第9話 メアリーの目的
食堂はがらんとしていた。臨検の最中だ。仮に油を売ってる奴がいたら、あたしが許さない。
「さ、船長さん。お客様にお茶を饗するんですのよ!」
五席あるテーブルの一つに聖女たちは集まり、もてなしを催促した。しかも隠していたケーキをクマに発見され、食われる。フィガロに食べさせようと思って作ったものだ。そういえば臨検が始まる前にフィガロは何か探していた。バタバタして聞きそびれたけど後でいいか。
とにかく今すぐこいつら叩き出したい! 聖女だけなら力づくも可能だけど、メアリーとかいう奴もいる。手荒な真似はできない。
冷めた紅茶を叩きつけるように置き、あたしは聖女の隣の椅子に腰を下ろした。向かいにはメアリーがいる。それとなく彼女の所作を観察した。カップを握る手つきとか、涼しげで洗練されてる。良家の出なのは間違いない。
「で、魔法省の人がなんで軍の船に?」
「海洋調査です。近頃、魔剣の影響で精霊の数が減っていると聖女様に訴えられましたので」
聖女は少数民族が暮らす地域、エーデルフォイルの出身だ。エーデルフォイルはグランガリアの域内にあるが、独立自治を貫いている。協力関係はあるが臣従はしておらず、いつ敵に回ってもおかしくない。国も聖女の影響力は無視できないのだろう。
やっぱりこいつの告げ口か。肘で隣をつつくと、足を踏んできた。テーブルの下でしばらく応酬が続いた。
「因果関係はまだ不明ですが、調べれば何かわかるかもしれません。よろしければ魔剣を預からせて頂けないでしょうか。魔法学術院の研究チームが調査を……」
「断る」
メアリーの笑顔が急速に冷えて、固まっていく。
「まだ魔剣のことを一言も話してないのに随分詳しいね。さっきはあたしのことなんか知らない振りしてた癖に。本当の目的は何?」
こいつはなんか信用できない。正直に話してくれたらあたしだって考えたかもしれないけど、偶然を装って魔剣を狙うなんて誠意が感じられない。
「そう警戒なさらないで下さい。海洋調査にかこつけたのは謝ります。ですがこれは貴女にとっても悪い話ではないんですよ。ご存じの通り、我が軍は敵の海軍に苦戦を強いられています。私掠船に支援をお願いしているのがその証拠。このままではいずれ領海の侵犯を許すことになります。その前に新しい砲を開発するのが先決です。ご協力願いたい」
「それと魔剣になんの関係が」
「強い砲にはそれに耐えうる強い金属が必要です。ですが、今のところ上手くいっていないのが実状です。そこで、炎の魔剣の出番です」
確か鉄に精霊の加護を加えると強くなるって、聞いたことがある。魔剣の炎で金属を鍛えるという発想か。悪くないと思うんだけど…
「鉄は熱いうちに鍛えろとか、そんな感じ? でも魔剣は精霊しか斬れないんだよ。役に立つか」
具体的には精霊の力を弱めてる感じだ。メアリーはそんなのお構いなしに身を乗り出してきた。
「やってみなければわかりませんよ! お金はお支払いします。なんなら爵位はどうです。私の主は第三王女の」
臨検がそろそろ終わる頃だろう。あたしは手の平を向けて話を打ち切った。
「悪い。いくら金積まれても無理だ。話は終わり。臨検終わったら出てってくれ」
爵位は欲しいけど、魔剣には代えられない。あたしの意志が変わらないと知るや、メアリーはとんでもないことを言い出した。
「実は私、精霊の加護なんて全く信じてないの」
国内だったらかなりの問題発言だ。あたしだって慎重になる話題だぞ。グランガリアは精霊信仰の国だ。それをむやみに否定したら不敬罪になる。
「敵は鉄の船で攻めてきます。いつまでも怪しげな精霊に頼っていたら取り返しがつかないことになりますよ。私は魔剣を諦めませんからね」
メアリーは大股で食堂を出ていった。傍観者に徹していた聖女がカップを置いた。
「精霊がいなくなったら、この世界は滅亡します。メアリー女史の考えは危険です」
「だったらそう言えばいいじゃない。あんたらしくもない」
聖女は無念そうに白クマの背を撫でている。
こいつはエーデルフォイルの象徴でもある。政治的な緊張でうかつに発言できない立場ってのもなんかかわいそうだ。
それにしてもあのメアリーって女、何者なんだろう。好きになれそうにないけど、気になる奴だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます