第8話 臨検


 天気は快晴、風は良好。絶好の航海日よりだ。帆は風を受けて目一杯膨らんでいる。


 でも万全とは言えない。聖女の運んできた氷山は船に損傷を与えた。大工に補修してもらったけど、詳しい点検が必要だ。航海は安全が第一。どこかの港に寄らなくちゃいけない。あの聖女には後で請求書を送りつけてやる。


 それにフィガロ。あたしたちはいつまで一緒にいられるんだろう。偶然の出会いで、全くの他人なのにそんなことばかり考える。ここにいる船員たちだってそうだ。この航海が終われば皆バラバラになる。次に同じ面子が揃うとは限らない。だからこそあたしは、出会いを大切にしたいのかもしれない。


 でも、次に起こる出会いはあたしの望んだものじゃなかった。


 フィガロを乗せて二日後、太陽の旗を掲げる大型船と遭遇した。大砲の数はライオネス号のゆうに三倍はある。グランガリア海軍の船。あたしの暮らす国の軍隊だ。


 あたしたち海賊は、領海と公海ギリギリをうろついて獲物を狙う。海に厳密な境界はないから難癖つけて荷を奪い取る。それが敵国のものならセーフ。こうした行為を正式には私掠しりょうと呼ぶ。


 元々グレーな商売だから、アウトなことをする人も多い。それを監視するために海軍が巡回してるんだ。


 臨検といって、こういう抜き打ち検査は初めてじゃない。落ち着いて停船し、横付けを許可した。


 我が物顔であたしの庭に入ってくる白い制服の軍人たち。本音では歓迎してないけど、逆らったら全員逮捕だ。しばしの我慢。


 板橋を渡して彼らは乗り込んできたが、中に若い女が混じっていた。長身痩せ型で黒のニットにスカート、上下黒一色の服装だ。どう見ても軍人じゃない。なんかカラスみたいだなと思ってたら、目が合った。


「貴女、メイドさん? ご苦労様」


 あたしはフィガロのためにケーキを作っていたからエプロン姿なのだ。それにしても間違えるか普通。どこか見下した言い方なのは気のせいじゃないと思う。


「こう見えて船長でぇーす、エクレールっていいます。以後お見知りおきを!」


 女はあたしを無視してライオネス号にズカズカ上がり込み、甲板を歩いている。訊かれたから答えたのに。感じわる!


 私掠免許状、船舶国籍証書、航海日誌、船員名簿、出資者証明、積み荷目録。模範的な海賊はこれらを揃えていつでも提出できないといけない。あたしはできてる。だって船長だから。


 大抵、書類を形式的に調べられて終わりなんだけど、今日はやけにしつこく調べられた。船内まで確認されて生きた心地がしない。


 フィガロには船倉に隠れてもらってる。正直に話して引き渡した方が楽だけど、贋作も没収されかねない。そうなったら収入はゼロ。それならやり過ごした方が得だよね。


 橋を最後に渡ってきたのは、白クマにまたがった聖女だった。あまり堂々としてるから危うく素通りさせるところだった。


「何しれっと乗ってんだ! この疫病神」


 聖女はクマの上からあたしを見下ろし、馬鹿にするように笑った。


「誰かと思えば泥棒猫の海賊さんじゃありませんこと? 悪趣味な船首像が見えたからもしやと思いましたが、やはり意匠は魂を表しますわね」


 ライオネス号の船首像は、雄々しい獅子だ。高い金だして強そうなものを作ってもらった。ケチをつけられて悔しい。


「悪趣味言うな! それよりなんで軍とつるんでる。もしかして何か密告したの?」


「探られて困るようなことがあるんですの? これだから泥棒は」


 やべ、口が滑った。聖女はフィガロのことを知らないはずだ。単にあたしに対する逆恨みだけならいいけど。


「誰だって秘密の一つや二つありますよ」


 さっきの黒ずくめの女が、話に入ってきた。てかこいつ誰。


「メアリー女史、このバカと話すとバカがうつりますわよ」


「それは興味深い。バカが伝染病だと仮定すると民衆の暴徒化に論理だった筋立てが……」


 難しいことを一人でブツブツ言ってる。あたしがバカなのは否定してくれないのね。


「申し遅れました。私はメアリー。魔法庁の者です。よろしくお願いしますね、船長さん」


 役人様か。通りで上からの物言いが目立つわけだ。魔法庁とは魔剣の処遇でもめたことがある。あたしは貴族にコネがあって、ほとんど無理矢理ものにしたのを根に持ってるのかもな。


「自己紹介がすんだところでお茶にしません? この船は砂糖をたらふく積んでるんですのよ。わたくしケーキが食べたいですわぁ。一緒にいかが、メアリー女史」


「それはそれは、聖女様。砂糖は稀少品ですからお言葉に甘えます」


 二人と白クマは我が物顔で船内に入ってしまった。あたしの意向無視かよ。なんか面倒な奴がもう一人増えた気がする。

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