第5話 貧弱な強者たる騎士
『リシュエント帝国』と呼ばれる国内の街道には多くの店が構え、それらの多くは精霊種、『エレメンタリオ』が店に勤めて、精霊種たる『エレメンタリオ』の絶対数は機械人種『メカノイス』よりも多いが、人間種『ヒューマン』よりかは少なかった。
だが、敵対はせずに平和的に解決するのが彼ら、『エレメンタリオ』だった。
そのためだろう。
とある店内に、偉そうな態度をしている『ヒューマン』が店に長く居座ろうとも彼らは一切関わろうとはしなかった。関われば、何か良からぬことに遭ってしまう可能性が高いと思ったからだ。
そんな彼らの胸の内にはかつて耳した英雄たちの呼び名が浮かんでいた。
かつて。
そう、かつて。
ここにいたであろう彼らは何の前触れもなく姿を消した。
多くの人々は死んだのだろうと考えたが、彼らを知る者たちは違った。
死んだはずがない。
死ぬわけがない、と。
何故ならば。
『スパルタンは死なない』のだから。
一人の『エレメンタリオ』は
やがて、彼らは彼女の言葉が嘘ではない誠の話なのだ、と思い始める。
彼女と同じ主を持つ『ヒューマン』の女性が同じことを話したからだ。
その女性は決してフードは外さずに、顔を常に隠した状態であったためにどの様な顔をしていたのかを知る者は誰一人としていない。
だが、彼女が笑っていたということで、それは事実で確実なモノだと言えた。
どこか昔を懐かしむように彼女は、己の主のことを誇らしげに自慢げに話していた。
そして話はいつもこうして幕を引いた。
『スパルタンは死にません。もし、彼らが死んだとしても、それはこの世界が終わった時であり、終わらぬ限りは彼らは死にません。……あのお方に会える可能性は限りなく低いでしょうが、私はあのお方一度会っておりますので、ほかの世界でも会うことは出来るでしょう。……まぁ、その時はよろしく頼むと言われてしまったので、会えるまでは憶えていようとは思いますが。』
だからこそ、言うのです。
『スパルタンは死にません。』
今もどこかで眠っているのだ、と。
だからこそ、その話を聞いた多くの『エレメンタリオ』たちは思ったのだ。
ああ。叶うのならば、そのお力を我々に見せて下され、と。
彼らは『神』を願う様にして、その存在を信じ崇めていた。
そうした経緯もあってか、店内で尊大な態度をとる『
『あぁ、
そんな願いを店内にいる『エレメンタリオ』全員がしているとはつい知らず、四人は大きな声を上げながら盃を交わしていた。
メニューにない料理をわざわざ作らせ、自分たちの立場を理解していないのか悪いとしか受け取れない態度をしている。
それはいかに平和的に考えている『エレメンタリオ』とは言えども、耐え切れぬモノだった。
「そして、言ったのだ!! 『私の刃よりも強い者を知っているのであればここに連れて参れ!!』とな!!」
「ガッハッハッハ!! 流石は、我らがキッシュ殿!! いやぁ、流石は次の騎士団長には相応しいお方だ!!」
「そうだろう、そうだろう!!」
夜でもない昼間から酒を呷り、キッシュと呼ばれた騎士は店員に酒のお替りを注文する。
「おい、店員!! 酒だ、もっと酒を持って来んか!!!」
「ヘ、ヘイ、ただいま!! ……おい、注ぎに行ってやれ」
店で一番偉いらしい男性は近くにいた女性店員の脇腹を軽く肘を打つ。
打たれた女性店員は男性店員にしかめた顔を向ける。
「あの、先輩。私が行かなくてもいいですよね?」
「バカ野郎、てめぇ、俺が行ったら剣抜かれて斬られて終わりだろうが。それよりか女のお前が入れに行った方がいいって」
「え~。でも、それって、ただ先輩が入れたくないだけですよね?」
「ば、ばか、お前、んなこたぁねぇよ。……んなこと、あるわけねぇだろうが」
その言い淀み方ってあるって言ってますよね……?
声には出さずに、はぁ、とため息を吐くとビンを片手に店員はテーブルに向かって行くのだった。
その時だっただろうか。
彼らが来たのは。
ケイトに「美味しいもの」をリクエストされ、『旅団』がまだ七人だった頃に良く入った店にケンジは案内し、店内に入ったのだが。
空気が悪いな。
どこかギスギスとした、例えるなら『戦闘まで残り僅かの時間はあるが会話などをして少しでも気を紛らわせたい』というあの感じに似ていた。
まぁ、店に入るなり、店内にいた全員が一斉にこちらの方を見てきたからその印象が強かったからと言えるであったが。
どうしたものかな、と思っていたケンジを他所にケイトはカウンター上に貼られているメニュー表を目を凝らして眺めただ呟く。
「……ねぇ、チーフ。……『ステーキバーガー』の上にある『ハンバーガー』って美味しい? ……チーフも頼む? ……私が頼んでいい? ……頼むよ? ……頼んでいいよね?」
『……、……その前にどっか座ろうぜ』
「……あっ。……座ってから注文するんだったっけ?」
何故かテンションが高いケイトに『席に座る前にカウンターのメニュー表見て、先に決めるなよお前。せめて、席に着いてからメニューとか見ろよ。ってか、テンションたけぇなお前。そんなに腹減ってたのかよ』と思いながらケンジは店内を見渡す。
その時点で周囲の客はまだ目を外してはいなかったので、ケンジとしてはむしろ『さっさと帰りたい!! 飯なんていいからさっさと帰って銃磨いてたい!! もうどうなってもいいからただ無心となって倉庫にある全部の銃がピカピカになるまで磨いてたい!! エルミアとかなんか言ってたけど俺はただ何も話さない銃器たちと
『……、……ケイト』
「……ん? ……なに、チーフ?」
『……あそこ。……あのテーブルが空いてる』
「……ja。……流石だね、チーフ。……全然、気付かなかったよ」
たった今、ケンジに言われて気が付いたかのように言うケイトに対し、『いや、お前、絶対気付いてたよね!? 気付いてた上であえて言わせたよね!?』と内心で怒りながら、二人はテーブル席に向かって行く。
「……おい、見ろよ。……あの『メカノイス』……」
「……ああ。……スパルタンだ。……やっぱり、生きてたのか」
「……スパルタン? ……ってことは、隣にいる人は……。……まさか」
「……あぁ。……だろうな。……あのお方と同じマナだ。……一度だけ見たことがあるから分かる。……姿は違うが、間違えなくあのお方だ」
「……言い伝えは間違っていなかった。……あのお方の心はスパルタンと共にある。……間違ってなかったんだ」
「……んなものいるわけがないと思っていたが。……こうして目にするとな」
「……あぁ。……人生、何あるかは分からねぇってわけだ」
ありがてぇ、ありがてぇ、と何に有難みを感じているのか店内にいる『エレメンタリオ』たちはテーブル席に向かい歩くケンジたち二人を崇めていた人々の様子に、何のことか全く知らないケンジはケイトに訊いた。
『……、……何したんだ、お前?』
「……ご飯。……美味しいご飯」
ケンジの質問に彼女は彼女にしては珍しくただ飯のことを考えている様子でただ飯のことに思いを馳せているようだった。
そんな彼女の様子に『あっ、これは飯食べるまでは話しても無駄に終わるパターンだな』と考え、話すことを放棄した。
そうして、二人はテーブル席に着いて座ったその瞬間に合わせたかのように、店員が寄ってくる。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃらっしゃいませ、お客様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ご注文はお決まりでしょうかぁぁぁぁぁ!?」
『まだ席に着いたばっかだってのに注文なんざ決まっているわけねぇだろ。決めたらこっちから呼んでやるから早く戻れ、な?』ということは当然のことながら言うことは出来ずにいたケンジだったが、ケンジの代わりに話す人物がいた。
「……ja。……『ハンバーガー』をじゅっ……いや、二つ。……頼める?」
ケイトの注文に、『今、お前、「ハンバーガー」十個って言おうとしたよな? うん? 貴女、「ハンバーガー」十個って言おうとしましたよね? 俺の気のせいなんかじゃないよね? 貴女、そんなにおなか減ってるの? えっ、そんなに減ってるの、貴女?』と内心で文句を言いながらケンジは黙っていた。
「では、『ハンバーガー』十個ですね?」
「……nein。……十個もいらない。……二つでいい」
『でも、さっき十個って言おうとしてましたよね?』とツッコミを入れようとしたケンジは心の中でツッコミを入れていた。
「あっ、それでは、『ハンバーガー』二つ……でよろしいですね?」
「……ja。……二つ」
それでは失礼いたします、と言って下がる店員を視界隅に入れながらケンジは店内の様子を見渡す。
見渡すと同時にふと、ケンジは違和感を感じた。
『帝国』という『ヒューマン』の一集落にも関わらず、『ヒューマン』より少ない『エレメンタリオ』の姿が多い。
『エレメンタリオ』は『ヒューマン』よりか絶対数では劣ってはいる。だが、彼らは『ヒューマン』が扱いにくい『魔法』を自在に操ることが出来る、という設定だ。
『魔法』が操れるということは機械人種たる『メカノイス』よりも強いのでは? と思われるだろうが、実際にはそうではない。
『メカノイス』は『魔法』は操ることは出来ないし、絶対数もはるかに少ない。
だが、そういった弱点を補うモノが一つだけある。
それは、人類が見つけた最強たる絶対的な力。
物理、つまり、火力だ。
攻撃を防ぐ盾然り、あらゆる防御を貫く攻撃然り。
攻撃たる矛と、防御たる盾。
これすなわち、『矛盾』なり。
その矛盾を兼ね備えた最強の種族が機械人種たる『メカノイス』である。
それ故に、ただの人間たる『ヒューマン』が機械人種たる『メカノイス』に喧嘩を売っても勝てるはずもないし、魔力が使えるだけの精霊種たる『エレメンタリオ』が『メカノイス』に喧嘩を売るはずもない。
だが、時としてその常識が通用しない時もある。
そう。
「お嬢さん、きれいだねぇ。どう? 俺たちと楽しいことしない?」
待っている間、暇を感じたからであろうが、水を平然と飲んでいるケイトの肩に触れながら、ガラの悪い外見が騎士に似たナニかが、二人のいるテーブル席に寄ってくる。
ケイトは肩に触れられていようとも全くの無反応をしていた。
そして、反応するかと思われた時、ケンジの方を見て言った。
「……チーフ。……デザートとか頼まなかったけど。……大丈夫? ……足りる?」
『いや、お前、その前に反応するべきことあるんじゃないの?』と話すことが出来ずにチラリとわざとらしく横を指差す。
彼女は何かあるのかと思ったのか、そちらの方へ視線を向ける。
その反応を見て、ケンジは『そうだよ、そう。反応してあげて。』と心の中で呟いたのだが、彼女の反応は彼が全く思わないものだった。
「……? ……何もないよ、チーフ?」
『ちげぇだろう!!! 明らかにお前に触ってる野郎の手がお前の肩にあるだろう!!!!』と叫びたい一心でケンジは心の中で叫んでいた。
そんな彼女の反応に苛立ったのか、明らかにガラの悪い騎士は彼女の肩を掴む手に力を入れたようだった。
「おい、姉ちゃん。無視するのか。おぉ? 力入ってお嬢さんの綺麗なお肌が台無しになっても良いのかなぁ~?」
う~ん? と反応しないことに苛立ちを感じたのかチンピラは大きな声で彼女に話しかける。
因みに、このチンピラをよく見てみれば、
名前『キッシュ』
種族『ヒューマン』
レベル『7』
レベルの低さにケンジは、噴きそうになってしまう。
なお、ケイトは、と言えば、
名前『ケイト』
種族『エレメンタリオEx+』
レベル『857』
百倍以上のレベル差がある。
また、転生システムを使っているので、単純なレベル差で言えば、百倍以上であるが、今までのレベルをこれに加えるとなると、何千倍以上になるかは判り知れない。
そんなに差があるのなら、ケイトが掴まれても何も感じないということにも納得できなくはない。
巨大な岩に葉が触れても何もないように。
だとしても、彼女は近くで声がしようとも何も反応しなかった。
それに苛立ちを露わにしたのか更にチンピラは力を込めたようだったが、それでも無反応だ。
その様子を見て、ケンジは『すみません。コイツ、「エレメンタリオEx+」でレベル三桁いってるんでレベル上げてからやってくれませんかね? その時に私たち二人がいるとは断言できませんけど』と申し訳ない一心で心の中で謝罪しておくことにする。……しておくことにするだけであって心を込めているかは別の話だが。
彼女の反応にチンピラは怒りを露わにしたのか剣に手を掛ける。
「このアマ、ざけやがって!! 調子に乗ってるんじゃねぇぞ!!」
「キッシュ様!! こいつらぶった切りましょう!! 『メカノイス』も『エレメンタリオ』も、『ヒューマン』に楯突くとどうなるか思い知らせてやりましょうぜ!!!」
「それは名案だ!!! よし、貴様ら二人立てぇい!! この『帝国騎士団次期団長候補』たるこのキッシュが思い知らせてやる!!!!」
キッシュと名乗るチンピラその一が発した言葉に周りで普通に飯を食べていた『エレメンタリオ』たちはギョッとした目で見た。
その反応は、まるで『何コイツ言ってるの!? コイツもコイツであれだけど、そんな奴の言葉を聞くとかこいつ等正気かよ!?』と正気を疑っているようにケンジには見えた。
ケンジの後ろにいるらしいチンピラその二が抜刀する音が聞こえ、ケンジの肩に剣先が置かれる。
「ふっ。我ら『ヒューマン』のを愚弄するか。その愚かさ、己の身をもって知るがいい!!!!」
そう言うや否や、ケンジの肩に置かれた剣が振り上げられ、振り下ろされる。
その瞬間。
背後にいるはずのチンピラその二の動きが止まる。
いつまでも振り下ろされないことにケンジはおおよその現状を悟り、チンピラその二に心の中で謝罪した。
『すまない。……だけど、先に喧嘩売ったのはそっちだぜ。』、と。
「なるほど。であれば、我らの主たるお方を斬ろうとした貴方が殺されても文句は言えませんよね?」
背後から突然、言われた言葉に周りの連中は驚愕した。
いつの間にそこにいた、と。
いや。
そもそもどこにいたのか、と。
彼女は周囲の反応などさほど気にしない様子でケンジの前に座るケイトに当たり前の事を訊くかの様に静かな口調で話した
「それで、ケイト。一つ訊きますが、マスターと共にいる貴女が何もせずにいるとはどういうことでしょう?」
「……ja。……おなか減った」
「では、貴女が動けないのは周りを囲まれているからではなく、ただおなかが減ったからだと。そう言うのですね?」
「……ja。……その通り」
「あのですね、ケイト。……いえ、マスターも。状況が分かっているのでしたら、少しは動かれてもよろしいかと存じますが? ……いえ、マスターに無理をしてでも動いたら如何でしょうとは言ってはおりませんので悪しからず」
『はい、すみません』と謝るかのようにケンジは頭を前に倒す。
そんな彼の動きを見て、彼女は微笑むかのような反応をして、言った。
「ja。お分かりいただけたようで何よりでございます。……それで? 貴方方は『帝国騎士団』に属する方々とお見受けしますが、どうですか?」
「ふ、ふっ。確かに我らは『帝国騎士団』だ。だが、だからと言って何かできるわけでは……」
「成程。では、大将殿にお口添えしますか。『貴殿の騎士たちは我らが主たるお方に手を上げる野蛮な者。そのような者を放っておくなど笑止千万。であるなら起きりうる出来事には我々は一切手を貸さないとここに告げましょう』、と」
「ば、ばかな。いくらなんでも、あの方がその様な戯言に耳を貸すわけが……!!」
「貸すでしょう。私たちが手を貸さなければ、『帝国騎士団』はゴミ同然の存在となるのですから」
「そんなこと、あるわけがなかろう!!! 騎士を愚弄するのもいい加減にするがよい!!」
チンピラその一はケイトの肩に置いた手にさらに力を入れたようだが、彼女は全く表情を変えなかった。
……元から表情を変えることは少なかったのだが。
彼女は話にならないとばかりに、はぁ、わざとらしくため息を吐くとケンジの背中に語り掛けた。
「少々、手荒く教育してもよろしいでしょうか、マスター?」
『……死なない程度に、……可愛がってやれ。』
それまで一言も話さなかったケンジが話したということにチンピラたちを含め、店内にいる全員が驚いた。
それらとは打って変わって彼女は非常に明るい声で応えた。
「ja!! 我が主たる貴方様のご命であれば、しかとその命果たさせて頂きます。」
その言葉が耳に届いた瞬間、背後にいるチンピラその二の気配がなくなり、少し離れた後ろの方で何かが落下したかのような音が聞こえた。
「なっ!?貴様ぁ!!!」
目の前にいるチンピラその一……キッシュとか言っていた様な気がする男は背後の出来事に明らかに激高した様子だったが、剣を手に取る前にすくっと立ち上がったケイトに反応することが出来なかった。
「……吹き飛べ。」
「……へっ?」
ぼそりと呟かれた言葉が何を意味するか、彼は吹き飛ばされることで身をもって知ることになった。
ケンジは彼女の拳がキッシュの身体に触れていなかったことに気付いて、『一応は守ってくれたんだな良かった良かった』、と安堵していた。
発勁と呼ばれるモノがある。
それはかつてからある武術の一つで、『気』と呼ばれるモノを扱い、相手を無力化させるものだ。
現代においても発勁というモノは存在はする。それを使う者は限りなく少ないために『超能力』の一種等と思われているが、実際にはれっきとした武術の一つとされている。
そうしたものに精通した者であれば、ケイトが先程チンピラその一を弾き飛ばしたのは『超能力』ではないと分かるだろう。
……本人曰くには、『「魔力」を相手に触れさせて飛ばしているだけ』とのことだが、どこがどう違うのかケンジにはよくは分からなかった。
「キッシュ殿!!!! おのれ、貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
一人の剣士、恰好からしてその一の仲間らしいので、チンピラその三ということにしておこう。
その三は格好だけを見れば、男性に近い恰好をしているが、足運びなどを見てみるに女性の様に見えなくもない。だが、その一の仲間であるなら手加減する理由もないわけで。
「……遅い。」
振り下ろされる剣先を見ながらケイトは身体を前に出しながら、剣を避ける。
そして、相手に触れるか触れないかというところで拳を前に出して……。
「……飛べ。」
「なっ!? は、早っ!!!」
その三が反応するよりも早く、ケイトは先程その一に味合わせた様に相手を弾き飛ばした。
そうしていると、ケンジの背後の方で男の雄たけびが聞こえた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!! 貴様ら、ただで済むと思うよな……!!!!」
「五月蠅いですよ」
雄たけび上げて相手が行動を起こすよりも早くにレオナはただ呟くと、ドスッと鈍い音が聞こえ相手は静かになる。
「やれやれ。『帝国騎士』が聞いて呆れますね。少し手応えがあると思いきやこの程度とは。……ケイト。もう少しきつくした方が良いのではありませんか?」
手をぶらぶらと揺らしながらレオナはケンジの隣の椅子に静かに座った。
「……レオナ。……私が相手してるのはもう少し手応えがある。……こいつらは下の下。……ただの素人に毛が生えただけ」
レオナの言葉に苦言を言いながらケイトも先程座っていた様に椅子に座った。
「素人に毛が生えただけ? ……サルが道具を持つマネをしていただけかと思いますが?」
「……それはサルに失礼。……サルの方がまだマシ」
「……ほぅ? ということはサルの方がまだ器用ということですか?」
「……ja。……それにサルの方がまだ賢い」
「そうですね。いくらサルでもどちらが上でどちらが下かということはすぐに分かりますし」
ですが。
「ケイト。マスターの肩に刃を触れさせるとは気が緩み過ぎですよ?」
「……ja。……そこは反省する」
「マスターもマスターです。いくら敵地ではないとは言え、油断し過ぎでは?」
『……お前が先行してたんだ。……だったら、大丈夫だろ?』
「マスター……」
ケンジの言葉にうっとりとした口調で彼女は言う。
だが、これではいけないと思ったのかブンブンと頭を振ると頭が悪い子供に言い聞かせるように人差し指をケンジに向けながらずいっと身体を前に出した。
「いいですか、マスター。従者としては主に信頼されるということはこれほどもない最高の扱いであり、誇れることではあります。貴方の従者であって良かったと言えるでしょう」
ですが。
「貴方は私の主であり、私は貴方の盾であるのと同時に剣でもあります。今回はたまたま間に合いましたが、次があったとして間に合うかどうかなどというモノはまさしく『神のみぞ知る』と言えましょう。」
ですから。
「常に気を張ってくださいとは申しません。……申しませんが、少しは緊張感を持ってください」
『……でもよ。……それしたら、俺、……たぶん遊ぶぜ?』
いいのかよ? と訊くケンジに対し、レオナは腕を引っ込めるとうむむ、と静かにうなった。
「……遊びますか?」
『……遊ぶな』
「……遊ばないという選択肢は?」
『……お前は俺に死ねと言ってるのか?』
「私がですか? ……nein。まさか。主たる貴方様に死ねとは恐れ多くて申せませんよ」
とすると。
「難しいですね……。外との交流は生きていく中では必要不可欠です。……ですが、今回のようなことがあるとなると、気を緩めるわけにもいきません。……悩ましいことです」
「……ja。……ほんとにそう」
どうしたものかと考え始めたレオナたちに店員は声を掛けずらそうにしていたことにケンジは気付く。
なので、店員が来ていることをケンジはレオナに教えることにした。
『……レオナ。』
「ja。……はい、なんでしょうか、マスター?」
『……頼めるか?』
店員を肩越しで親指で差しながら彼女にケンジは応答を頼んだ。
「ja。お安い御用ですよ、マスター」
彼からの依頼にすぐに応えるかのようにレオナはすくっと立ち上がると、店員の方へと向かって行った。
彼女が行ったことを覗き見る様に身を屈ませながらケイトは身体を前に出した。
「……チーフ、ごめんね? ……変なことに巻き込ませて。」
『……別にお前のせいじゃない。……それによく言うだろ? ……誰にも予想がつかないことは……』
「……よくあること?」
『……そういうもんだ。……だから、……お前は気にするな。』
「……ja。……わかった、そうするよ、……チーフ。」
と二人が会話をしていると、話が終わったのかレオナは二人のところへと戻ってくる。
「マスター。その、非常に申し上げにくいのですが……」
『……迷惑料と慰謝料か? ……たぶん払えなくもないとは思うが。』
「いえ、そうではなく」
『……違うのか?』
違うと言う彼女に彼は呆気にとられる。
店に対する迷惑料と騒ぎを起こしたことに対する慰謝料を請求されると思ったが違うと言われたからだ。
では……?
不審に思ったケンジではあったが、彼女の後ろでどこか嬉しそうな顔をしながら店員がやって来た。
「ありがとうございます!!!!」
『……あっ?』
店員からの感謝の言葉を聞いてケンジの脳は思考するのをやめた。
迷惑を掛けた側が感謝されるとは完全に予想外だったからだ。
そんなケンジを他所に店員は話し始める。
「いやぁ~、助かりましたよ。あの連中はうちの店によく来る連中でしてね? 近いうちに、迷惑な客がいるから来ないでくれと『騎士団』に言おうかとしていたところなんですよ。そんな時に貴方方が来て、あの連中をコテンパンに叩きのめしてくれた!!! いやぁ~、店としてはもう、感謝の言葉もございません!!!! 改めて、感謝を。ありがとうございました!!!!!」
『……、……あ~、……つまり?』
ケンジの疑問に店員ではなくレオナが答えた。
「つまりですね、マスター。彼らは我々に非常に感謝しており、そのお礼がしたいと言っているのですよ」
「……どんな?」
レオナの言葉を噛み砕いて理解したのか、ケイトは店員に問う。
すると、店員は思わぬことを言った。
「それはですね!!!! 貴方方が注文為されたモノは特別大特価!!! 無料、とさせていただきます!!!!」
「……無料? ……無料で良いの?」
「はい、構いませんとも!!!! 話に聞けば、貴女方二人は、『静寂たる待ち人』のレオナ様と『無言の豪旋風』で有名なケイト様と聞きました!!!!!」
「……違くはない。」
「間違ってはおりませんね。……二つ名があること自体が驚きではありますが。」
口々に話す二人を他所に店員はケンジの方へ身体を勢いよく向けた。
「そして!!! 最強と名高いお二方を従われている『メカノイス』!!!! 我々が知る中で絶対的な強者たるのはただ一人!!! そう、『ケンジ110』!!!! いえ、『シエラ110』、貴方様です!!!!」
『……俺、何もしてねぇぞ?』
「またまた、ご冗談を!! 貴方様が来られなければ、今日も今日とてあの客を追い出すことは出来なかったでしょう。……ですが!!! 貴方様が今日来られた!!!!! これも何かのご縁!!!! ぜひ、当店をご利用の際にはお支払いの方は構いません!!!!!」
『……それはいいんだが。……やっていけるのか?』
店の経営がそれで成り立つとは到底考えられずにケンジは思わず訊いてしまう。
だが、店員……この反応からおそらくは店長だろうが、彼は大笑いをしながら答えた。
「全く!!!! えぇ、全く構いませんとも!!!!! 天下名高いスパルタンと言われたお方が立ち寄って下さった!!!!!! それだけでもう店としては名が売れるというモノ!!!! それに比べれば、こんなことなど些細なことです!!!!」
『……そうか?』
「えぇ、そんなものです!!!!!」
『……だったら、今回だけは払わせてくれ。……今後とも利用すると思うからな。……レオナ。』
「ja。それでは今回、ご迷惑をおかけしました迷惑料と、お店に対する謝罪を含めた慰謝料、そして、今回注文した分の料金とお店におられます方々がご注文為さった料金、その他諸々を御払いしますので、経費の詳細を頼めますか?」
レオナの言葉に店長はうろたえた。
「とんでもない!!!! そんなお金、戴けませんよ!!!!」
「……だそうですが?」
レオナの疑問にケンジは鼻で笑った。
『……今後とも使うとした利用代金の先払いと思ってくれ。……まぁ、また今回みたいなことが起きないとは断言できないからな。……次利用しようとしたら潰れましたってのは、……勘弁だしな。』
諦めろ、という意味を含んだケンジの言葉に店長は渋々納得したようだった。
「はぁ。そういうことであれば、受け取らせていただきます。」
『……それはなによりだ。』
店長が納得したことにケンジは良かった良かったと安堵した。
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