第31話 強欲な稲妻


 落ちる。


 深い闇の底に落ちていく。


 これは罰?


 拓也を置いて逃げた罪の。フィガロを代わりに可愛がっても罪が減るわけでもないのに。


 また守れないのかあたしは。


 でも精一杯やったじゃないか。


 たった一人で戦った。


 誰もあたしを責める資格なんてない。


 そう、エクレールは必死に戦った。それでいいんだ。



 体の力が抜けて、光が遠のいていく。世界から音が消え、意識が遠のいて……


 目の端に光がちらつく。辛い地上の光がまだあたしを責めるのかと思った。


 まだ生きろと言うのか。神様はあたしに強くあれと願って、あたしにはまだそれに応える力が残されていた。


 上体を起こして足と両手で水をかく。ドレスが邪魔で脱ぎ捨てる。もがくようにひたすら上へ。落ちた時とは反対に、壁でもあるみたいになかなか進まなかったけど、あきらめない。理由なんてもうどうでもいい。


 あたしはあの子に会いたい!


 目を閉じ、体を丸めて漂うフィガロを抱えて海上へと顔出した。自分の息をするのも忘れ、フィガロの顔を叩いた。


「おい! 生きてるか!」


 頬を叩いてもフィガロはぐったりしている。唇も青ざめている。なんで海の中にいたんだ。落ちたのか?


 戦闘はまだ続いていた。ボートの兵士がガーゴイルに発砲している。急に大きな音が襲ってきて耳が痛い。


「けほっ、エクレールさん……」


 フィガロがせき込みながら、薄目を開けていた。よかった生きてる。


「僕、泳げないんだ。でも頑張ったよ」


「うん、わかったから」


 あたしが落ちて上がってこないから、飛び込んだらしい。無茶しすぎだ。


 近くのボートに引き上げてもらい、フィガロの安全を確保した。


「エクレールさん、これを持ってて」


 フィガロが差し出したのは、琥珀色の石だ。船でメアリーに取り上げられたものを返してもらったのだ。さっき海中で見えた光はこれだったのか。


「メアリーさんが言ってたんだ。古い石には精霊の力が宿ってるって。あの石のお化けもこれに近いんじゃないかな。それを伝えたくて」


「あー、もうこの子は! でかした」


 勢い余って抱きついてしまった。冷えた体も温まる。いけるこれで。


「苦しいよ……、エクレールさん」


「あはは、ごめんごめん」


 体を少し離してフィガロの頭をなでる。この子はあたしの光だ。


「これ使っちゃっていい? 大事なものなんじゃない?」


「お母さんにもらったものだけど、エクレールさんの役に立つなら」


 快感で背中がぞくぞくする。フィガロのお母さん、ごめんなさい。今だけ、この子はあたしのものだから。強欲でごめんなさい。


 興奮冷めぬまま、ボートのグランガリア兵に作戦を伝える。


「手旗で威嚇射撃するように船に伝えて」


 やけとばかりに兵士はあたしの言うとおりにしてくれた。船にまだ人が残っているか賭けだったけど、指示は伝わったみたいだ。黒い砲台が盛大に火を吹いた。他の船にも意図が伝わったみたいで、海面を飛沫が舞った。


 舳先に立って、目を閉じる。


「フィガロ、全部終わったら苺食べようね」


 それから、大好きだよ。


 両手を広げ、息を吸い込む。風に挟まる波の音、人の息づかい、砲声、船の位置、全部手に取るようにわかる。アイリスの見ていた景色はこれだったのか。 


 目をつむったまま、舳先から足を離した。飛び石を伝うようにボートを足場に、ガーゴイルにそっと近づく。


 砲による飛沫が幕になって、不意を突くように出くわした。


「やっほー、今度は負けないよ」


 問答無用で剣を突く。はじかれるような感触は予想通り。でも今のあたしは、一人じゃない。


 足の指に挟んでいた石を宙に飛ばす。そして、魔剣で石を叩き割る。火打ち石のように火花が飛び、魔剣の炎に勢いを加える。押し込んで押し込んで、ぶった斬った。


 魔剣は精霊の力を削る。切れ味が足りないなら砥石のように勢いを足すまで。片目を開くと、赤熱して体の崩れかけたガーゴイルが落下していく。


 今のあたしたちを止められる奴なんて、誰もいやしないんだ。

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