第19話 上昇準備
『日常と戦撃の箱庭亭』の階段で、髪を短くして機能性が良く動きやすそうに見える軽装備をしている女性は、ケイトは、地下へと向かうために階段を降りていた。
「……、……」
彼女の気分は良いのか鼻歌を歌っていた。その歌は彼女にとっては何も意味はなく、何か関連性があるからというわけでもなかった。ただ単に自分が奏でたかったという理由で歌っているだけだ。
そうしている間に扉の前に辿り着き、扉に付いている取っ手に手を掛けると、捻った。そして、彼女は部屋の中へと入って行こうとし……。
「……チーフ? ……何してるの?」
山のように積まれた部品の中心に白い装甲に覆われた男がそこにはいた。ただその部品の山に手を突っ込んで一つの芸術品を完成させ、再び手を突っ込むといった作業をしていた。
彼は彼女が来たこともそう訊いてきたことも全く耳に入れないようで集中している様に見える。
彼女はその事をその場にいる者に問う様に部屋にいた二人の顔を見た。
金色の短髪を揺らす女性と、白く短い髪で隻眼をしている女性の二人は少し苦笑いしながら彼女の顔を見ていた。
「……エルミア。……
「よぅ、ケイト。……あん、チーフか? う~ん……一、二時間ってところじゃねぇかな? 分かるか、エルミア?」
「どうも、ケイト。……ja。そうですね、110が作業を行う様になってからそれ位は経つと思いますよ、
エルミアと呼ばれた女性と、
「……だそうだぜ、ケイト」
「……そう」
ケイトは何かを言うのでもなく、そう答えると、彼のことを心配するような目で見る。そんな彼女の動きで何かを悟ったのか、
「だってよ、エルミア。……いやぁ~、チーフは愛されてるねぇ~」
「何を言いますか、
「ja。……ハッハッハ、そうだな。全くもってその通りだぜ、全くよぉ~」
で。
「……ケイト。お前はチーフに何か用事でもあるのか?」
「……あるにはあるけど」
「だったら、呼ぶか?」
別に呼ぶ必要はない、とでもいう様にケイトは首を横に振る。因みに、三人がいる場所は彼から少し離れた場所であった。そのため、彼を呼ぼうとしようものなら大きめの声で呼ばなければならなかったのだが、ケイトはそれを断った。その事に
「……んだよ。人が折角、チーフを休ませようかと思って聞いただけなのによ」
「……そうなの?」
「それ以外に何があるよ」
『……ぶつくさ言うなら普通に、呼ぼうが呼ばまいが別にいいだろうが。そういうお前こそ何言ってる。……しばくぞ』
三人のやり取りを聞いていたのか、気付かないうちに彼は作業の手を休めており、三人を見下ろす形で近くに立っていた。その事に三人は分かっていたかのように驚くこともなく、気軽に彼に向かって手を上げた。
「よぉ、チーフ。お疲れぃ~。……んで、何割がた生き返ったんだ?」
『あん? ……何割がただって?』
『あ~、そういう意味か。……どういう意味か分からなかったぜ。出来ることなら主語とか付けてくれねぇと分かるモノも分からないぞ、
「はいよ。そいつぁ、悪うございましたね。次からは気を付けまさあ、チーフ」
『出来ればすぐがいいんだがな……』
「……生き返った? ………………なにが?」
話の論点が変わっていることに気が付いたケイトは話の流れを直すように、……話の開始点が分からないので当然なのだが、疑問の声を上げる。その疑問に彼は思い出したかのように答えた。
『ああ。この前修理したら結局、
「……………………この前? ……………………あぁ、要塞に行く前に軽く遊んでた? ……………………それが?」
そうなのだ。
『ああ。それなんだがな。ついさっき、「スキル」のオンオフが可能ってのが分かったんですぐに使うものを全部オンにしたんだ』
そうしたらよ。
『全部、生き返ったぜって話だ。…………いやぁ、「スキル」様様だな。「スキル」がなけれりゃ、銃器のじゅの字も知らない
「それでも、三割がたは生き返ったんだろ? だったら、上等じゃねぇか」
『ま、そうなんだがな。だが、「スキル」使用が当たり前だと思ってる野郎が、自分が知ってて似ている世界に来ちまったと思ったら、普通は使えるはずがねぇと思うだろ?』
そう言う彼の言葉に疑問符を出す。
「けど、使えるんだ。だったらいいじゃねぇか」
『まぁ、な。……そう言えるのも、さっきになって初めて分かったからなんだがな』
「……………………だけど、直った。……………………だったら、結果オーライ」
『ハッ。…………それもそうだな』
励ます様に言ったケイトの言葉に彼は笑う様にそう答えてみせた。
『あ~、直すことに夢中になってたせいか疲れがどっと来たぜ。なんか軽く胃の中に入れねぇと腹が減って上手くいかねぇ』
「そう言えば、そんな時間ですかね?」
「…………あっ。…………そうそう。…………それで思い出した」
思い出したというケイトに三人の眼が集まる。
「…………チーフ。…………少し休まない? …………レオナが心配してたんだけど」
「……………………ケイト。それ言うの、遅くね?」
作業する手が休まったのをきっかけに休憩をするということで四人は上の階へと上がった。
「やぁ、チーフ。お疲れ様」
「お疲れ様です、マスター。ご飯にします?お風呂にします?それとも……」
「言わせねぇよ!?」
彼を待っていたかのように彩り豊かな野菜が切られた皿が置かれた机にそれぞれが座れるように椅子を並べていた白い服で身を包み、服と同じ白いフードを被った人物と、肩まで伸ばした蒼い髪を揺らす女性の二人が彼らを待っていたかのように立っていた。
その二人のうち、フードを被った人物のボケを言わせてなるモノかと勢いをつけて
「全く。…………それで、どうしますか、マスター?」
『……えっ? あ、ああ。そ、そうだな……。飯にしようかな? 折角準備してくれたみたいだし』
……えっ。
内心疑問に思いながら問われた彼はその問いに普通に答えた。その答えを聞いてその人物もそそくさと移動をはじめ、ケイトも移動をはじめ……、適当な席に腰を下ろすと、隣の席をポンポンと叩いて彼を見た。それはまるでここに座れ、と言っているようであった。
……あっ、そう。
きっとそういうことなのだろうと、自身を思わせることにして彼は彼女の要望通り、隣の席へと歩いていき、席に座った。その彼の隣にさも当然といった具合にフードを深く被った人物が腰を下ろし、残ったぞれぞれが席に腰を下ろした。
刹那、
「…………だぁぁぁぁぁぁ!!!! レオナ、てめぇ、無視して避けた挙句に放置するたぁ、いい度胸してんじゃねぇか!!! ぶっ転がされてぇのか!?」
各々が席に着いたそのタイミングに合わせる様に壁に身体をぶつけてからそれまで誰からも何も言われなかった彼女、
「こちらをどうぞ、マスター」
『あ、ああ。すまないな、レオナ』
……
そこら辺どうなのよ、と声に出さずに内心でツッコミを入れながら皿を受け取ると、ケイトのヤツも同じこと思ってんのかな、と疑問に思って隣を見る。
すると……。
「……………もぐもぐ。…………もぐもぐ」
周りで起こっていることなど何のその、といった具合でサラダを皿によそって一人だけ食事を始めていたケイトの姿が目に映ったのだった。自身に関係がないことであれば全くと言っていいほど関心を向けないことに、彼は、ほんとにコイツすげぇな、と感心していたのだが…………。
「…………? …………何、チーフ? …………何か用?」
彼が自身を見ていることを何か用事でもあるのだろうかと思ったのかケイトは彼にそう訊く。彼としてはそれほどと言っていいほどの用事はなかったので手を横に振っておくことで応える。
『…………いや? 用事なんざ特にないぜ』
「…………ja。…………何かあったら呼んでね?」
『ああ』
……お前を呼ぶ位のことって言ったら、これからだろうけどな…………。
彼は内心そう思いながら箸を手に取ると、皿に盛られたサラダを食べ始める。
その時に何かを忘れている気が彼の中ではあったが、まぁ、特に気にする事でもないだろ、思い出したら思い出したでその時に対処すればいいんだし、と思うことにするのだった。
そうして五人から存在を忘れられた
『あ~…………そうだ、ウルナ。お前、確か槍とか使ってたよな?』
静かに始まった食事を終えて静かに時を過ごしていた六人であったが、彼は、思い出したかのように、そうウルナに訊いた。
「ja。今でも使ってるよ、チーフ。……まぁ、結構ボロボロになっちゃったけど」
そう言いながらウルナは壁に立て掛けてある槍を手にすると、彼の下へと歩いていき、
「はい、チーフ」
と言いながら、彼に手渡した。
『あいよ。確かに受け取ったぜ。どれどれ……ってコイツぁ、ひでぇな。破損率が八割がたってお前これ、壊れてるとほぼ同じじゃねーか!!!!』
「えっ、……そ、そうかな? まだ使えるから大丈夫、大丈夫だって思って使ってたんだけど、……やっぱりダメ……かな?」
ボロボロになっている槍を受け取るとや否やすぐに状態を確認するが、確認したところで決して良好ではないことが分かると、彼はウルナを叱り、彼女は困った様子で頭を掻きながらそう応えたのだった。
『まだ使えるから大丈夫ってどこのバカ野郎だ。いつでもどこでも最良に、最善な状態で戦えなきゃ満足にいかねぇだろうが。そんなことしてると、すぐに死んじまうぞ、ウルナ?』
「あ~……、うん。肝に銘じとくよ」
『ああ、そうしとけ。……ったく、いくら「
「ハハハ、厳しいね」
そう言った彼の言葉から不穏な気配をウルナは感じていた。
もしかして、死ぬ気なの?
彼女の胸の内でその言葉が出てくるが、言うことはなかった。それを思っているのは自身ただ一人だけではない。ここにいる五人ともが思っていることだろう。
いや、五人だけではない。
ウルナは少し離れた場所で座っている三人を見た。その三人は彼のことを特別に思っている三人で、自分や
そう。
彼女たちの主である彼は、ここにいて。
ウルナと
その事は覆ることのない事実であると同時に、彼女に思わせることでもあった。
それは、自分の主が消えていく最後の姿を見せたあの光景だった。
『「スパルタン」は死なない。ただ消えるだけだ。まぁ、消えるとは言っても、この世界じゃないとこにこれから行くんだろうけどな。だが、死ぬってことじゃねぇ。それは、お前も知ってるだろ? ……まぁ、次会えるかは分からねぇが、また会うことが出来たら、……その時はよろしくな、ウルナ』
光と共に消えていった己の主が何処に消えたなどはウルナには分からない。
分からないが、分かることがあるとすれば、それはただ一つだけ。
「『スパルタン』は死なない……か」
『……あん? どうした、ウルナ? んな辛気臭い顔して、んなこと呟くとか。何か嫌なことでもあったか?』
「…………………………えっ?」
いつの間にか声に出していたのか、ウルナの言葉に彼は変なモノを見たとでもいう様に訊いてきた。なので、ウルナは慌てた様子で手を振って言った。
「…………う、ううん。ないない!!! 大丈夫、大丈夫だよ、チーフ!!!! 私は全然平気だよ!!! …………うん!!」
『…………嘘にしか聞こえねぇな…………』
とは言っても、まぁ、なんだ、
『俺はお前の主でも何でもねぇ。「旅団」のバカどもの知り合いの一人でしかねぇからな。お前がどう思っていようが別に気にしねぇさ』
でもな?
『知り合いが辛気臭い顔してても全然気にしねぇたぁ、一言も言ってねぇぜ? 俺でよかったら話してみるといい。なに、人ってもんは不思議なもんでな? 一人で抱え込まずに誰かに話してみるってだけで気持ちが楽になるってもんだ』
まぁ、だからってわけじゃないんだが、
『俺でよかったら話してみるといい。…………どうした、ウルナ? 何かあったか?』
ただ淡々と呟く様に話す彼に対し、ウルナは三人にも申し訳なく思いながら口を開いた。
ある日に、自分の主がその文字通りに消えてしまったこと。
何処に消えたのかも分からずに夜な夜な不安に感じていたこと。
そうして独りでいると自分と同じく独りになっていたケイトに出会ったこと。
自分の他にも不安に思っていた存在が居て安心に思ってしまったこと。
そして…………。
「あれは何時だったかな…………。レオナやケイト、エルミア達とまた会うことが出来て、他の皆と会うことができて…………」
彼女が流暢にではなく細々と話していくことに彼は耳を傾けていた。
「それで、みんなと会って話したんだ。『私たちのマスターたちはどこに行ったんだろうね』って」
細々とではあったが話していた彼女はそこで顔を上げると、彼の顔を見た。
「ねぇ、チーフ? ……何個か、訊いていいかな?」
なんで、
「なんで、チーフたちは自分たちのことを『スパルタン』って呼んでたの?」
なんで、
「自分たちが死ぬかもしれないのに、『「スパルタン」は死なない』って言ってたの?」
なんで、
「死ぬのが怖くなかったの?」
なんで?
そう続けて訊いてくる彼女の言葉に対し、彼はため息を一つ吐くと、あのな、と一言だけ先に呟くとその疑問に答えた。
『……別に死ぬのが怖くなかったわけじゃねぇ。先に言っとくがいくら「
「ja。それは分かるよ?」
『その上で言うんだがな?』
いいか?
『人間ってのは何かには成れるが、本物には成れねぇ。……ヒトという枠組みから外れることも自ら望んで出来ることじゃねぇしな。だが、何かには成れるんだ。それこそ、望みさえすれば、な』
だからこそ言うのさ、
『自分らは「
だからこそ言うのさ、
『「
それとな?、とその場の雰囲気で言った方がいいだろうと思った彼は続ける。
『俺が好きな映画で好きなシーンがある。どうあがいても勝てねぇ、もう死ぬしかねぇって時のシーンなんだがな? もう諦めかけてた時に指示を出すバカ野郎に諦めた野郎が言ったんだ。「みんな死ぬぞ!」ってな。そりゃそうだ。目の前に他の連中を殺した武器放たれて当たるまで避ける時間なんざねぇんだから』
でもな?
『そいつは言った。「死は避けられない」。そりゃそうだ。ヒトであり続ける限りは死は誰にでも付き纏うもんだ。それを補足するようにそいつは続けた。「あんたも死ぬし、俺だって死ぬ」。そりゃ当たり前だ。そいつも先に言った野郎も人なんだから。んで続けざまに言ったんだ。「みんないつか死ぬ」。そこまで言ったら、もう後は分かるだろ? どうせ死ぬのにんなこと言ってんじゃねぇ、ってな。俺だって心の中で言ったさ。分かってるのにいちいち言ってんじゃねぇよって思ってたさ』
だが、そこで終わりじゃなかった。
『あと少しで弾が当たってみんな死ぬって、もう最後だ、どうしようも出来なかったんだ! ってなってた時にこう言ったのさ』
『「だが、今日じゃない」……ってな』
「えっ」
彼のその言葉にウルナは耳を疑った。なぜ、その人はそう言ったのか分からなかったからだ。彼も彼女と同じことを思ったのだろう。ハッと鼻で笑ったみせた。
『……驚くよな? 俺だって驚いたぜ、「もう死ぬって分かってるのにいちいちんなこと言ってんじゃねぇよ!!!」ってな。だが、そいつらには当たらなかった。その前に出した指示で避けやがったんだ。……あぁ、あのシーンは最高だ、忘れることなんざ出来ねぇし、忘れろって言われても絶対に忘れねぇと思ったね』
だからこそ言うのさ。
『「
だからこそ言うんだ、
『「
分かったか?
確かめる様に彼は、
ケンジはウルナの顔を覗き見ながら、訊いてきた。
「あ~……、うん。なんとなく……かな?」
『……なんだそりゃ? 訊いてきたのはお前だぜ? きちんと理解してもらわないとこっちが困る』
不満げに言うケンジにウルナは手を振ることで応えた。
いやいや、と動きで訴えるウルナに渋々といった具合で引き下がるケンジであったが、そこで何かを思い出したかのように言ったのだった。
『ああ、そうだ。それでじゃないんだが、お前槍使えるよな? 俺が作ってやったこの槍をここまで使うんだから』
「えっ。う、うん。ja。使えるよ?」
『そうか、そうか。いやな、俺が「
いいか?とケンジが訊くよりも前にウルナは前のめり気味に食い付いた。
「いいの!?」
『お、おぅ。そうは言ってもお前が使いたかったらだけどな。』
彼女の食い付き度合いが半端ではなかったことにケンジは若干引き気味になりながらもそう答えたのだが、ウルナは彼の誘いを断りもせずにぶんぶんと左右に振った。
「nien!! 全っ然いい!!! むしろ使っていいか聞きたいくらい!!」
『そ、そうか』
……あっるぇ~、この子、こういうキャラだったっけ? お兄さん、分からないなぁ。
口には出さずに内心でそう呟きながら虚空を叩き『メニュー画面』を開くと、迷うことなく『アイテム』と書かれた箇所を二回タップした。すると、今度は溜めに溜め込んだアイテム名がぎっしりと並ぶことになるのだが、一番新しく一番上に表示されているアイテム名をタップする。すると、今度はケンジの手の中にそれが光と共に現れる。
その武器の名は……。
『「グングニール・ヘルブリッツ」。あの忌々しい隻眼クソ爺が持ってた「グングニール」の持ち手の方を改造してキャノン砲にしてやった。まぁ、キャノン砲って言っても12.7mm弾がぶっ放せるだけだけどな』
「『グングニール・ヘルブリッツ』……。うん、カッコいい名前だね」
『そうか? ……へっ、そうか。カッコいいか。お前も思うか。俺も思ってたんだよ。「ああ、かっけぇな!!!」ってな。ただ使うヤツが近くにいねぇからな。エルミアは銃器担当だし、
「使っていいの!? いや、使わせてよ、チーフ!!!」
使うか? と訊く前に前のめりになって言ってくる彼女の勢いにケンジは。
『お、おう』
ただそう言うことしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます