第24話 友情の欠片
昔々、演劇嫌いの女の子がいた。
親の付き合いで連れて行かれるから、断れなかった。もし欠席したら、どんな噂を立てられるかわからない。
家族が不和なんじゃないかとか、変な病気にかかったんじゃないかとか、悪い噂が立つというのは致命的なのだ。
シキタリを守っても、次から次へとシキタリが出てきて彼女を縛った。
おしとやかに、慎み深く、いつも笑顔で。劇にはそういう女性しか出てこないから、教育にうってつけらしい。なんでそんなこと教えてもらわないといけないんだろう。
ふてくされた顔で劇場に通ったけど、ある日、別の楽しみを見つけた。
きれいな顔をした男の子が、離れた桟敷席にいる。体が弱そうで、せきをしていることもあった。これまで何度か見かけたけど、劇よりこの子の方が気になった。
男の子は悲しい劇では涙を流し、楽しい劇では笑っていた。なんて繊細で単純なんだろう。
劇にのめり込んで、自分の境遇を疑わない彼が羨ましかったのだと思う。
「うわっ! びっくりした」
甲高い声が響きわたる。声の主は、細い目をしたそばかすの浮いた女の子だ。
あたしは目をこすって、馬車の中の堅い椅子に座り直した。劇場の近くに来たから、昔のことを思い出してしまった。
「え? 誰? なんで私の馬車にいるの」
「あたしだよ、マリベル。エクレールだよ」
マリベルはそーっと扉を閉めて入ってきた。物音を立てたら、あたしが襲いかかるんじゃないかと怯えるみたいに。
「エ、エクレール? 生きてたの? というか何その格好。きったね!」
アイリスとの戦いを制した後、フィガロを救出する作戦を立てた。アイリスの祖父の提案で、エーデルフォイルの使節に紛れることにした。結果、徒歩で三日かけて王都にたどりついたというわけ。
マリベルと会うのは三年ぶりだ。彼女は女学校の友人で、良いことも悪いこともはっきり言う子だった。あたしはエーデルフォイルの古着を重ね着している。しかも雨の中走ってきたから、泥だらけだ。
「悪いね。あんたの家紋が見えたから乗せてもらった」
「見えたからって乗るなよ。御者がいないのもあんたのせいなの?」
「銃で脅したらどっか行っちゃった」
「それ笑える」
そして、細かいことは気にしないと思ったから、接触した。マリベルはひとしきり笑うと、顔を寄せてひそひそ声になった。
「あんたが何しに戻ってきたかは知らないし、聞きたくない。私は今の暮らしに満足してる。太った旦那につまらない社交界だけど、それであと何十年も暮らすつもり」
「何十年経ったら?」
「旦那の財産を持って修道院に駆け込む」
今度はあたしが笑う番だった。マリベルの抜け目のなさというか、不真面目な所は相変わらずだ。
「いいね、それ。あたしもやろうかな」
「エクレールには無理だよ。まだ返り咲きたいって顔してるもん。王座がそんなに恋しい?」
あたしが恋したのはアレンであって、権力じゃない。そんな風に思われるのは心外だ。でも王都のにぎにぎしい感じは血が騒ぐ。
「今はそんなのどうだっていい。メアリーっていう奴の居場所を探してる。心当たりない?」
マリベルは考えこんでいたが、ややあって目を上げた。
「ああ、問題児エレナ殿下を更正させた人か。奇跡の人」
「ただの人さらいだよ。時間がないんだ。教えて」
「さあ……、あの人って確か家庭教師でしょ。話したこともないしな。王宮にいるんじゃないの」
王宮は警備が厳しいし、そこにフィガロを入れるとは考えづらい。
「他にないの? 魔法庁の関連施設とか」
必死に迫ると、マリベルは不審そうに眉を寄せた。
「あんた……、アレン殿下を刺しに来たのかと思ったけど、訳ありみたいだね。ますます関わりたくないな」
顔を背けるマリベルの姿に、悲しくなる。友情なんて当てにしたあたしが甘かった。別れを切りだそうとすると、マリベルが引き留めるように手を握ってきた。
「帰り道に魔法学術院の建物の前を通るんだ。私の家の前に着くまでの間なら見なかったことにしてあげる。後のことは知らないからね」
マリベルは、あたしが怖くてそんなことを言ったのだろうか。友情の欠片が残っていたと思いたい。
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