第7話 親不孝
フィガロに酔い止めの薬を飲ませて寝かせた後、あたしは集められるだけの船員を会議室に集めた。フィガロのことを話しておくためだ。
「実はやんごとなき方から密命を受けてね。あの子を逃がさなきゃならん」
「やんごとなき……、ハッ! まさか王族」
「皆まで言わすんじゃないよ。あんたたちには家族がいるだろ。重荷を背負うのはあたしだけで十分、さ」
「お嬢……、俺たちの身を案じて、なんておやさしい」
鼻をすする音が船内を包む。騙すみたいで気が引けるけど、巻き込みたくないのは本当だ。彼らが何も知らなかったことにすれば、あたしだけの責任になるしね。
「悪い海賊は口が上手いんですね」
会議室を出ると、狭い廊下にフィガロがいた。顔色はまだよくない。壁に手をついている。大地が定まらない海の生活はなれないと大変つらい。
「寝てないとだめでしょ。ほら、戻るよ」
フィガロはあたしに身を預けてきた。素直に従ってると可愛いく思える。いつもこうなら親御さんも心配せずに済むだろうに。
「どうかしましたか」
あたしが一人で笑っていると、フィガロは怪訝そうな顔をしている。
「いや、親の気持ちってこういものなんだなと思って」
「心配してくれるのはありがたいですけど、エクレールさんも親不孝という点では僕と同じです」
なんで言わなくていいこと言うかな。こういう所は可愛くない。せっかく匿ってやってるのに。もう心配してやんないぞ。
「あ、初めて名前呼んでくれた! もう一回呼んで」
「それより積み荷はどうするんですか」
フィガロには悪いけど、あたしも手ぶらで帰るわけにはいかない。贋作は本物だと偽るから罪になる。ならはじめから模造品として売れば問題ない。足がつかないように注意をすればいくらかの金にはなる。
あたしの妥協案を聞いてフィガロは考え込んだ。
「やっぱり僕が全部海に捨てようかな」
「だめ! あんたあたしのスカートだめにしたでしょ。その迷惑料だよ。それともスカート手洗いする?」
フィガロは顔を赤くして首を振る。これで出資者に顔が立つし、船員も守れる。そしてフィガロともう少し一緒にいられる。最後が一番肝心な気がして自分でも変な感じだ。
戻る途中でフィガロが足を止めた。
「この部屋はなんですか」
その部屋は床一面に蔦が這っている。ここでは苺を栽培しているのだ。フィガロは物珍しそうに部屋を覗いている。
「どうして苺なんか」
「船では栄養が偏りがちだからね。この苺はパパが名前をつけた品種なんだぞ」
バルフレアという品種で、甘みが強い。船員にも好評だ。
フィガロが口元を押さえているから、また船酔いがぶり返したのかと思った。
「エクレールさんってお父さんのこと、パパって呼ぶんですね」
「う、うるさい。つい昔の癖で」
「いいじゃないですか。僕のクラスの女子にもそういう子はいますよ」
苦しそうに見えたのは、笑いを嚙み殺していたせいだった。それにしても、この子の同級生と同列なのは面白くない。
「エクレールさんのお父さんは立派な人だったんですね。名前がこうして残るんだもの」
フィガロは寂しそうに声を落とす。あたしはその背中にそっと声をかける。
「立派じゃなくても、名前が残んなくてもパパはパパだよ」
その人が本当に大切だったら、比べる必要なんかない。
俯きがちだったフィガロの目に光が灯る。
「僕にはまだよくわかりません。やっぱり親不孝です」
でも、と続ける。
「いつか父の苦労がわかったら、仲直りしたいと思います。その時まで家には帰りません」
二人で赤い宝石のような苺をもいで食べた。今日はやけに酸っぱい。
ねえ、パパ、やっぱりあたしも親不孝だよ。フィガロと違って、もう孝行できないんだから。どうして死んじゃったの。名前が残んなくてもいいから、もっと側にいて欲しかったよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます