第12話 許せない


 隊長は力なく索具の上に座り込んだ。口元に血がにじんでいる。ちょっとやりすぎたか。


「お見事です……、実戦地込みの剣、確かに拝見しました」


 隊長の差し出した手をあたしが取ると、周囲からどよめきが起こる。ライオネス号からは祝砲が上がった。めでたいけど、なんであたしは戦ってたんだっけ。


「はいはい、茶番はそこまで」


 水を差すように現れたのはメアリーだ。手には重そうな黒い本を持っている。


「騒がしいから来てみれば、乱闘だなんてどうかしています。マリウス隊長、この件は海事局に報告させてもらいますからね」


 うなだれる隊長に、あたしは同情した。


「この人は悪くないよ。あたしが決闘を挑んだんだ」


「貴女には訊いてません」


 そんざいな口調で退け、向かった先にいたのは、


「坊や、疲れたでしょう。お姉さんが元気の出るお薬をあげる。さあ、こっちにいらっしゃい」


 フィガロは必死に首を振って拒む。


 やさしげな声を装っているけど、その風貌もあってメアリーは魔女みたいだ。


「こらやめろ! 嫌がってるだろ」


 あたしが引き離そうとすると、メアリーは得意そうに笑った。


「おや、変ですね。先ほど調書を読ませて頂いたのですが、全くの無関係の子供なんですよね。そんなにムキになるのはどうしてでしょう」


 もう誤魔化しはきかない。フィガロを連れて逃げるか。でも兵士に囲まれてるから逃げ場がない。


「あ……」


「この人は関係ありません」


 フィガロが、あたしの強く言葉を遮る。何を言おうとしてるんだ。


「僕が勝手に荷に紛れ込んだんです。身代金を要求するなり、拷問するなりやれるものならやってみろ!」


 しんと、場が静まり返る。メアリー相手によく噛みついたな。あたしも負けてられない。


「見逃したのはあたしの失態だ。責任はあたしが取る」


 メアリーの顔が、怒りでみるみる赤くなった。早口でまくし立てる。


「なんなんですか、貴方達! 論点をそらそうとしても無駄ですからね。私は」


「メアリー嬢」


 静観していた隊長が、メアリーをにらんだ。


「聴取は海軍の仕事です。貴女にその権限はない。控えて頂こう」


「法律ではそうなってますけどね、私の背後には長官がいるのをお忘れなきよう。人事に介入するのなんて造作もないのよ」


 しまいに強権をちらつかせてきた。これには誰だってひとたまりもない。あたし以外は。


あんたらはいつもそうだな。力で誇りを踏みにじる」


 今のあたしは単なる海賊。そして、貴族の誇りを持ってるから、この女が許せない。


「それがどうしたの? 大義の前ではあらゆる手段は正当化されるのよ」


 メアリーは澄まし顔で悪びれもしない。


 あたしのパパやママは必要な犠牲って言われてる気がした。こいつとは水と油みたいに絶対合わないみたいだ。


「あんたにフィガロは渡さない。たとえ力づくでもね」


 船のみんなには申し訳ない。海賊免許取り消し、拘留もありうる。でももう我慢できない。


「ふふ……」


 メアリーは本を抱えて不気味な笑い声を漏らす。


「ちょっと予定が狂ったけど、まあいいわ。そんなに暴れたいなら相手になってあげましょう」


 メアリーの持つ本が一人でに開き、晴れていた空を黒雲が包んだ。


「魔剣、使ってもいいですよ。私はまともな人間じゃないから使わないと後悔するかもね」

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