第3話 密航者


 男の子の灰色がかった瞳が、壺の中で光る。かくれんぼしてる時なら嬉しいけど、今は嬉しくないお客様だ。密航者、しかも敵国の人間となると捕虜の扱いになる。


「いつまで入ってるの。ほら、出た出た」


 一人では出られないらしく、引っ張ってあげる。よくこんな狭い所に入ってたな。壺の中に緩衝材の紙があって、それに紛れていたから誰も気づかなかったのだ。


 男の子は見たところ、十歳くらい。金髪で賢そうな顔をしている。糊の利いた白いシャツに半ズボン、革靴。庶民にしてはなかなか上等なものを着ている。


「ここはどこですか?」


 床にしゃがんだまま男の子はそう訊ねた。規則正しい発音。こっちの言葉が話せるようだ。少しほっとした。


「海賊船。あんたを鮫の餌にする」


 さあ、泣け。どうせいいとこの坊ちゃんが興味本位で迷い込んできたんでしょ。ここは怖い所なんだ。それを教えてあげる。


「ぷっ……」


 ところが、男の子は吹き出して真に受けない。もっと怖い顔すればよかったか。


「お姉さんみたいな子供が、海賊なわけないじゃないですか」


 うっ……、子供に子供って言われた。

 ベットのクッションには猫が描いてあって確かに子供っぽいけどさ。


「本当だってば! この魔剣で斬るよ」


 身の丈もある大剣で脅すと少年は少したじろいたが、それでも引き下がらない。


「じゃあ見せてください、その剣」


「え? 見たいの」


 今度はあたしが困る番だった。鞘に収まった剣から手を離す。


「これは悪いものしか斬れない剣なの。人は斬れない」


 嘘じゃない。これはそういうものだ。あたしにしか扱えない魔剣。


「あたしの話はもうおしまい。なんで密航なんてしたの? 名前は?」


 こっちの質問には答えない。だんまりだ。あたしはこの船の責任者として知る必要があるのに。押して駄目なら引いてみろ。甘いもので誘惑してみるか。


「ね、ねえ……、とっておきのお菓子が」


 その時、天地がひっくり返るような揺れが、ここ海だけど、襲った。舌を噛みそうになる。この感じは船の横っ腹に当てられたな。


 少年はベット下まで転がっていた。揺れが収まってきても、頭を押さえてうずくまっている。


「オジョー!!」


 野太い声が、甲板と繋がる伝声管から聞こえてきた。


「奴です、奴が来ました!」


 コートを羽織り、鏡の前で髪を素早くまとめる。試しに船長! って感じで顎に力を入れてみた。日焼けには気をつけてるから、肌には自信がある。ママ譲りの大きな瞳と赤い髪、鼻はパパに似て高い。あたしのルーツを確認してから扉に向かう。


「どこへ行くの? 危ないよ」


 不安そうに見上げる少年に笑いかける。


「ちょっと聖女を斬りに行ってくる。この部屋から出ないでね」


 そういえばまだ彼の名前を聞いてなかった。足を止めて確認する。


「あたし、エクレール。あんたの名前は」


「……、フィガロ」


 心残りが減ってよかった。でも何故かフィガロの名前を聞いたら頭が痛くなった。チクって。

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