第30話 誤算


 海岸から見えたのは、傾きながら煙を上げる軍船。喫水線が低いので、洋上に待機していたのだ。煙はカールベルク側から出ていた。頑丈そうな蒸気船なのに。


「うそ……」


 口元を押さえ、膝をついた。あれにはフィガロが……、いやだ、考えたくない。


「落ち着け、エクレール」


 背後に立ったアレンに呼びかけられても、何の保証にもならないと思った。


 アレンに渡された双眼鏡をいやいや覗く。波間に漂うポートが何隻か、かろうじて見える。


「どういうことよ、アレン。攻撃するなんてひどいよ!」


「おいおい、僕はそんなことしないさ。よく見てごらん、うちの船もやられてる」


 感情的になって視野が狭くなっていた。グランガリアのマストも確かに倒れている。では一体何が起きてるんだ。


「この島は精霊を引き寄せやすい。原因は多分あれだろうね」


 カールベルクの船の真上に、黒い染みのようなものが浮かんでいた。双眼鏡で捉えたのは、角と翼の生えた人型。いや、人じゃない。


「ガーゴイル……」


 年月を経た石像に魂が宿ることがある。その中で動くのはごくわずかだ。あたしも初めて見る。しかも軍船を襲うなんて。


「アレン殿下、これは一体どういうことです!」


 カールベルクの将校が、興奮気味にアレンに詰め寄った。


「ご心配なく。精霊のイタズラですよ。我が国ではよくあることです」


 涼しい顔で受け流すと、アレンはあたしの横に立った。


「アレン、あたし」


「わかってる。フィガロ少年を助けたいんだね」


 アレンの従者が布で巻かれた魔剣を持ってきた。メアリーに取り上げられてそのままになってた奴だ。


「……、随分用意がいいね。あれであいつを斬れと」


「備えあればと言うだろう。僕の魔法は昼を夜に変える位が関の山だ。この場は君に任せたい」


 アレンの悪い癖だ。一番面倒なことは人任せ。でも昔と変わらない部分があって安心した。


「ご褒美に立派な首輪をちょうだい」


「良いとも。誰もが道を開けるものを贈るよ」


 話しながらスカートを縛り、用意されたボートに飛び乗った。魔剣がなくたって、行ってたよ。だって、フィガロを助けられるのはあたしだけなんだから。


 波は高く、漕ぎ手を困らせた。なかなか進まない。グランガリアの兵より、うちの船の水夫の方が練度は上だ。でも今は運んでもらうしかない。


 避難してくるボートの群れに近づいた。フィガロの顔を探す。


「エクレールさん!」


 カールベルク兵の乗る船でフィガロが叫んでいる。怪我はなさそうだ。力が抜けそうになる。でもまだ安心するには早い。


「島に逃げて! 後で絶対戻るから」


 ボートですれちがい様、声を張る。グランガリアの左舷側に、ガーゴイルがいる。ぎりぎりまで近づいてもらい、魔剣に手をかけた。


「おーい! あたしの晴れ舞台、邪魔するなよ! あとで船の弁償しろ」


 ついアイリスと戦っていた時の癖が出た。こんな無茶するのはあいつだけで十分だ。 


 あたしの声に反応したのか、高度を下げてきた。男性的な肉体は引き締まっているが、所詮は石。冷たい印象を受ける。


 それじゃあ、さくっと終わらせますか。


 舳先に足をかけ、軽く飛び上がる。魔剣を正中線に叩きつける。ガーゴイルは腕を交差させて防いだ。火花と共に重たい感触が手に伝わる。


 あたしの魔剣に斬れないものなんかないと思っていた。これまですんなり斬ってきたから、油断があったんだろう。刃が通らないとわかっても、何の対処もできなかった。


 お腹にガーゴイルの拳がめりこんだ。体勢を崩し、海に落ちる。


 こいつ、めちゃくちゃ硬い!

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