すぎます。

 あれは、落とすための試験ですか?

 そうではないでしょう。

 “鬼狩り”の戦士となるべく丹精込めて育成してきた人物が、一定以上の技能を習得していることを確かめて、鬼に勝てる人材を第一線に採用するのが目的のはず。

 有用な人材を確保するための試験なのです。

 合格ラインに達していなければ、訓練所へ“返品”して鍛え直し、リトライさせるのがスジなのです。

 むしろ合格率が低いのは、訓練を課してきた師匠が、能力未成熟なままの弟子を本試験に送り込むという怠慢がいけないのであって、責められるべきは師匠です。

「しっかり鍛えた者だけをエントリーさせろ!」

 K殺隊の幹部は、そう怒ってしかるべきです。

 たぶん、師匠にも毎年何人かは試験に送り込まないと評価に響くという、ノルマがあるのでしょうが……

 にしても、「試験に落ちる → すなわち死」というのは非常識すぎます。

 中途半端とはいえ、一年二年と手塩にかけて面倒をみてきた人材ですよ。

 死んじゃったらこれまでの努力と投資が、まるきしパーじゃないですか。

 見込みがないからといってポイ捨てせずに、拾ってやんなさいよ。

 繰り返し受験しても合格水準に達しないなら、後方支援任務とか、カラスやスズメの世話とか、隊服や玉ハガネなど防衛装備品の調達とか、ケガした隊員の療養施設の整備とか、なんぼでもできる仕事があるはず。

 そうやって適材適所を配慮しないと、人材育成に投じた資源がムダとなり、組織に余裕がなくなります。

 「人は城、人は石垣」と、戦国の昔から言うではありませんか。

 人材を粗末にすると、組織はガタガタになり、早晩、瓦解するものです。


 しかも、実戦配備してからも、酷い。

 あの人面蜘蛛の山にいたっては、若い不慣れな隊員を緒戦から大量に投入しているくせに、幹部たちが率先して指揮することもなく、鬼に圧倒され、操られ、無力なまま殺されていくのを黙認したも同然です。

 というか、そうなることくらい、気付けんかったのかい!

 あれは、幹部のクビがいくつか飛んでも不思議がない不祥事ですよ。

 あれだけ苦労して育成し、最終選抜を通った、貴重な新入隊員たちです。

 この先、経験を積めばピカイチに成長するかもしれない金のタマゴたち。

 それを敵地にバラバラと放り込んで、それっきり。ゴミじゃあるまいし。

 苦戦して応援を求めていても、聞いたのか聞いていないのか。

 それぞれの隊員についていたメッセンジャーカラス君は、幹部を呼びにいかなかったのですか? いや、呼んできたのでしょうが、手遅れ感が半端ない。

 全然ダメでしょう、これって。

 普通、未知の敵陣へ攻め込むときは、退路を確保しておくもの。

 不利となったらサッと退いて、戦力を立て直さなくては。

 そうしなければ、ゼンメツですから。


 そりゃ、全滅しますよ。


 結局、ずーっと戦いに勝ち続けた幹部クラスは生き残り、未熟な新人たちはゴミ同然に生命を落としていきます。

 生き残りたかったら、鬼に勝ってきなさい。

 K殺隊、どうやら、そういう組織のようです。

 新人たちの累々たる屍の上に、ベテラン幹部が君臨マウンティングし続ける結果となります。

 いかにカッコいい剣戟と決めゼリフを吐いても、やっていることは無能上司なのですよ。別番組のH沢N樹さん、一発喝を入れてやってください。

 「このままでは倍返しだ!」と。



 これって、明らかに現代のブラック企業です。

 新入社員に無理難題をボーンと投げ与えて、あとは放置プレイ。過労死する者は勝手に死ね、生き残った者だけ給料をくれてやる……というマネジメントですね。

 そうすると、生き残った者同士ですら、出世競争。面倒な仕事の押し付け合いや責任逃れがあたりまえとなります。

 仲間同士の信頼関係や協力関係は成立しなくなり、個人プレーで他の隊員を出し抜いて、押し退けるか足を引っ張るか、となります。

 その代表格は……

 あの、サイコロステーキ先輩ですね。

 これまた、長生きすることはできません。


 このようにK殺隊は、戦闘組織として基本的にヘタっています。

 若い人材をひたすら消耗する、大正のブラックカンパニーそのものなのです。

 当時は蟹工船やら女工哀史やら、遊郭への身売りなど日常茶飯事だったようですから、K殺隊もその例に倣っていただけかもしれませんが。


 しかしそのような人材の消耗が続きますと、最前線に立つ隊士は労働力(戦闘力)の品質が低下して、粗製乱造の欠陥品ばかりに落ちてしまいます。

 旧日本軍と同じですね。

 鬼と戦う、敗ける、犠牲者が増える、ジャンジャン育成して補充する、また死ぬ、また死ぬ、補充する……と、無意味なループが続きます。


 幹部たちと一部の優秀な隊員だけが固定メンバーとなり、あとは“その他大勢”として、いわゆる“弾よけ”に使われて、バタバタと死んでは入れ替わるだけ……


 それが、K殺隊の現状と思われます。


 まさに、現代の私たちの、現実社会のブラック企業とクリソツなのです。


 先の章で述べましたように、作品世界で斬首されて滅びる鬼たちは、現実世界の読者や観客、すなわち私たちを鏡に映した姿でした。


 そして鬼たちを殺すK殺隊もまた、私たち現実世界のブラック企業を鏡に映した姿となっているのです。


 もしもあなたがK殺隊に入隊したとしたら、どうでしょうか?

 幹部になれる自信はありますか?

 T治郎のように、過酷な試練に耐え、バタバタと鬼に倒され死んでゆく仲間たちを目の当たりにしながら、それでも単身、敵陣の只中へ斬りこむことができますか?

 私自身の場合は、無理だろうなあ、と感じます。

 私ごときが必死に頑張っても、いいところ、なれるのはサイコロステーキ先輩の手下あたりでしょう。

 凡人にできることは、その程度なのです。

 私たちが現実のブラック企業に入ったとしても、立身出世はその程度。

 せいぜい、同期のライバルの足をすくい、蹴落とすことくらいでは。


 これって結構、ホラーだと思いませんか?


 互いに殺し合いをする、“鬼とK殺隊”。

 その姿こそ、現代の私たちの“家庭と職場”の、ホラーなカリカチュアなのです。

 『K滅のY刃』の世界設定の凄いところです。

 これも作者様の才能のなせる技だと敬服するしかありません。








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