第32話 神之火


 勢い余って海に落ちたけど、ボートに拾ってもらった。これで終わる……、はずだったのに。


 半身を砕かれてなお、ガーゴイルが活動している。石を散らしながら翼が大きくはためく。道づれとばかりに突っ込んできた。腕に力が入らず、魔剣が間に合わない。


 そこから先はよく覚えていない。気づいた時にはどこかに寝かせられていて、目も耳も聞こえず、わけがわからなかった。暗闇の中、フィガロが手を握っててくれて側で励ましてくれた。もしフィガロがいなかったら、気が狂っていたかもしれない。


 あの時、赤い稲妻が走って、ガーゴイルを焼いたのを見た。あれはもしかしたら、いやそんなはずない。





「ふうん……、これが神之火イグニスか」


 アレン殿下は、海上の奇跡にご満悦だ。高台から双眼鏡を使って戦況をずっと確認していた。


「魔剣の炎を取り出して種火とし、灯台のレンズから照射する。兵器として十分通用しそうだ。お手柄だよ、メアリー嬢」


 アレンの背後にひざまずいていたメアリーは、ほくそ笑んだ。


「では次の予算の方は?」


「期待してくれていいよ。これからもグランガリアのために働いておくれ」


 国家予算の配分は、ここ数年軍事費に偏重している。メアリーとしては、個人的興味と、魔法庁の研究予算を獲得するため、魔剣は欠かすことのできないものだった。


「それにしてもよろしかったんですか? エクレールさんも巻き込まれた恐れがありますが」


「別に構わないよ。だって僕、振られちゃったし」


 プライドの高さからくる冷淡さに、メアリーは嫌悪感を覚えた。とはいえ、アレンに近づくメリットは余りある。軽蔑に値する人間に追従してでもやりたいことが、彼女にはあった。

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