第13話 追い風


 黒く滑るような風が、船をかけ回る。目をこらすと、ぼろをまとった骸骨の群れだとわかった。


「お、おばけですのー!」


 聖女の悲鳴で、船は蜂をつついたような騒ぎになった。


 死霊レイス。場所によって呼び名は変わる。海の上だと船幽霊とか。あたしも何度か目にしたことがある。でも人間が操ってるのは見たことない。


「私は精霊の才がないから、捕まえてちょっといじったんですよ。今では我が子のように可愛いわ」


 カタカタと鳴る骸骨の頭を撫でるメアリーに、ぞっとする。死霊には銃も剣も効かない。あたしの出番だ。魔剣を抜いた。天に届く勢いで炎が噴き上がる。


「それが魔剣レーヴァンテインですか。素晴らしい神之火イグニス。やっと出会えた」


 炎に照らされ、うっとりするメアリーに感謝を告げる。


「ありがとう」


「……、今なんて?」


 二度は言わない。良い風が耳の裏に当たる。この時を待っていた。レーヴァンテインと追い風が揃うのを。


「まあいいわ。それより知ってますか。ここはグランガリアの領海内。たとえ神だろうが法には逆らえない。海上法第四条、海賊はいかなる場合も軍船の船内で武装してはならない。貴女はこれでおしまいよ! 海賊免許も、魔剣も、没収です!」


 知るかよ。うるさいな。

 一振りで、あたしの髪色に似た赤い突風が起こり、死霊の群れを吹き飛ばした。爆炎と煙が晴れると、呆然とするメアリーの側まで歩く。


「その剣、人は斬れないんでしょ……?」


「さあ、どうだろう。まともじゃない人間は斬ったことないからわからない」


 とぼけたまま、魔剣を高く掲げる。腕で顔をかばうメアリーの前で鞘に納めた。フィガロの所に戻る。


「情けをかけたつもり? 海賊風情が。生意気なのよ!」


 苛立つメアリーを無視する。お前なんか剣のさびにももったいない。


「エクレールさん、後ろ!」


 フィガロの切羽詰まった声に危険を感じ、振り返る。メアリーが解剖に使うような小刀を持って走ってきた。よけたらフィガロに当たる。往生際が悪い。あとちょっとだったのに。


「そこまでですの」


 冷気が、空気を凍らせる。肺が痛くなるほど気温が急に下がった。


 杖を持ったアイリスが、メアリーの前に立ちはだかっていた。厳しい顔で威圧感を振りまいている。先ほどまで死霊に怯えていた少女とは思えない。


「エーデルフォイルは常に中立。メアリー女史の行動は目に余ります。それにわたくし、弱いものいじめが嫌いですので」


「何故です。聖女……、貴女だって魔剣が疎ましいのでしょう」


 アイリスがあたしの目を一瞬だけ見て、ふん、と息を吐いた。


「そこの泥棒猫には借りがあります。この手で首を取らねば聖女の名折れですわ」


 ライバル認定されて、嬉しいようなめんどくさいような。でもあたしも同じ気持ち。アイリスとは自分の手で決着をつけたい。


「何故わからないの……、その剣は個人の手に委ねていいものじゃないの。管理しないと、災厄が」


 メアリーは力なく座り込み、泣き言を口にした。こいつは本当に魔剣で砲を作りたいだけなんだろうか。それだけでここまで無茶するかな。事情を訊ねようとしたけど、フィガロの声に注意が向く。


「ありがとうございました。聖女様!」


「あ、あう……」


 礼を言われたアイリスは口ごもって白クマの陰に隠れた。そういえばこいつ、極度の人見知りだった。最初の頃は、無言で殺しに来て怖かったな。


「帰るよ、フィガロ」


 フィガロはあたしの手を取るか迷っていた。伏し目がちでいじらしい。


「僕は……、一緒にいてもいいんでしょうか」


「良いに決まってるでしょ。早く行くよ。追い風逃しちゃう」


 さざ波立つ海を横目に、ライオネス号へと急いだ。その間、隊長と目が合う。


「ごめん! あたし行くわ」


「お達者で! 魔剣の使い手と戦えて楽しかったです」


 やっぱり楽しんでたんだね。悪い人じゃないからいつか報いられたらいいな。今のあたしには無理だけど。


 あたしとフィガロが乗り込んでまもなく船は帆を張り、洋上へ出発した。


 海軍の船は風がないから動かない。あたしが斬ったから。魔剣にはこういう使い方もある。風にも精霊がいるらしい。


 でもこれで、あたしはお尋ね者。海賊は続けられない。フィガロにそんな価値あるの? 自分に問いかけても、この時は全然迷わなかった。もっと一緒にいたい。ただそれだけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る