第4話 白き鋼と明緑の暴君
かつてこの世界に『プレイヤー』がいてまだ『地獄』ではなかった頃、四つの種族の内、ただカッコいいからというただそれだけの理由で『メカノイス』を選択した『プレイヤー』達のことを誰かがこう呼んだ。
スパルタン、と。
地獄と化した戦場で、誰よりも率先して先頭に立ち、動くことが出来なかった人々の足を前へ、ただ前へと導く英雄。
架空の英雄として知られていたその言葉を誰が当てはめて、彼らをそう呼んだ。
それは、単なるきっかけでしかなかった。
そう。
誰かが呼んでいた程度で終わるだけの話であった。
だが、彼らは彼ら自身で終わるはずだった話を続けたのだ。
それは単なる気まぐれか、それは誰にも分からない。
しかし、一つだけ言えることがある。
『スパルタンは死なない』
終わりを、救いを求める人々にとってはそれだけが、
その言葉だけが、助けであった。
動こうとはしない人々とは違い、自身を犠牲にしてまでも前に進もうとするその姿勢は多くの人々に勇気と希望を与えた。
そして、その結果、人々が何を思い、消えていったのか。
それは誰にも分からない。
ただ一つ言えることがあるとすれば。
『スパルタンは死なない』
ただ、それだけだ。
『日常と閃撃の箱庭亭』。
窮屈に棚が並ぶところから少し離れた食事処で、多くの、とは言ってもさほどは多くないテーブルの一つに四つの湯飲みが置かれている。
その湯飲み、それぞれはそれぞれ四人の手元に置かれていた。
『……で、だ。エルミア。お前、あそこで何してた?』
白く鋼鉄の身体に覆われ、マントを羽織る様に肩に掛けている人物、ケンジは対面に座る短く切り揃えた金色に煌めく髪をしている女性に訊いた。
彼女はケンジからの質問を聞いた後で湯飲みに手を伸ばし一口だけ口に含むと答えた。
「それは、どういった意図で行動をしていたのかという質問でしょうか、110?」
『……いや? 単に何をしてたのか訊いただけさ』
「では、私が答えれば解答によっては私を止めますか、110?」
『……まさか。……面倒ごとにはもう飽きたんでな。……巻き込まれる心配がなかったら、それこそどうでもいい』
「成る程。……貴方らしいですね、110」
二人の会話にふと嫌なモノを感じたのか、彼の横に座る銀色に揺らめく髪をしている従者、レオナが口を挟む。
「エルミア。マスターはただ訊いただけですよ?」
「それは分かっている」
であれば、
「レオナ。貴女はどうする?」
「私はマスターが無事なのでしたら、特に言うつもりは御座いません。」
ただ、
「巻き込むつもりならば、両方とも潰します。主の身の安全を守ることこそが従者の務めですので」
「……『ヒューマン』を? ……それとも『メカノイス』を?」
「nein。いいえ、……両方です」
「分かった。……ケイト。貴女はどうする?」
エルミアはレオナから視線を外すと、彼女の隣で苦い顔をしながらお茶を啜る緑髪の少女……いや、女性であるケイトに訊く。
「……チーフと同じ。……面倒ごとはいい。」
「参加の有無は?」
「……こっちに降りかからなければ参加しない。……こっちに降りかかればレオナと同じく両方潰す」
「……成る程。貴女も変わらない」
そう言うと、ケンジに視線を戻した。
「110。貴方の実力は知っている。貴方の傍に私もいたのだから」
『……そうか。』
「でも、同胞は救いたい。出来れば、同じ『メカノイス』であり、『メカノイス』を選んでいる貴方の力が欲しいところ」
『……でも、お前らと俺は違うぜ?』
「ja。それも知ってる」
だから、
「私は貴方の事は話すつもりもないし、もちろん、ここのことは話さない」
『……いいのか?』
「ja。……貴方が私とレオナ、ケイトにとってとても大事な主で、とても素敵な人だから」
交互にお互いを見やる二人の雰囲気にレオナとケイトの二人は踏み込めずにいた。
だが、下手なことはしないだろうと思い、再び湯飲みに口を付ける。
『……悪いな。』
「nein。それはこちらのセリフ、110。貴方の戦いはもう既に終わっている。これは貴方には関わりがない話で、話を持ってきたのは私。謝罪すべきは私の方だから」
『……そう言っちまえばそうなんだがな。……全く、面倒な話だよな。』
「ja。それについては同意。」
それと……
「遅くなったけど、110。」
『……あっ?』
「お帰りなさい」
にこやかに微笑みながら彼女はそう言った。
彼もそういうのはこの世界じゃないところで出来れば聞きたかったと思いながらも答えた。
『……あぁ。ただいま、エルミア。』
「ja。……うん、元気そうで良かった。」
これのどこが元気だって思えるのかねぇ? とケンジは思いながら湯飲みを手に取り口を付けた。
喉を通った茶は相変わらず不味かった。
エルミアと別れ、ケンジ達三人は帝国の内情を探るために帝国へと至る道を歩いていた。
ケンジはいなくとも、レオナとケイト二人だけでも内情を探る程度は容易だったのだが、ケンジ自身は自分の目で見てみないと納得は出来なかったのだ。
『……そういうわけで、「リシュエント帝国」へとやって来たわけだが。』
「……ja。……で、これからどうするの、チーフ?」
そう訊いたケイトの前には門があり……。
そして、考えてはいたのだが当たり前のように門を守る様に二人の衛兵が立っていた。
「……突破する?」
『……いや、突破はいかんだろう。』
「でしたら、上に上がって入ります?」
そう言ったレオナはケンジに見せる様にワイヤーアンカーをちらつかせる。
『……あ~上がるのはいい案だ。……いい手だと思うんだが、多分落ちるぞ? ……自慢じゃないが、重いし、俺』
「重い?」
疑問したレオナに分かりやすい様に左腕の大盾を見せ、マントを広げ、背中にあるコンテナを見せる。
『……左腕の盾でも重量制限解除があるとはいえ、そもそも過積載でもたねぇだろうし、コンテナ二つだぜ? ……ほとんど軽いので固めてるお前とはわけが違う』
「ja。成程。……であれば上がって中に入るのは私だけとしまして。……ケイト。マスターを頼めます?」
レオナの質問にケイトは首を傾げる。
「……それって、チーフと、……二人っきりってこと?」
「肯定はしたくないのが私の本音ですが……、ja。その通りです。」
「……デート?」
「いえいえ、そうではありません。……マスターと共に中に入ってください、と言っているのです。決して、デートしてくださいとは口に出していませんので、悪しからず」
「……でもそれって、……デートだよね?」
「いえいえ。私もいるのでデートではありませんよ?」
『……三人ならデートって言えるんじゃね?』
横からそう言ったケンジをレオナはキッと睨んだ。
「マスターは少し、会話に入らないでください。今、私が話しているのはケイトですので。」
『……あっはい。』
「それで、どこまで話しましたっけ?」
「……私とチーフの二人で、……デートを装いながら中に入るってとこまで」
「そうそう、貴女とマスターの二人がデートを装いながら……って」
そう言ってから、レオナはスパァン! と良い音を出してケイトの頭を叩く
「ですから、貴女とマスターの二人はデートをするわけではありません、と言っているでしょう!!」
「……痛い」
レオナに叩かれた頭部をさすりながらケイトは文句を言う。
だが、レオナは聞く気がない様子で話を進める。
「……マスター。私だけの単独であれば内情を探ることは出来ます。貴方が中に入れば、それだけでも騒ぎになる可能性があります。今なら騒ぎになりません。」
『……だが、この目で見ないことにはなんとも、な。……今は
「それは分かります。……ですが、マスター。貴方お一人でお止めになられる話ではありませんよ?」
『……分かってるさ。』
「であればっ!!」
静かにではあるがレオナは声を荒げる。
彼女の言いたいことは分かる。
ケンジはゲームクリアのために単独で多くの『ダンジョン』を攻略してきた。
いつ死んでもおかしくない状況で生きて帰って来た。
帰って来るだけでも奇跡に等しい。
それなのに、自身の世界とは全く関係のない世界の問題に関わろうとしている。
もう関わる必要がないのにだ。
だからこそ、彼女は彼に問う。
「……何が貴方を動かすのですか?」
彼女の言葉に彼は笑うようにして答える。
『……さて、な。……まぁ、確かに俺にとっては関係ない話だろうさ。……だがな? お前らとエルミア、三人にとっては関係のある話だろう? ……理由だったらそれだけで十分だ。……目の前で困ってるヤツがいる。……別に遊べようが遊べなかろうが、関係のないことだ。……だが、俺と関りがあるヤツが困ってるんだ。……へっ、理由だったらそれだけでいいだろうが。』
違うか?
と彼は彼女に改めて訊いた。
かつて。
そう、かつてだ。
死に対する恐怖で動けなかった人々を背に戦った者たちがいた。
死ぬのが怖くなかったのか?
……いや。
死ぬのは怖かったのだろう。
死んでしまえば何もなくなってしまうのだから。
自身が何のために生きてきたのか、全てがなかったことになってしまうのだ。
怖くなかったはずがない。
だが、彼らは戦った。
その戦いの中で多くの者が死んだ。
そう。
多くの者の人生が、終わってしまったのだ。
だが、彼らはとある言葉を支えにしていた。
『スパルタン』は死なない。
死んだのではない。
行方が分からなくなった、行方不明になっただけだと。
消えただけだ、と口にしたのだ。
その言葉は今、彼女の目の前にいる白い装甲に身を包んだ彼の胸の中で生きているのだろう。
彼が死んでいなくなる、その時まで。
……いや。
もしかしたら、その言葉は死なないのかもしれない。
誰かの胸の中で生き続けるのかもしれない。
今も彼女と彼の隣にいるケイトの胸の中に。
だからだろう。
彼がいなくなったあの日から今まで死んだとは思っていなかった。
『スパルタン』は死なない。
きっと、レオナがいくら言ったところで彼はそう言うだけだろう。
ならば、彼女がいくら止めてみたところで無駄なことだ。
そう思うと、レオナはわざとらしくため息を吐いてケイトを見た。
「……ケイト。何かあれば強引にでも突破してください。……衛兵の生死は問わないものとします」
『……おい』
彼が何かを言おうとするが、レオナは無視したくないという気持ちを必死に抑えながら無視をした。
あとで何か言われるだろう。
だが、それは今は関係がない。
彼女の心情を察したのか、ケイトはケンジに対して何も言わずに答えた。
「……いいの?」
「……構いません。何かを言われようとも私たちにはマスターが……」
いえ、
「スパルタンが付いてます。」
「……分かった。」
ケイトの言葉を聞くと、レオナは己の主たる#彼__・__#の方に身体を向かせた。
「ということですので、マスター。今度は何処かへ姿を消さずに、きちんと帰って来てくださいね?」
『……はっ、理由がねぇな。』
「そうですか? ……では、お先に行かせてもらいますね?」
袖を広げて腰を屈めると、すくっと立ち上がり、門外れの何もない城壁へと走っていき、上に向けて何かを撃ち出すと、彼女の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
その様子を見て、ケイトがケンジに向けて口にする。
「……帰る、チーフ?」
『……いや、帰ったら不味いだろ。』
「……それもそうか。」
嫌だなぁ、と呟きながらケイトは歩き出した。
その彼女の後を追うようにしてケンジも歩き出す。
城門に辿り着くと、衛兵は道を遮るように交互に持った槍で封鎖する。
無意識にケンジはその槍に意識を向ける。
名称『帝国式歩兵槍』
ランク『D-』
所有者『マーカス』、『ルインズ』
『……クソ武器かよ』
「止まれ!!」
ぼそりと呟かれたケンジの言葉は聞こえなかったらしく、衛兵二人は大きな声でケイトとケンジの足を止めさせる。
「この先は、『リシュエント帝国』だと知っての入国か!?」
「……うん、知ってる」
「許可証は!?」
『……俺、持ってないぞ。……ケイト、お前は?』
「……ja。……持ってる。……ちょっと待って」
そう言いながらケイトは懐を探す。
そうしている間に、衛兵たちが笑うようにして話す声が聞こえてきた。
「……おい、見ろよ」
「……あぁ。美人だな」
「……俺たちだけで楽しむか?」
「……あの『メタノイス』はどうする?」
一瞬、会話が止まり二人の視線がケンジに向かれる。
「……武装してるな」
「……ああ。反乱の恐れあり、だな」
「……なるほどな。そう言って足止めして彼女を美味しくいただいちまうってことか」
「……名案だろ?」
「……汚いな、お前」
「……いやいや、お代官様ほどでは」
お代官様ほどではってそのネタ、古くね? いやでも、そんなに古くないのか? いやいや……。
と思っているケンジを他所にケイトは許可証を手に出すと、衛兵に見せた。
「……これでいい?」
「拝見するっ!」
彼女の手から衛兵は許可証をひったくる様に奪うと、目を通した。
確認し始めた衛兵を他所にケイトはケンジの傍まで近付く。
傍までやって来た彼女に耳打ちをする様に小さな声で彼女に話した。
『……あいつら、お前も美味しく頂くとか言ってるぞ。……どうする?』
「……美味しく? ……私、『エレメンタリオ』で『バイオス』じゃないけど」
『……違う、食用とかそういう意味じゃない。……お前の身体に触れて、お前を楽しむって言ってるってことだ。……分かったか?』
「……私を? ……チーフが?」
『……俺じゃねぇよ! ……連中が、だ』
「……ああ、そういうこと。……だったら、大丈夫」
『……大丈夫って、何がだ?』
理由をケンジが訊こうとしたその時、衛兵たちは悲鳴を上げる。
「ヒ、ヒッ!! 『日常と閃撃の箱庭亭』の、ケ、ケイト様だとぉ!?」
「あぁ、何言ってるんだ。ケイト様がいちいち表の城門、使うわけねぇだろ。見せてみろ」
どれどれと悲鳴を上げた衛兵の手から許可証を手に取り、そう言った衛兵は確認する。
最初はそんあことがあるはずがないと思っていたのか、特に変化はなかったのだが、それが本物だと分かるとガクガクと身体を揺らしながらケイトの方へ視線を向けた。
「ケ、ケイト様、で、合っていらっしゃいますでしょうか?」
「……ja。……うん、合ってる。」
「に、『日常と閃撃の箱庭亭』の、ケ、ケイト様……?」
「……ja。」
「あ、あの、無言の爆風で知られるかの、ケイト様……?」
「……あだ名は知らないけど、たぶん。……ja。……その私。」
「え、えっと、そ、そのですね。こ、これは、あ、あくまでも、ぎょ、業務上ですので!! そ、その、こ、今回、い、いらしゃったり、理由などお、おう、お伺いしてもよろしいでしょうか!?」
衛兵が今にも崩れ落ちそうな姿を見てケンジは一体お前は何したんだ、と心の中で訊いた。
そんなケンジをほぼ無視する形でケイトはケンジの肩に手を置いた。
「……この人とお買い物。……この人が『帝国』で何が売られてるのか、気になったらしくて。」
テヘッとほぼ無表情に付け加える彼女にケンジは、いやそこまで気になってはないしそもそも理由が違うから、という様にケイトを見ていた。
だが、悲しいかな、彼女の言葉を聞くと、衛兵二人は『てめぇ、何してやがるんだよ、おい!!』と睨みつける様に見てくる。
衛兵二人の反応を見て、勘違いって怖いなぁ、と思うケンジであった。
「……で、通っていい?」
「……えっ? ……え、えぇ、構いませんとも。ぜひお通り下さい。……おい、門を開けろ!! 二人入るぞ!!」
衛兵の掛け声で城門の扉が開かれる。
ギ、ギィ~、と重い音を響かせながら開かれる城門に、ケンジは一人だけ、こんなにでかい門作る暇があるならせめて衛兵の武器位はマシなのにしてやれよ、可哀そうだろ、と思っていた。
そんなケンジを他所にケイトは衛兵に渡した許可証を返してもらっていた。
「そ、その、ケイト様。人の趣味にとやかく言う権利は御座いませんし、貴女が従う権利も義務もありません。で、ですが、その、同伴する人物に『メタノイス』を選ぶのはどうかと……」
「……ダメなの?」
「い、いえ、全くそのような!! ただ『メタノイス』は何を考えているのか分からない連中です。あ、貴女様にも連中の手に掛けられるのでは? と思いまして、ですね……」
「……そう。……だったら、大丈夫」
「えっ?」
「……あの人は。……チーフは違うから。」
「……チーフ? それはいったい……?」
誰のことですか、と訊く前に彼女は彼に向かって足を進めていく。
「……待った、チーフ?」
『……あ? ……いや? ……別に待っちゃいないが。』
「……そう。……それは良かった。」
彼女は彼の手を握る。
「……じゃ、行こ?」
『……そうするか。』
二人は静かに城門をくぐり『リシュエント帝国』に入った。
城門をくぐると、ケンジは城内と塀の上の様子を瞬時に見た。
偵察とは兵士としては当たり前のことであり、日夜、偵察、考察、強襲の日々を過ごしていたケンジとしてはもう既に癖として身についていた。
見張りに付く人数、歩哨の武装、歩く速度、歩哨の数とそれぞれが歩くの間隔。
彼らが呼吸するタイミングまでしっかりと脳に叩き込む。
叩き込んだ上で今度は攻略にかかる武装の数と攻め落とすために必要な人数などを瞬時に計算する。
とは言えども、ここはゲームではなく、現実であり、今『プレイヤー』としているのはケンジだけだ。
掩護を呼ぼうにも援護に来られるはずも援護に応えられるはずもない。
そのことを改めて確認すると、今度は人数計算をたった一人にして必要な物資と必要な弾種、それに掛かる経費を見積もる。
それを考えて、一つの答えが出る。
『……安く済むな。』
国一つを相手にたった一人で挑もうと考えるなどバカのすることだ。
誰も考えようとも、思おうとも思わないだろう。
だが、ケンジは考えていた。
遊べるか遊べないかという己の欲を満たせるかどうか、ただそれだけの為に。
「……チーフ?」
『……あっ? ……どうした?』
「……ja。……あのね、チーフ」
『……なんだ?』
どうしたのかと彼女に問うケンジの言葉に、ケイトは心配そうな表情で彼に言った。
「……何も言わないでまた私たちの目の前から消えないで。……何か言っておいてもダメ、だよ? ……消えちゃったら、追っちゃうよ?」
彼女の言葉にケンジはハッとする。
この城を落とすのはケンジ一人でも可能だ。
だが、ケンジが無事かどうかまでは分からない。
一つの国を相手に一人の命を
ただ一人のみであれば。
だが、それはケンジのみの話であって、レオナたちはかけ金には含んではいない。
だからこそ、ケンジは理解した。
ただ自身が遊ぶことを考えていたのだということに。
ケイトの頭の上にポン、と優しく手を置く。
『……大丈夫だ。……消えたりするか。……それに、前から言ってるだろ? ……「
「……死なない。……たとえ、死んだとしてもこの世界じゃないどこかで生きてる。……もう一度会う可能性は限りなくゼロに近いだろう。……だが、俺たちはこうして一回は出会ってる。……だから、いつかはもう一度会えるだろう。……そうやって、もう一度会えた時。……その時は、よろしく頼む。……で合ってる?」
『……合ってなくもないと思う、が。……よく言えたな。』
「……ja。……だって、貴方の、チーフの言葉なんだよ? ……忘れるなんて、出来ないよ。」
『……そうか。』
ゆっくりと彼女の頭を撫でながらケンジは思う。
ただつまらなくなって遊んでたら、気付いたらいつの間にか重いのを背負っていたな……。
誰かが、遊んでいた彼らのことをこう呼んだ。
スパルタン、と。
その言葉にはどのような意味が含まれていたのかは分からない。
何を思ってそう呼んだのか、それも分からない。
なぜ、その言葉を知っていたのかもさえ、全く分からない。
今となっては全てが分からない。
こうやってケンジたちが思うこととは全く違うことを思って通りを歩いている人たちがどう思っているのか。
どのようにケンジたちを見ているのか、全く分からない。
ただ分かることがるとすれば。
かつて。
そう、かつて。
スパルタンと呼んだ者がいて。
スパルタンと呼ばれた者がいた。
それだけだ。
通りを歩く人々は全く知らないだろう。
スパルタンと呼ばれた者たちが救うためにではなく、ただ遊ぶために、戦っていたということに。
そうして多くの遊んでいた者たちが
彼らには知る由もないことだ。
スパルタンと呼ばれた者がいて、呼ばれた者を主に持つ者がこうして通りにいることなど誰も知りはしないだろう。
誰も知ることはない。
誰にも知られることはない。
そんなことをふと思い、ケンジはその考えを振るい落とす様に頭を振ると、ケイトに訊いた。
『……一ついいか。』
「……私のスリーサイズ? チーフにだったらいくらでも教えるよ?」
『……、……そうじゃねぇよ。』
一瞬、教えてもらえるなら訊いても良いんじゃなかろうか、と自身の心に下心が訊いてきたが、無理やり欲望を抑え込む。
仮に、知り得たとしても、その情報を何に活かせばいいのか、ケンジは分かりたくなかった。
『……ケイト。……お前はなんで俺のことをチーフって呼ぶんだ?』
「……呼んじゃダメなの?」
『……いや、ダメじゃないが。』
「……じゃ、なんで?」
『……なんでだろうな、俺にも分からん。』
ただな。
『……なんで呼ぶのか、気になってな。』
「……そう。」
そう言うと、彼女は目を伏せた。
彼女の反応に、ケンジはえっ、そんなに重かったりするの!? と内心驚く。
そんな彼の反応を他所に彼女は話し出した。
「……チーフには帰るところが、……あるよね?」
『……まぁ、あるな。』
今どうなってるのか全く分からけど。
「……それって、……ここじゃないところだよね?」
『……そう、……なるな。』
「……だったら、忘れないで。」
『……何を?』
「……貴方はこの世界の住人じゃない。……ちゃんとした帰るべきところがある。……だったら、忘れたらダメ。」
『……、……まさか。』
それを忘れさせないために、あえてそう言っているのか、お前は。
いや、お前だけじゃない。
レオナやエルミアも、忘れさせないためにそう呼ぶのか。
名前じゃなくて『ケンジ110』という『プレイヤー』、この世界の住人ではないことを忘れさせないために。
ケイトたちの想いを悟ったケンジは彼女たちがどうして自分のことを名前ではなく、呼び名で呼ぶのかを理解した。
その想いの中で彼女たちが名前では呼ばない理由も。
「……ん。……チーフ。……おなか減った。……どこかのお店でなにか食べよ?」
『……そうだな。……たまには外で何か食うか。』
お前、さっきの流れでそう言うか。
ケンジはケイトの頭をポンポンと優しく叩きながら多くの人が通る通りを二人で歩き出した。
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