第21話 地獄の始まり
『……………………………………………………っ!!!
……………………………………………………っ、きついなぁ!!!』
妨げるモノが何一つない空の上を滑空する『
だが、この『コンテナ』にはケンジの他に二人いた。
一人は白一色の服にフードを深く被っている女性。もう一人は緑色の短い髪をしている女性だ。
その二人とも、発射されると同時に後ろの壁に張り付けられていたが。
それもそうだろう。
二人はケンジとは違って、これが初めてであり、この『
座席も何もない『
しかし、これ以外の方法があったとしてもケンジには他の方法を選ぶことなどは出来ない。その理由は背中に取り付けてあるマントにあった。
……コイツを付けてるとほとんどの魔法無力化するからな……。
そうなのだ。
多くの攻撃魔法を無力化し、
ケンジが装備しているマント、『
そんなどうでもいいことを考えていたケンジだったが、斜め上方向に掛かっていた力が変化すると同時に正面にあるモニター画面に大地が映ったのが見えた。
どの世界でも同じことだが物体には重力が作用する。重力が掛かるからこそ、物体はある程度のところまで上昇するとそのまま落下する。コインを指で弾いた時にそれはよく分かるがそのまま、上がり続けてはいないのがその実例だ。それは下に掛かる力、すなわち重力があるからに他ならない。
だが。
ケンジは考える。下に掛かる重力に引かれて落下し始めるということは上方向ではなく下方向に徐々に力が作用するということであり。それ、すなわち。
このまま何も対処しなければこの『
それに対処するためにありったけの火薬を敷き詰めるというほぼ自殺にしか思えない特攻兵器とさせていたのだが。
火薬に点火すれば、当然のことながら爆発する。
爆発すれば、普通は無事では済まない。だが、幸いと言っていいかは分からないが、ケンジは『
たかがありったけ敷き詰めた火薬に火を点けて爆発させた程度のことで死ぬわけがなかった。
だが、今回はレオナとケイトの二人がいる。その上、火薬は敷き詰めてはいない。
そうなると、正面のモニターを壊すか、背後の壁を壊すかのどちらかの強行手段に出るしかないのだが……。
そう考えて、二人が張り付けられている背後の壁に目を向ける。幸い、『コンテナ』の内部に掛かる
それは至って簡単でシンプルな答えだ。
その壁にはレオナとケイトの二人がいるということだ。
壁を壊す分にはケンジの『MK-216B』、背中に取り付けてある『ミサイル』を使えば問題はない。
問題はないのだが、二人は『
果たして二人は無事で済むかどうか。それはケンジには分からないことであり。
それこそ、神のみぞ知るということであるとケンジは考える。
それとは反対に正面のモニターを壊してそこから脱出するという案も考えられなくもない。……ないのだが。
『……っ、そいつぁ、残念ながら……無理だぁな……っ』
そうだ。
仮に壊したとしよう。そうすれば、モニターに近いケンジは脱出できる。だが、残る二人は脱出することなく『コンテナ』と共に潰れる。たった一人が脱出したとしてもそれでは意味がなく、三人脱出することが出来て初めて意味があると言えよう。
とするならば、答えは一つしかない。
全身に掛かる重力という抗うことが出来ない
その瞬間、右腕下部分に取り付けられている銃口から乾いた銃声が轟く。だが、ケンジはその結果を確認することなく今度はその逆である右上の隅を視界に収め、右腕をそちらに向けると、……さらにトリガーを弾いた。
その結果は先程と同様に弾痕と共に小さな穴が空いた。
だが、ケンジはその結果も先程と同じく確認することなく、今度は左下の隅を視界に収めると、再びトリガーを引っ張り、銃口から煙が出るのを視界に収めながら、今度も先程とは逆の右下の隅を視界に収めると、トリガーのリングを弾いた。
そうすると、当然のことながらケンジが穴を開けた四つの隅から圧が抜ける音が聞こえてくる。その音を聞くと、ケンジは内心で笑いながら、ケイトの状態を確かめる様に彼女に確かめた。
『……っ、動けるかっ、ケイト……っ!!』
「……………………………………………っ。………………………………問題ないっ」
『………………………っ、了解だ……………………っ』
……だったら、構う事はねぇ……っ、
『……っ、その壁、ぶち抜け……っ!!!』
「………………………………っ、…………………………ja………………っ」
そう言うと、ケイトは自身に掛かるGに構うことなどはないといった様子で問答無用といった具合右拳で壁を穿った。
すると、当然のことながらケイトの力によって壁は吹き飛ばされ……、ケイトは壁が吹き飛んだことにより自身を支えるモノがなくなり一緒に外へと弾かれるように勢いよく出て行く。
ケイトがそうなる以上、壁に張り付けられていたレオナも同様に勢いに乗って出され、その勢いを逃してなるモノかとばかりにケンジも外に向かって飛び出た。
それから程なくして、『コンテナ』が地面に接地したのだろう、潰れた音が聞こえた。だが、ケンジたちはそれを確認するまでの余裕などはあるはずもなく。
ケンジは周りを見渡し、状況を確認する。
地面に打ち付けられるまでの時間はさほど残ってなどはいない。
ケイトの姿は見渡す限りでは確認は出来なかった。……だが、レオナが着ている服の白が目に映った。ほんの少しの距離、手を伸ばせばすぐに届く距離だったためにケンジは彼女の服を掴む。
掴んだ感触で服は彼女に張り付いている様だったことに胸の内でホッと一息つくが、ゆっくりしている時間などはない。なぜならば、地面の色が近付いていたからだ。
……レオナは俺が……っ、守ってやらねぇと……っ。
何故そう思ったのかは分からないが、そう考えた思考のままに彼女の身を守ろうと抱かかえた。
瞬間。
強い衝撃がケンジの身体を襲い、ケンジは意識を失った。
ふと彼女は目を覚ます。
確か、自分は空に打ち出されてからすぐにケイトと共に後ろの壁に張り付けられて……それから身体を動かすことも出来なかったはずだ。そのままの形で立っていたのはただ一人。
そうだ。
彼女たち三人にとって、とても、とても大事なあのお方、ただ一人であった。その光景を今でも思い出すことが出来る。
とすれば、ここまで認識が出来るということは自分ははっきりと意識出来ているということであり、死んだというわけではないはずだ。
であれば、目の前にあるこの黒い色は何なのだろうか。
そこまで考え、レオナは自身がどの様な状態になっているのか、自覚できた。
「………………っ!?」
黒いと認識していたのは己の影であり、そのなにかに覆うように自身が覆い被さっていて。
更には自身が被さっていたなにかは自身が忠誠を誓い、慕う己の主であり。
そう認識するまでその主の口に自身の口が触れていたということにレオナは己を恥じた。
付き従う存在であるはずの従者たりうる自身が己の主に覆い被さり、その挙句に己の主の口を奪うなど果たして、それは従者として如何なものだろうか。
…………結果的に言うならば、ケンジがレオナの身体を抱き締めた直後に落下した衝撃で力強く抱きしめていた力が緩み、その結果、身体の自由がある程度効いた状態でそうなったのだが、そうなるまで意識を失っていたレオナを誰も責めることは出来ない。
故に、いつも深く被っているフードが外れて周りの状況が今までよりも確認できるようなことにも彼女は気が付かない。
とんでもないことをしてしまった、という様に慌てふためく内心であったが、身体は冷静に動いた。そのため、いとも簡単に彼の腕の中から脱出すること出来たのだが、いやしかし、脱出できたとは言え、すぐに冷静になど出来るはずもなく。
「………………すぅ、………………はぁ…………。………………すぅ、………………はぁ………………」
深く呼吸をして気を静めると周りの状況が窺うことが出来るようになり。
そこで彼女はいつもそうしているフードが捲れていることに気が付くと、静かに、だが手早く、フードを頭に被せた。
だが、それでもフードの位置が安定しなかったのか位置を合わせる様に視界に映るフードの隅を掴むと、改めて深く被り直したのだった。
「………………。………………ja。………………これで大丈夫ですね」
先程、乱れに乱れた気が静まったのを己の胸に手を当てて確認すると、改めて周囲の状況を見る様に目を動かしたのだった。
戦闘が起きている様で喧騒が聞こえてくるが、時折、爆発が起きてその喧騒は一時的に静かになる。
その状況から判断するに、自身と未だに気を失っている己の主の他にいるであろう、第三者が敵と交戦していると考えるべきだ。
そして、ここは敵地である『
とすれば、今現在、敵と交戦しているのは自分らにとっては味方であるはずであり、ここにもう一人の従者、ケイトの姿はない。……とすれば、結論はただ一つ。
今現在、交戦に入っているのはケイトということになる。
となると、すぐにでもここを離れるかしないと敵が寄ってくるということであり、そうなれば、未だに気を失っている己の主を見捨てなくはならなくなる。
レオナは確かにレベルは三桁以上はある。だが、だからと言って己よりも重い装備で身を固めている主を連れて行くほどステータスはない。そして、彼女には彼を守りながらは戦うことは出来ない。
ここにケイトが居てすぐに連携が取れるのであれば、話は別となってくるわけだが、悲しいことにすぐ近くにはケイトはいない。
となれば、結論と言えることは選択肢は二つであり、導き出せる答えはただ一つのみ。
己の主を見捨てて敵の頭を潰すか。
己の主の身を守るために己の命を捨てるか。
そのどちらかでしかない。
だが。
「………………それならば、答えなどとうの昔に出ております」
そう言うと、レオナは両方の薬指に細いワイヤーが付けられたリングを引っ掛け、右の親指にもワイヤー付きのリングを引っ掛けた。
そして、退いてなるものか、と決死の意識を己の身に宿すかのように姿勢を低くして来るべき戦闘となるその瞬間に備えた。
確かに、彼は自分たち三人を見捨て、自分の世界へ帰るために姿を消した。
消えてしまった己の主は確かに自分の世界に帰るために『地下世界ニヴルヘイム』へと向かって行った。それは残った自分たち三人がどうなろうと知ったことではないという様に自分勝手だと言われても仕方ないのかもしれないし、そんな彼を守ろうとしている自分は愚か者なのかもしれない。そうしている自分のことをバカにする者はいるかもしれない。
だからこそ、レオナは強く思うのだ。
だからなんだ、と。
何も知らない人間にとっては、彼は自分のことしか考えない自分勝手な人間なのだろう。
だが、自分たちにとっては唯一無二、誰一人として代わりには出来ないただ一つの存在なのだ。
それを守ろうと思うのは何処がいけないのだろうか、とレオナは思っていた。
そう思いながら、視線を前に向けて来るであろう正面に意識を向けているレオナの肩にポンッと優しく堅い手が置かれた。一瞬、敵か!? と判断しそうになったレオナだったが、その手の感触に安心している自分がいることを自覚すると、殺気を打ち消して、背後を振り返った。すると、そこには。
先程まで気を失っていた白き装甲に身を包んだ巨人、己が心を許した唯一無二の存在である『ケンジ110』がいた。
「おはようございます、マスター。ご機嫌如何でしょうか?」
『よぉ、レオナ。………………気分か? ………………そうさなぁ』
何と答えたモノか悩むように頬を掻きながらも『メニュー画面』を出し、なにかを選択したのか、操作していた手を外側に向けて払うと同時に宙に浮かぶ『メニュー画面』が消えた。消えた画面に代わって、その手に握られていたのは黒光りする長方形に近い外見を持った銃器だった。
それをさも当然といった具合で肩に担ぐと、前方に向けて顎をしゃくった。
『ああ。今から「
「………………、ja。であれば行かれますか、
最高の気分だと言うケンジに対して、レオナはそう訊いた。彼女が訊かなくとも、彼が答えなくとも、その答えなどとうの昔に知れている。だが、彼女は訊いた。
それは彼女が、彼の従者であるが故に。
それは彼が、彼女の主であるが故に。
だからこそ、ケンジは笑うようにその言葉に答えた。
『無論だ。………………付いて来てくるか、レオナ?』
だからこそ、ケンジは彼女に問うのだ。
その答えなど、とうの昔に知っているこそが故に。
その問いに、彼女はクスリと微笑むように答えた。
「ja。貴方と共に居させて貰えるのであれば」
『ハッ。………………そいつぁ、嬉しいねぇ』
「ja。それはこちらとしても嬉しいと思いますよ、マスター?」
嬉しいねぇ、とレオナの言葉を聞いて素直にそう思ったのか言いつつも、手に持った黒光りする銃器に取り付けられてある『チャージングハンドル』と呼んでいるレバーを強く引っ張るとパッと離す。
その瞬間に初弾が装填されたことを知らせる様にカチッとなにかが入った音が聞こえた。そして、ケンジはレオナに向けて銃を構えると、迷うことなく撃った。
軽い発砲音と共に二発の弾丸が放たれるが、その弾丸はレオナには当たることなく……。
「グッ、ガァァァ…………」
「……なっ!?」
いつの間にか近付いていた獣に近い外見を持つ怪物、『
『ハッ。出先の一発目からたぁ、……ついてるな』
だがな?
『気を抜くのは感心しないぜ、レオナ? ここはもう敵地だ。何処にいるか、いつ出会うか分かったもんじゃねぇ。気を引き締めぇとすぐに死んじまうぜ?』
「……そうです、ね。助かりました、マスター」
『ハッ、気にするな』
「ja。了解です、マスター」
彼女がそう言い終わるか否かという微妙なタイミングでケンジがそうした様にレオナもケンジに向かって右腕を上げ、右親指に引っ掛けていた引き金を弾いた。
瞬間、一発の軽い銃声音が響き……。
「ガァァァァァ………………」
ケンジの背後でどさりと何かが倒れる音が聞こえた。そちらを確認するように振り返ると、一体の化け物が倒れていた。その結果を見て、ケンジはレオナも自身がしたことを真似たのか、と納得すると、レオナの方に顔を向け直し、コクリと頷いた。
『ありがとう、助かったぜ、レオナ。』
「nein。礼を言われるまでもありません、マスター。私が主たる貴方を守るのは当然のこと。感謝のお言葉を受けるまでもありません故に」
素直に感謝の言葉を受け取ろうとしない彼女の態度にケンジは苦笑しながらレオナの隣まで歩いて行った。
『バカだな、お前は。そういう時は俺みたいに、気にするなって言っておけばいいんだ。……その方が早く片付くからな』
「……そうですかね?」
『そんなもんだ』
ケンジはそう言いながら彼女の肩に手を置くと、そのまま彼女に背を任せる様に前へ出た。
レオナは彼のその動きで己が何をすべきか、するべきかを悟ると、改めて口を開いた。
「ja。では、言いましょう。マスター、お気になさらずに」
彼女が少しやけくそ気味に言った言葉を聞くと、彼は苦笑交じりに言葉を返した。
『なに照れてやがるんだ。別に俺とお前の仲だろ? 今更、恥ずかしいってか?』
「…………っ。そんなことは、…………ありませんよ?」
少し震える様に放たれた言葉に彼はおかしいことだという様に再び苦笑した。しかし、その笑いは長くは続かずすぐに気を引き締めると、前を見たのだった。
『あんまり、俺らが仲良くしてるとケイトのヤツが妬いちまうからな。そろそろ迎えに行こうかねぇ?』
「……少しは長引いたところで問題ない様に思いますが?」
『…………いや、問題ある』
……お前じゃなくて、特に俺の方に問題が……な。
声には出さずにケンジは心の中でそう呟いた。ケイトは基本あまり話さない。
だが、そのせいかは分からないが、嫉妬などはすぐに表すことが多々ある。そして、その場合犠牲になるのはレオナではなくケンジになる場合が多々あった。……とは言ってもレオナはすぐさまに察して何処かへと消えてしまうせいなのだが。
空気を変える様にケンジは咳払いをすると、言った。
『さて、と。それじゃ、一曲、踊るとしますか!!!!』
ケンジたちから少し離れた場所では、『魔人種』の群れの中で爆風を起こしその文字通りに目に付いた『バイオス』を片っ端から吹き飛ばす、短く切り揃えられた緑色の髪を揺らす女性が、いた。
「……………………」
言葉を一言を話すことなく数十体もの『バイオス』を弾き飛ばす様子はまさに『爆風』、いや、その爆風が力強く轟いているならば『轟爆風』だと言えた。その爆風から範囲外にいる何体かの『バイオス』は互いに見合った。
「何故ダ。何故、奴ガココニイル? 『エレメンタリオ』ハココニイル選定者以外ハ全テ『
「マサカトハ思ウガ、先程ノハ、奴ノカ?」
「奴ガイルノナラ、ソウイウコトダロウガ…………。ダガ、アレハ消エタハズノ技術ダ。使エル者ナド誰モイナイハズ…………。ソレナノニ、何故使エル? …………何故?」
どういうことなのだろう? と出るはずもない答えを出そうと、『バイオス』達は悩む。だが、『
故に唐突として近くで巻き起こった重々しい銃声にその場にいた『バイオス』達は驚いた。
「ナ、ナンダ!? ……何ガ起コッタ!?」
その彼らの視線の先には一人の、白い装甲に身を覆った大きな人物がいた。いや。
ヒトと呼んでいいモノかどうかは彼らには分からない。
何故ならば、それはヒトの様でいて、モノの様にも見えたからだった。
故に彼らは驚いたのだ。
心がないただのモノであるはずの金属の塊がなぜ動けるのか、と。
そう思っている内に、一人、また一人と、仲間達が地に伏していく。
その事実に誰もが答えを出そうとしている脳の動きを止め、それは手元にあった無骨な形をした黒いモノを手に取ると、こちらに向けて、発砲した。放たれた銃弾は魔力を込めることによって威力を増す『魔弾』と彼らが呼んでおり、一発受けただけで、息を断たせる代物だとされている。
しかし、放たれた弾にはそれほど威力がないのか軽く当たるだけに終わる。
にも関わらず、金属の塊が放つ銃弾には絶対的に相手の生命を断つ魔力が込められているのか、無事だった者たちが倒れていく。
それはまさしく、神か悪魔か。あるいはその両方か。
それほどまでの力の差があった。
誰もが、そう思った時にその場にいた全員にある名前が浮かんでくる。それはかつて自分らが誕生するよりも昔に存在した伝説の存在。
その名は……。
「ス、『スパルタン』……。何故、今ニナッテ……」
薄れゆく命と引き換えに、バイオスは彼にそう訊くが、その言葉は彼の耳には届かない。届くわけがない。
距離があるから、大声で訊かない限りは届くわけもない。
前に、ただ前に足を踏み出しながらも右手に握った『トリガー』から指を離すことなく、一体、また一体とケンジはその場にいた『バイオス』達を倒していく。
そうして歩いていたケンジの足を一体の既に地に倒れもう生命の火が消えかかっている『バイオス』が手が掴んだ。ケンジにとってその手を放す様に蹴ることは簡単なことだ。だが、彼はそうしなかった。
何故かは分からないが、ケンジの足は蹴らずに、ケンジは足元に視線を下ろす。
「……貴様ハ……、『スパルタン』……、ナノカ……?」
『……それ以外に何に見える?』
そう訊いたケンジの言葉に『バイオス』は笑うつもりだったのだろうが、ガハッ、と吐血するだけに終わった。
「……ソウダナ。……ソレ以外ニハ、見エナイダロウ。
……ダガ、我々ハオ前タチノコトハ、良ク知ラナイノダ。
……許セ」
『……そうかい』
ケンジに言葉を投げる彼の言葉を頭の中で噛み砕く。ケンジ達、『プレイヤー』にとっては『バイオス』とは絶対的な敵対関係にあり、友好的になれる選択肢などは存在しない。……するわけもない。
殺し、殺されるという関係だ。
それはゲームの頃から変わるはずもないことだ。
だが、この『バイオス』はケンジの知っている『バイオス』とは少し違う気がした。
いや。
もしかすれば、今の『バイオス』と、昔の『バイオス』とは決定的に何かが違うのかもしれない。
だが、それはケンジにとってはどうでもいいことだ。
たとえ、言葉が話せようとも『バイオス』は『バイオス』。
それだけでしかない。
それが分かっていれば、後のことなどケンジにとってはどうでもよかった。
ケンジが何を思っているのか、彼もまた気にしないようで改めて訊いてきた。
「……ナラバ、……『スパルタン』。……貴様ハ何故生キテイル? ……貴様ラハモウ既ニ死ンダハズ。……何故ダ?」
彼のその言葉を聞いてケンジは一度、小馬鹿にする様に鼻で笑うと、いつもの様に答えたのだった。
『……知らないのか? 「スパルタン」は死なないんだぜ?
……死んだとしても、……ただ消えるだ』
覚えておいて損はないぜ、と付け加える様に言った時に、足を掴んでいた手の感触が無くなっていることに気が付き、ケンジは彼の顔を見る。その彼の眼にはまだあったはずの光が、今ではもうなくなっていることに気付くとケンジは名も知らない『バイオス』の眼を閉じた。
「…………あれ? …………チーフ?
…………こんな所でどうしたの?」
気が付いてみれば、先程まで聞こえていた爆音が止んでいることに疑問に思っているとケイトが前の方からケンジに気が付いたのか駆け寄って来ていた。
「ケイト。貴女は少しは周囲の状況を読んでですね……」
今まで静かにしていたレオナがケンジの背後から顔を出すと、ケイトを叱るように言ったが、当のケイトはそんなことなど全く気にした様子はなかった。そして、ケンジの様子が目で分かるところまで近寄って来ると、
「…………知り合い?」
ケンジがもう既に事切れている『バイオス』の服を正していることに疑問を持った様子でそう訊いてくる。だが、ケンジはその言葉に首を振った。
『いや? 知り合いじゃねぇな。それに知り合いと言える連中のほとんどは、もういないからな』
「…………それは知ってるけど」
ならばどうして服を正すのか、と訊こうとしたケイトであったが静かに首を振るレオナが視界に映り、訊くのをやめた。
ケイトにとっては、今この場所でケンジが生きていて言葉が通じる、ただそれだけでよかった。他がどうなろうと知ったことではない。
ケンジが生きているのであれば、問題はない。
そう。
たとえ、ここが敵地であろうがなかろうがどうでもいい。
何故ならば。
『さて、と。それじゃ、気を取り直して。……ここにいるクソッたれな「バイオス」どもを殲滅するとしますかね』
「ja。そのために私たちはいますから」
「…………ja。…………最初からそのつもり、…………だよ?」
己が主たるケンジがそう決め、自身がいるのだから。
そうして、彼ら、彼女らは戦地へと踏み込んだ。
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